第2話 WEC 第1戦カタール
朱里は中東の天気になじめなかった。日本でのSFのテストの不振を引きずっているのかもしれない。それに、野島パパが同行していないというのも今までと違う。ホテルの同室にマネージャーの福島凛がいるのも今までと違う。21才になり、自立の時なのだが、まだしっくりこなかった。
ホテルのテラスで朝を迎えている朱里に凛が声をかけてきた。
「寝られなかったの?」
「ううん」
「じゃ、テストの結果気にしている?」
「かもね。T社の中ではビッケだったから」
「そうね。でも、それでいいんじゃないの。まわりの期待どおりだし、朱里さんがビッケだから他のメンバーは安心していると思うよ。もし、勝ってたらチームに不協和音がでそうだし・・」
「それ、なぐさめの言葉になってないと思うんだけど・・」
「そうですか? WECってチームワークが大事でしょ。個人スポーツじゃないんだから、自分の役割を果たすことが大事なんじゃないですか」
「そうね。でも、カイルには勝ちたい。そうでないとシートを譲ってくれたユリアに申し訳ない」
「最初から勝たなくてもいいんじゃないですか。シーズン終了の時に勝つことを目標にすればどうですか?」
「凛さんは前向きね。そう考えないといけないのね」
朱里は凛と話をして少し気が楽になった。
チームは先週のテストで課題をかかえていた。コーナリングが安定しないのである。カタールのルサイルサーキットは全面舗装を施されたが、タイヤへの負担が増した感じがするのである。ましてや16あるコーナーの内、10コーナーが右コーナー。左タイヤの摩耗が激しい。車体のバランスが悪いのかもしれない。チーム総監督の中須賀とチーム監督の小田が頭を抱えている。
「こういうコーナーの多いサーキットはうちのチームはつらいな。ルマンやスパのような高速サーキットに合わせてマシンを仕上げているからな」
と言う中須賀に、小田が応える。
「そうですね。少し空力をおさえないといけないかもしれません。テストでも、前のマシンにつくとダウンフォースがきつくなって、タイヤに負担がかかりました。抜く時はスパッと抜かないとだめですね」
「そうか、やはり全面舗装したからかな?」
「大いに関係していますね。ましてやWECではカタールは初めてです。データがないのもマイナス要素ですね」
「となると、今回は優勝ねらいは無理か?」
「厳しいですね。でも、見ててください。チャンピオンカーらしい走りは見せますよ」
という小田の言葉に中須賀は頼もしく思った。今年、チーム監督の小田はドライバーとして復帰していた。昨年のセカンドドライバーだったミックが交通事故にあい、その経過が思わしくなく復帰のめどがたたなかったし、昨年、2戦ほどはシートに座っていたから復帰に何も問題はなかった。
1号車はニック・小田・朱里の3人。2号車はフレッド・平田・カイルの3人である。朱里が小田に聞く。
「私はどうして2号車じゃないんですか?」
すると、小田がとぼけた顔をして
「簡単だよ。並んでみればわかるじゃん」
と応える。たしかに、2号車は3人とも170cm以上の身長で、1号車は皆170cm以下なのである。シート合わせがしやすいなのは明白だ。
3月1日(金)予選開始。
1号車のニックは無難に走り、ベスト10に入り、スーパーポールにすすんだ。だが、2号車のフレッドは11位。まさかのハイパーポール落ちとなった。走り終わって、タイヤを見るとささくれ状態になっている。これではタイムは伸びない。
ハイパーポールには小田が参戦した。小田はブレーキポイントを手前にし、コーナースピードで曲がる。さすがポール男の異名をもつドライバーである。終了間際までポールタイムをとっていたが、ラスト1周でドイツのP社(DP社)に抜かれた。DP社は今回3チーム4台体制で参戦している。力の入れようが違う。
ポールタイムは1分39秒347。小田のタイムは1分39秒511。わずか0.2秒の差である。ちなみに8号車フレッドのタイムは1分40秒586。1秒以内に10台のマシンがいるのである。決勝は接戦が予想された。
3月2日(土)決勝
中東では日曜日が安息日なので、レースは土曜日開催となる。レースは1812kmレースである。この距離は国の独立記念日に由来しているらしい。1周5.419kmを335周するか、10時間を経過したところで、レース終了となる。
11時スタート。終了は9時の予定なので、日本時間は午前3時。日本のファンにはきつい時間帯だ。しかし、ルマン24時間を思えばさしたることではない。
スティントは10。使えるタイヤは8セット。それも予選込みなので、スティントのたびにタイヤを代えるわけにはいかない。戦略が必要だ。
中須賀と小田が話し合い、タイヤ温存作戦をたてることにした。タイヤ圧とタイヤ温度をPCで管理し、それをドライバーに伝え、無理のない走りをさせることにした。
11時スタート。今年ハイパーカーは19台に増えた。新規参戦チームが増えた。
1号車ニックはスタートで出遅れ、というか第1コーナーの混乱に巻き込まれないないように慎重に走り、5位で通過した。2号車は中団の混乱に巻き込まれ、一時14位まで順位を下げた。フランスのP社(FP社)のマシンがスピンをしてコースアウトしていた。
天気は晴れ。というかいつもと同じである。それでも路面温度は37度とさほど熱くはなっていない。これも全面舗装のおかげかもしれない。
レースは淡々とすすんだ。
12時。最初のピットイン。ドライバー交代はない。タイヤは予選用タイヤをそのまま使っていたので、ここで2セット目に換える。
1時。ドライバー交代。1号車は小田、2号車は平田に替わる。ピット作業で順位が変動する。
2時。ここで3セット目のタイヤに換える。ピット作業がうまくいき、1号車が5位、2号車が6位とランデブー走法になった。1分45秒台で走っている。ちなみにトップは1分41秒台のDP社である。2位のFP社のマシンと競っている。
3時。ここでドライバー交代。朱里とカイルの出番である。朱里が先に出る。その後にカイルがピットを出た。朱里にとっては、勝負の時だが、チームから「KEEP」の指令がでている。それはカイルも同じだ。ミスなく淡々と走ることが朱里の役目だ。1分45秒台後半で走り続ける。カイルは1分45秒台前半で走っている。
4時。4セット目のタイヤに交換する。朱里のマシンがピットアウトすると、そのすぐ後ろにカイルがいる。カイルは1周前にタイヤ交換を済ませている。朱里のタイヤはあたたまっていない。第1コーナーでカイルが接近してきた。しかし、抜きにはこない。どうやらチームから「無理するな」と指令がでたようだ。そのままランデブー走行が続いた。あまりにくっつき過ぎると、後方のマシンのダウンフォースがきつくなるので、少し離れた。
5時。ドライバー交代とタイヤ交換をする。5セット目だ。ここからはスプリント形式だ。ニックとフレッドはペースを上げて、上位をねらう。ピット交換の妙で、一時3位と4位に上がったが、DP社とFP社が速い。すぐに取り返され、T社は5位と6位に落ちてしまった。ペースは1分43秒台にあがっている。
6時。小田と平田に交代。タイヤは6セット目。ここで勝負と思ったのか、二人はペースを上げる。1分42秒台に入れる。小田は4位に上げたが、平田が追い抜く時にオーバーランをしてしまった。幸いにコースに復帰はできたが、グラベルを長く走ったことで、マシンにダメージを与えてしまった。ポイント圏外の11位に落ちてしまった。
7時。朱里とカイルに交代。タイヤは7セット目。朱里がピットアウトした時には、5位に落ちてしまっていた。小田のがんばりがピット作業で台無しになってしまった。チーム全体が悪い方向にいっている。
あたりはすでに真っ暗である。ナイトレースとなっている。それ以上に問題があった。マーブルと言われるタイヤカスがコース上に散乱しているのである。それに、グラベルを走ったマシンがまき散らした砂がコースのいたるところに散らばっている。中には、その砂に乗ってコースアウトするマシンもでてきた。そして、そのマシンがまた砂をばらまいていく。朱里はコーナーの手前でブレーキをかけ、コーナースピードを意識してまがるようにした。しかし、朱里に不運が襲った。前を走っていたF社のリアウィングが脱落し、朱里の目の前に飛んできたのである。朱里はとっさにステアリングを切り、すんでのところで衝突を避けた。だが、コースアウトしてしまい、その間に3台に抜かれ、8位に落ちてしまった。
しかし、そこからの追い上げがすごかった。目の前にいる7位のマシンにくらいつく。F社のマシンが10秒前にいる。リアウィングを脱落させたマシンとは別のマシンである。
8時。最後のドライバー交代とタイヤ交換である。ラストはニックの担当である。小田ということも考えられたが、チーム監督の立場である小田は今後のことも考慮してニックに任せることにした。体力的には一番余力が残っている。ピット作業もばっちり決まり、F社の前にピットアウトできた。これも朱里があきらめずに追い上げていたからである。やっと、T社のピットに明るい顔が見られた。朱里は走り終えて、チーム監督の小田に詫びを入れた。
「すみません。小田さんが獲得した順位を落としてしまって」
と言うと、小田が応える。
「いいさ。あれはアクシデントだ。それにしても、よくぶつけなかったよな。ぶつかっていたらリタイアだ。そうならなくなっただけでもオンの字だよ」
「そう言っていただくと心がやすまります」
「それに、その後の追い上げは見事だったぞ。ナイトレースでマーブルも多いところで、よくがんばったな」
「はい、前のマシンのリアだけを見て走りました。ラインをはずしたらコントロールできないと思いましたので・・」
「そうか、金魚のフン走法をしたんだな」
「そのネーミングはちょっと・・・」
と二人で笑い合っていた。
レースは最後に波乱が待っていた。DP社とトップ争いをしていたFP社のマシンがマシントラブルでペースダウンしたのである。どうやらハイブリッドシステムの異常らしい。結果、表彰台はDP社の独占となってしまった。結果は次のとおりである。
1位 №6 DP社 38ポイント
2位 №12 DP社 27ポイント
3位 №5 DP社 23ポイント
4位 №3 C社 18ポイント
5位 №83 F社 15ポイント
6位 №1 T社 12ポイント
7位 №93 FP社 9ポイント
8位 №50 F社 6ポイント
9位 №9 A社 3ポイント
10位 №2 T社 2ポイント
第1戦は厳しい結果になってしまったが、ヨーロッパステージではT社有利のサーキットが続く。小田は今回の課題をクリアすればDP社にも負けぬと思っていた。朱里は、1週間後のスーパーフォーミュラ開幕戦に頭を切り替えていた。翌日曜日には、日本行きの飛行機に飛び乗っていたのである。
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