魔<姫>王を守護るは勇者の役目!

ことぶき司

プロローグ


 ブー、ブー、ブー、ブー────



 不快な警報音を辺りに撒き散らしながら、赤色のランプが暗い部屋を染め上げる。



「なんだ! 何があった!」



 怒鳴りつけるような野太い声が自動ドアを開けて部屋へと入り、不快感は一層激しいものへとなる。

 だが今は、そうも言っていられない。



「塔内に侵入者です!」


「侵入者だと? このタイミングにか?」



 簡潔な回答に男は眉根を寄せる。

 それもそのはずだ。なにせ今は年に一度の重要行事に真っ最中。警備レベルは普段の比ではなく、一度入れば出ることは容易ではない。

 だからこそ、腑に落ちない。



「防衛システムは?」


「既に全システム可動済みです。……ですが」



 そう言ってオペレータの青年はモニタの映像を切り替える。



「これは……っ」



 男は強面の顔に一層の皺を寄せる。

 そこに映ったのは、無惨にも破壊の限りを尽くされた防衛システムの機械群。



「っ……、賊の数は?」


「そ、それが、侵入者の進行速度が異様に速いため、未だ目視での確認が行えていない状況でして……」



 なぜかそこでオペレータの青年は口を濁す。



「推測で構わん、言え」


「……お、おそらく……一人ではないかと」


「なにぃ?」



 さらに表情を歪ませる男に、オペレータは小さな悲鳴を上げる。



「そんなわけがあるか! 馬鹿も休み休み――」


「で、ですが、魔力反応・感圧計・室温計などあらゆる計器を見ても、塔に侵入したのはたったの一人と結果が……」


「っ……」



 弱腰ながらも断言されてしまう事実に、男は二の句を告げずに奥歯を噛む。



「……、賊の現在地は」



 少し冷静さを取り戻して言ったその質問に、別のオペレータが即答する。



「現在四十二階層を突破! 四十三階層を侵攻中……、い、いえ! 四十三階層を突破! 四十四階層へ向けて侵攻中です! は、速い……っ」



 報告を聞いて男は少し考える素振りを見せた後、即断する。



「四十八階層までの全システムを全て撤退させろ」



 その指令に室内のざわめきを持って返す。



「よ、よろしいのですか……? そんなことをすれば素通りに……」


「構わん。どうせ止められはせんのだ。無駄に破壊させてやる義理もない」


「ぼ、防衛システム、四十八階層までの撤退を開始しますっ!」



 指示を的確に遂行する部下たちを尻目に、男は不敵に笑う。


 まだ破壊されていない防衛システムは所詮数にものを言わせた汎用型ゴーレムが主。

 しかし最上階手前。四十九階層に待ち構えているのは今まで配備されていたゴーレムらとは格が違う。


 それもそのはず。六名の教員がそれぞれシステムを組み造り上げた全属性対応の巨大ゴーレムだ。その上幻想種すらも屠ると言われている最新鋭の行動プログラムを載せてあると聞く。

 賊一人を相手にするには勿体と言えるほどの代物だ。



「どこの馬の骨とも知れんが、越えられるものなら越えてみせるがいい侵入者よ! 我が校が誇る最強最大の防衛機工『守護精霊ガーディアン』、今までのように甘くはないぞ! ハーッハ──」



 ド、ゴォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……



「……………………は?」



 男の下卑た高笑いに被せるように、いくつものスピーカーから地鳴りにも似た音が響き渡る。

 いや。よくよく観察してみれば、この部屋自体も細かく振動していることがわかるだろう。



「あ……」



 そして疑問符を浮かべる男を他所に、一つの計器が「ビー」という虚しい音を鳴らして状況を伝える。



「が、『守護精霊ガーディアン』反応消失ロスト。侵入者に破壊されたものかと……」


「なっ……、馬鹿な……」



 そのあまりにもあんまりな報告に、男は思わず腰を抜かしその場にへたり込む。



「あ、アレは最新鋭のプログラムで、我が校最高峰の戦力だぞ……。それを、一瞬で……」


「侵入者の詳細、判明しました!」



 へたり込む男へ向けて、既に手遅れだろう情報が男を押しつぶす。



「データとの魔力反応が一致。本校生徒、今年度からの新入生、勇者候補の『キシガミ=ユーシャ』です!」






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 青年は長い廊下をひた走る。


 先ほどから思っていたことだ。ここの階段はなぜこんなやたら滅多に長いのかと。

 しかしそう文句も言っていられない。親父が聞けばこう返しただろう。「そういうものだ」と。

 そんなことを考えながら、ボロボロになった体に鞭打ってようやく終わりが見えてくる。



 塔の最上階。ここが何階かはわからないが、外から見えた塔の天辺。

 魔王が棲むという、塔の最上階だ。

 青年は両開きの扉を勢いよく蹴破って、高らかに宣言する。



「俺の名はユーシャ! キシガミ=ユーシャ! 人々を苦しめる悪しき魔王よ! 臆せぬならば、我が前へと現れ、お相手願おう!!」



 がらんと開けた広間に、名乗りを上げた青年・ユーシャの声が響き渡る。

 ただ虚しく木霊するだけに思えた勇ましい反響に、しかし返す声があった。



『くっくっく……。ただの人間風情がよく吠えたものだ……』



 野太い男の声にもか弱い少女の声にも聞こえる、そんな実態掴めぬ虚ろな声。

 しかしどこか強者の余裕とでも言うような、そんな威風堂々とした強さを感じさせる声が広い部屋のどこからか聞こえてきた。


 声は続ける。



『常ならば貴様のような羽虫が如き存在、意にも介さぬのだが、なにせ久方ぶりの客だ。その無知なる蛮勇に免じて、我手ずから相手をしてやろう……』



 ユーシャは感じる。自らの問いに答えるこの声の主こそ、正真正銘の魔王なのだと。


 だからこそ、ユーシャは腰の剣を抜く。

 相手は魔王、悪っ魔の首領だ。いくらユーシャが正々堂々の戦いを望もうと、相手にその気がなければこちらが一方的にやられるだけ。警戒するに越したことはない。



 部屋の中ほどまで進むと、扉がひとりでに閉まる。

 想定内だ。この塔へ足を踏み入れた時点で、そう簡単に返してもらえるとは思っていない。


 ──ヒタリ

 そんな小さな音を鳴らして、女の子が一人、物陰から現れる。



「君は……」



 間違いない。そこにいたのは、見覚えのある少女。

 この塔の外から見えた、寂しげな顔をした少女だ。

 咄嗟に、ユーシャは駆け寄る。



「よかった、無事だったのか。どこか怪我はないか?」



 安堵の声が漏れると同時に、少女の安否を確認する。どうやら目に見えるところに怪我はないようだ。

 少女はまるで寝起きかのような寝具を身にまとい、左腕にはパンダのようなぬいぐるみが抱えられている。

 状況が理解できないのか、キョトンとしたその愛らしい表情に思わず気が緩んでしまいそうになる。だが、気を緩めるわけにはいかない。



「怪我はないみたいだな。よかった。それより早くここを出よう。魔王がまだ現れていないうちに」



 少女の手を取り連れ出そうとするが、少女の足は動かない。

 魔王という言葉に恐怖してしまったのだろうか。

 ユーシャは少女と視線を合わせるように身を屈める。



「大丈夫だ。何があっても、俺が君を守ってみせる。だから安心してくれ。小さくて可愛いお姫さま」



 いつか親父に言われた言葉を思い出し、慣れぬ笑顔など作ってみせる。

 だからなのだろうか。



「……れが、」

「ん?」




「誰が、か弱いチビくそ魔王だーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」




「あ──――」



 一瞬にして膨れ上がる魔力に反応出来ず、気付いた時にはユーシャの体は宙を舞い、塔の外へと飛び出していた。


 ゆっくりと広大な景色から落ちていく中、最後にユーシャが見たのは夜色の翼を広げる金色の少女の──、




 なんとも可愛らしい怒りの形相だった。



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