第3話 SF 第1戦 鈴鹿
3月8日(金)、鈴鹿でのフリー走行が始まった。朱里は不振を引きずっていた。時差ボケは解消したが、暖かいところから寒いところにきて体調が悪い。2月のテストの時よりも寒い。気温が10度にならないのだ。まるで冬みたいだ。
マシンを走らせると、リアが滑りまくる。S字やシケインでアクセルをあけるとすぐに滑る。ましてや、朱里は2月のテストでデグナーカーブ立ち上がりで、コースアウトして、フロントを壊している。慎重にならざるをえない。
加えて、初ペナルティを受けた。ピットレーンでのスピード超過である。気をつけてはいたが、減速するタイミングが遅れてしまい、60kmオーバーになってしまい罰金5万円をとられてしまった。
3月9日(土)、予選Q1。朱里はBグループでスタートした。チームメートの山木は1分36秒で予選Q2進出を決めている。だが、朱里のタイムは伸びない。気温が8度と昨日よりも寒い。路面温度は18度と極端に低い。滑らないように走るのが精一杯だった。結果は1分40秒。2月のテストの時よりも遅いタイムしか出せなかった。トップの坂田からは5秒落ちとなった。
ホテルにもどってから、シャワーをあび、ベッドでうたた寝をしていると、マネージャーの凛がもどってきて
「疲れちゃった? 食事どうする?」
「うーん、食欲ない」
「だと思って、サンドウィッチ買ってきた。今、コーヒー淹れるからね」
「ありがとう」
朱里は嬉しかった。レストランに行く気がしなかったからである。
「今日、寒かったね」
「うん、まるで2月のテストみたいだった」
「明日もあまり気温はあがらないみたいだけど、今日よりはいいみたいよ」
朱里は凛が用意してくれたサンドウィッチとコーヒーでエネルギーを蓄えた。朱里の大好きなポテサラサンドである。ヨーロッパにいた時は、よく食べていた。
「朱里さん、明日の目標は?」
「うーん、完走かな」
「監督もそう言っていたよ。SFデビューのレースだし、日本人女性初の女性ドライバーということで、マスコミも注目してるじゃない。そこで完走するだけでも充分だということだよね」
「そうね。でも周回遅れじゃカッコ悪いね」
「たしかにね。じゃ、明日インタビューで聞かれたら周回遅れにならない完走が目標です。ということにしたら」
「そうね。それがデビュー戦では一番妥当なところだね」
「ところで、朱里さんお酒飲めるの?」
「シーズンオフを飲むことあるよ。ちょっとだけね」
「じゃ、これ飲もうよ」
と言って、凛は小さなボトルを差し出した。シェリー酒である。二人でグラスに少しずつ注ぎ、乾杯をした。
「おいしいわね」
「あら、朱里さんはいける口なのね。でも、これは飲みすぎはアウト。次の日にひびくからね。今日はこれでおしまい。いい夢を見てね」
ということで、凛は自分の部屋にもどっていった。朱里は明日の目標も定まり、ベッドインするとすぐに眠りに入った。
翌3月10日(日)、決勝スタートである。朱里はデビュー戦ということで、サイン攻めに合っていた。グッズは早々に売り切れだということである。このあたりは、チームプレーのWECやスーパーGTとは雰囲気が違う。朱里の人気は一流レーサー並みだ。
午後2時半、フォーメーションラップスタート。気温12度、路面温度22度と昨日よりは上がっているが、寒いのには変わらない。フォーメーションラップが1周だけではタイヤがあたたまるわけがなく、もう1周ほしいところだったが、そこはイコールコンディション。それでやるしかない。
レッドシグナルが消灯して、レーススタート。朱里は出遅れた。ペナルティで朱里の後ろにいた2台にスタートで抜かれる。そして第1コーナー、朱里はオーバースピードでオーバーランしてしまった。後ろは砂煙で真っ白になっている。でも、何とかコース復帰はできた。その後は、1分42秒台でコンスタントに走ることができている。トップ集団は1分40秒台で走っている。このままのペースなら周回遅れにはならない。後はミスなく走ることだ。チーム無線でも「KEEP」と檄が入る。
2周目、アクシデント発生。中盤を走っていた2台のマシンがS字でからんで、コースアウトしていった。朱里のだいぶ前だったので、巻き込まれなくてすんだ。そしてセーフティカー導入。朱里は最後尾だが、前のマシンとの差は詰まった。これで周回遅れになる心配がまた少し減った。
16周目、新人の外国人プルシェンコがS字でコースアウト。マシンを損傷したらしく予定外のピットインをしている。彼は昨年のF2チャンピオンである。F3までの経験しかない朱里にすれば格上のライバルである。これで朱里は最下位脱出。ビリ2を走ることになった。
28周目、TMRーEのチーム監督である小田のマシンがトラブルでペースダウン。ピットに入ってしまった。
31周を朱里は走り終えた。ビリ2だったが、観客席からは大きな拍手が起きている。トップからは1分7秒遅れだったが、同一周回数でのゴールは多くの人から賞賛を受けた。朱里はゴール後、観客席に手を振って1周回った。ピットにもどってからも多くの人に
「がんばったね」
と言われた。結果は満足すべきものではなかったが、新人としては充分なものだった。ちなみに最終順位は次のとおりである。
1位 №16 H社 野沢 20ポイント+予選1ポイント
2位 № 3 T社 山上 15ポイント
3位 №64 H社 山元 11ポイント
4位 № 6 H社 大山 8ポイント+予選2ポイント
5位 №65 H社 佐山 6ポイント
6位 № 8 T社 福田 5ポイント
7位 №38 H社 坂田 4ポイント+予選3ポイント
8位 №55 T社 山木 3ポイント
9位 №15 H社 岩城 2ポイント
10位 № 5 H社 牧 1ポイント
3位に入った山元は、昨年度SUGOのレースで大事故に巻き込まれ、ドクターヘリで運ばれて、これがレースの復帰戦となっていた。それで3位入賞。涙の表彰台となっていた。新人は、岩城が9位に入った。彼は昨年度のF2ランキング4位で、今年スーパーフォーミュラーにステップアップしてきたのだ。朱里は4人の新人の中で3番目の成績となった。まずは、第1戦終了。これが終わると1ケ月ほどのあきがある。久しぶりに自宅にもどり、のんびりできることになった。
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