第2話



 結局のところ、女の子、もといジュリは無理やり居座ることになった。


 一応警察に電話しようとも考えたのだが、身元を聞くと魔法学園村にある寮に住んでいるとか言うので、警察を呼んだところで容疑をかけられるのは俺の方かもしれないと危ぶんだ。


 俺は二十四歳でジュリは十七歳。未成年を部屋に入れている時点でアウトだ。


「この小部屋快適ですー! キラさん、ありがとうございます」

「いいえ」


 1DKの間取りなため、夜寝るのに困った。未成年の子供に手を出すつもりはないが、いかんせん性別は女なので空間を区切る必要があった。


 俺は布団や衣類の一切合切を引っ張り出して、空のウォークインクローゼットを提供した。布団代わりに毛布を重ねて敷き、電気スタンドと折り畳みテーブルを置いた。今日からそこがジュリの部屋だ。


 ちなみにどうやって部屋に入ったのかを尋ねると、「本から出てきた」と奇天烈な回答をもらった。そのカラクリについてさらに聞くと、ジュリ曰く、「先生に魔法をかけてもらった」とのことらしい。


「キラさんが包みを受け取ると自動的に開く魔法だと言っていました」

「……ああそう」


 どうやら魔法とか魔女見習いという話は本当のようだ。どこか担がれた気持ちはあるけれど、無理やり追い出すとあとが怖いので早々に諦めた。


 そもそも何で課題人材とやらが俺だったのか、気になったので聞いてみた。


「ランダムに振り分けられるので、特に理由はありません」


 だそうだ。


 魔法なんて非現実すぎて、胡散臭さしかないが。俺はジュリの課題とやらに付き合って早く出て行ってもらおうと考えた。


「で。さっき言ってた恋の魔法ってやつ、万が一掛かったらどうなんの? 俺はずっとおまえを好きでいんのか?」


 昼メシにカップ麺を食べさせて、空の容器をシンクに置いた。ジュリは手前のティッシュボックスからその一枚を抜き取り、口を拭いている。


「それは大丈夫です。魔法が掛かった時点であなたを学園にお連れしますので、先生に評価をもらったら、その場で魔法を解いてもらいます」


 なるほど。ということは一生ロリコンという可能性はないわけだ。


「それじゃあ、ちゃっちゃと魔法を掛けて学校に行って、俺の平穏ライフを返してくれ」


 ジュリは、ん、と目を見張り、宅配便で届いた分厚い本に手を伸ばした。よく分からない異国文字で記されたそれは魔術書らしい。


 彼女が表紙に手をかざして短い呪文のようなものを唱えると、空中に短い杖が浮かび上がった。


 魔法の杖だ。


 俺は目を丸くし、口をぽかんと開けた。説明のつかない現象に息を呑んでいた。


 本当に魔女なんだな、と思うと幾らか心許こころもとない気持ちになる。


「それでは第一の魔法から」と言うと、ジュリは杖を振った。低音ボイスで呪文を唱えられ、俺は無意識に奥歯を噛み締める。


 結果から言うと何も起こらなかった。


「やっぱ駄目かぁ」とジュリは肩を落とし、「次は第二の魔法」と続けてまた杖を振る。


 それからおよそ一時間が経過した。


「次は、えーと……第三十八の魔法」


 宅配便で届けられた本は、彼女で言うところの教科書らしく、パラパラと目ぼしい内容を開いては俺に杖を向けてくる。


「また失敗かぁ」


 が増えるたびにジュリは落ち込み、俺のテンションは下がった。


 あのさ、と胡座あぐらをかきながら、さっきから思っていたことを告げた。


「ジュリってもしかして……落ちこぼれ?」


 ジュリはカッと目を剥き、青ざめた顔で口を開けた。正解、とその表情かおに書いてあるような気がする。


 まずい、地雷だったか。


 彼女から目を逸らして肩をすくめる。


「最近なぜか調子が悪くてヤバいんですよぉ、キラさん! スランプですっ」


 ジュリは眉を下げ、涙ながらに訴えた。


「ライバルのキリエはさっさと進級したって聞いたし。この課題落としちゃうとマジで留年なんです。

 一人前の魔女になるのが私の目標なのにぃ〜」

「そうかそうか、ジュリも大変なんだな」


 結局、急に泣き出す彼女を宥める羽目になってしまった。


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