細く長く

武藤勇城

3月。引越し。ラーメンを作る。

「余ったなぁ」

 まだ片付け終わっていない新居の玄関に、空の段ボール箱と共に置かれた、ごく一般的な半透明のビニール袋。中身は麺類各種。

「参った。生ものから配るべきだったなぁ」

 そうこぼして頭を掻く。乾燥タイプの蕎麦は残っていない。先刻、最後の1袋を、付近で見掛けた縁結び地蔵にお供えしたばかり。残りは生ラーメン、生うどん、生蕎麦。乾燥ラーメン、乾燥そうめん、乾燥パスタ。特に生ラーメンが多く余ってしまった。ガサガサと音を立てて袋を漁り、消費期限を確認していく。

「え~っと……うどんは2週間。後回しでいいな。蕎麦よりラーメンが短いかぁ」

 消費期限を数日過ぎたって腹を下す心配はないだろうが、可能な限り期日までに食べ切ってしまいたい。

「当分の間、引っ越し蕎麦ならぬ引っ越しラーメンだなぁ」

 塩、味噌、醤油。3食入り3種類が2袋ずつ。毎食ラーメンにしても、食べ切るまで6日かかる。ラーメンは好きだが、さすがに1週間3食は胃もたれしそうだ。

「ラーメンの具がないなぁ」

 片付けが残っているが、近所のスーパーに向かおう。何も入っていない新品の冷蔵庫に、ビニール袋ごと麺類を全て放り込むと、ご近所回りから10分と経たないうちに再び玄関を出る。


 お菓子や本やゲームなら、もちろん1人で買い物した経験がある。18歳にもなって、買い物ひとつ出来ない人間などいないだろう。しかし食材の買い出しとなると話は別。初めての経験だ。何が良くて悪いのか、高くて安いのか、全然分からない。当面ラーメン三昧の生活になる。ラーメンに合いそうな具材を探すしかない。青果コーナーに高く積まれた生野菜は、申し訳ないがスルーだ。まな板や包丁は用意していない。料理なんて今まで18年間、経験がない。どうしたものかと空のカゴを片手に見て回っていると、素晴らしい商品を発見。刻んだキャベツともやしが、そのまま使える状態で袋詰めされている。1袋で100円程度。これは使いやすそうだと、3つカゴに放り込んでから、ふと気付いて消費期限を確認する。

「明日までかぁ」

 少し悩む。1袋で2食分はありそう。3袋で6食分、そう考えるとちょうど良い気もするが……ずっと同じ具材では食べ飽きてしまいそうだ。申し訳ないが、カゴの中から1袋をそっと商品棚に戻す。生の刻みネギ、冷凍刻みネギ、冷凍カット済みブロッコリー、冷凍カット済みポテト、冷凍シーフード。味付き煮卵、チャーシューの切り落とし、2パックセットのウインナー。長期保存が可能な冷凍食品は多めに。片手鍋も一緒に購入し、消費税込み4105円である。


 初めてガスを使うので、少しだけ緊張する。ホースの接続は大丈夫か。本当にガスが通っているか。まさか爆発などしないだろうな。色々と考えてしまうからだ。1度、2度、ガスを捻っても火花が散るだけで点火しない。3度目、少し長く押しながら捻ると、ボボボボッ、という音を立てて点火。それだけ確認すると、一旦火を止めて、今日のラーメンの具を選んでいく。

「消費期限の短いもやしとキャベツのセットは確定だなぁ」

 2つある大きな袋、1袋を買い物袋から取り出す。

「それにネギと煮卵」

 生の方の刻みネギと、2個で1パックになっている薄い醤油色の卵。どちらも使うのは半分だ。

「チャーシューも入れたいけど、ちょっと多いかなぁ?」

 もやしとキャベツのボリュームがある。購入したばかりの料理鍋と、キッチンに並べた品々を見比べて、出した結論は……

「何とかなる!」

 家から持って来た愛用のどんぶりに、水を1杯分入れて鍋に移す。チャーシューも卵も調理済みなので、煮る必要があるのは野菜と麺だけだ。火にかけた鍋が沸くのを待つのはだるいので、水のうちから野菜を入れてしまう。大体1袋の半分。残りを冷蔵庫に入れ、ラーメンの袋を取り出す。今日の気分は味噌味だ。オレンジ色の外袋を開け、小分けされた1食分の麺と、銀色の袋に入った味噌スープの素を出す。外袋に書いてある作り方を見ると、スープは先に器の方に出しておくらしい。麺を茹でる鍋は、スープを作るお湯とは別にする必要があるようだが、鍋もコンロも1つしかないので、まとめてやってしまおう。

「おっとっと、はいはい!」

 そう返事をしたが、来客ではない。お湯が沸き始めたので、つい口に出してしまっただけだ。透明の袋から麺を取り出し、ほぐしながら鍋へ投入。続いて煮卵とチャーシューも袋から出して、同じ鍋で温める。チャーシューはかなりの量があるので少しだけ。煮卵はそのまま1個を。鍋が物凄い勢いで沸騰して吹きこぼれそうなので、火を少し弱めてから、余った具材を冷蔵庫へ。

「3分でいいのかなぁ?」

 さっき冷蔵庫の中に戻したばかりのオレンジ色のラーメン袋を取り出して、もう一度確認する。袋には『2分30秒』と書いてある。時間を計っていないが、もういいだろう。味噌スープの入った器に、鍋のお湯を注ぐ。味噌を溶いてから麺を移そうと思ったが、大変な事になっている。麺の一部が鍋底にへばりついて剥がれないのだ。鍋が小さ過ぎたか、お湯が少な過ぎたか、火が強過ぎたか。理由は分からないが、失敗してしまった。無理やり引き剥がすようにして麺を取り出し、その上に煮えた野菜と卵とチャーシューを乗せる。麺の切れ端がこびり付いた汚い鍋は後で洗うとして。初の自炊となったラーメンを、いざ実食!


 水の分量が多過ぎたせいで、やや薄めに感じたが、初めてにしてはまずまずの出来である。50点!

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