第3話
厄介な宅配物が届いてから数日が流れた。
「ただいま」
「お帰りなさい、キラさん!」
一人暮らしの部屋なのに、帰宅の挨拶を口にしているのが何となく可笑しい。仕事から帰った部屋で、誰かが待っていてくれるのも悪くないと思った。
細い廊下を歩き、キッチンに移動する。
悪戦苦闘が窺える台所周りを見て、どっと疲れが増した。
……前言撤回。
「あのなぁ、勝手に使うのはいいけど、ちゃんと片付けておいてくれ!」
そう文句を言ったところで、鼻先にズイと皿を寄せられた。
シチューだ。
湯気の上がるクリームシチューを見て、腹の虫が鳴った。
「晩ご飯、頑張って作りましたので、食べましょう、キラさん!」
「あ、ああ」
居候の身だからという理由で、ジュリが俺の手助けをしたいと言ったのは、彼女が来た翌日のことだった。
部屋に置いた物には一切触らないと条件を付けて掃除機をかけてもらったり、洗濯をしてくれるのは正直、助かる。料理に関しては、要領は良くないが、味は悪くない。
「うん、うまかったよ」
ご馳走さま、と手を合わせると、ジュリがまた何かを差し出した。小皿に入ったチョコレートだった。
「第五十四の魔法、もとい魔法薬です。これを食べて私を好きになって下さい」
俺が仕事に行っている間にこれも作っていたわけか。
苦笑しながら
うん、味は確かにチョコレートだけど。何か少し変だ。食感がいびつと言うか、滑らかさに欠ける。
「効き目はどうですか?」
爛々と目を輝かせたジュリの顔が、すぐそばにあって俺は後ろ手をついた。
「……や、よく分かんない」
ジュリは眉を垂れ、しゅんとうなだれた。失敗を嘆いているのだろうと察し、励ます気持ちで頭にポンと手を置いた。
「やっぱり。セミの抜け殻の代わりにダンゴムシを入れたのがまずかったのか」
「っおい! 何食わしてんだ!?」
ゲホ、と盛大にむせた。
*
キッチンの後片付けを終えてから風呂に入り、洋室に移動すると、ジュリが寝息を立てていた。クローゼットの中で座ったまま、机に突っ伏している。
分厚い魔術書に頬をつけ、わずかによだれが垂れていた。
「ったく」
まるで受験生を子供に持つ親みたいだ。小さく笑ってから肩に毛布を掛けてやる。風邪をひくと可哀想だ。
ふとジュリが枕にしている本が目に付いた。解読不可能の訳の分からない文字がびっしりと並んでいる。
「キラ、さん……?」
「お、わり。起こしたか?」
細く目を開けたジュリが俺に手を伸ばし、急に抱きついてきた。
「……お、おい」
子供相手に頬が紅潮する気配がして、一瞬焦る。が、スゥと聞こえる寝息に安堵がもれた。
寝ぼけてんな、コレは。
「……だい、ろくじゅうにの。まほー」
おまけに寝言まで言ってやがる。
にんまりと笑ったジュリの寝顔を見て、頭をポンと撫でてやる。
こいつも一生懸命なんだよな、魔女になるために。
「だいしゅき、キラしゃん」
ドキンと心臓が跳ねた。
「……俺はおまえの親じゃねぇっつーの」
亜麻色の髪に触れ、俺はふっと口角を上げた。
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