第24話
千両とヴェロニカは49階の廊下を駆けていた。ヴェロニカも千両も既に何発か被弾している。ヴェロニカの装束はところどころ破け、白い肌が露わだ。千両は人工皮膚があちこち破け、その下にある機械の身体が露出していた。
ヴェロニカが先導し、曲がり角の先を確認する――即座に戦闘ドローンの銃撃が飛んできた。反応が早い――それもそのはず、今や本社量子コンピュータの計算能力の多くは、本社内の戦闘ドローンから送られてくる音紋データの解析に割り振られ、僅かにでも「怪しい」と判断されたら即座に射撃するよう、スミレによって命令が下されていた。
「チイッ……!」
ヴェロニカは舌打ちをしながら撃ち返し、ドローンを撃墜。だがすぐに新手のドローン2機がやってきた。ヴェロニカは身体を引っ込めながら叫んだ。
「剛毅様、こちらもダメです! 弾もあと5発しか……!」
「力づくで突破せよ! その先に窓ガラスがある!」
「どうするおつもりで!?」
「飛び降りるのだ! もはやそれしかあるまい、お前を下敷きにすれば私は助かるかもしれない!」
「ッ、しょ、承知致しました……!」
ヴェロニカは意を決し、ドローンに向けて射撃を開始する――その瞬間であった、千両の左足が吹き飛んだのは。
「グワーッ!?」
「剛毅様!? ああっ」
千両の悲鳴に気を取られたヴェロニカは、ドローンからの射撃で右肩に被弾した。拳銃を取り落とす。回復を試みるが――遅い。既にかなりの量の血を失っていた。
「――追いついたぞ」
アスターの声がした。背後から接近し、44マグナム弾で千両の足を破壊した彼は、無表情で歩いていた。その背後にはスミレがいる。スミレは戦闘ドローンを操作し、床に転がったヴェロニカの拳銃をサブマシンガンで射撃、彼女のもとから引き離した。
「貴様……よくも剛毅様を!」
ヴェロニカは遮二無二、アスターへと飛びかかった。アスターは冷静にヴェロニカに狙いを定める――だが、引き金を引けなかった。代わりに、スミレが戦闘ドローンでヴェロニカを撃った。
「ぐうっ」
床に倒れ伏すヴェロニカ。なおもアスターを睨む……否、視線はすぐにスミレへと映った。新鮮な、血。強烈な吸血衝動が彼女を支配しかかっていた。
アスターは葛藤に顔を歪めた。飛燕の記憶が、彼女の感情が、ヴェロニカ――マリーを葬ろうとしたがっている。だがアスターの意思が、それを否定していた。
あの青空のもと、親しげにしていた女性。飛燕の記憶の中で、自分と愛し合っていた女性――マリー。殺してはいけない。大切な人だったはずなのだから。
アスターは絞り出すような声で、呼びかける。
「ヴェロニカ。いや、マリー。それがきみの本当の名前なんだ」
ヴェロニカはアスターを睨みつける。
「何を言っているの? 私はヴェロニカ、全てを失った私に、豪樹様が思い出せてくれた名前!」
「違う、違うんだ。それは嘘なんだ! 記憶を失ったきみに、千両が吹き込んだ嘘なんだ!」
「誰が信じるものですか! 豪樹様は私を愛してくださった! 化け物の私に優しくしてくださった! 貴方の言葉なんて信じないわ!」
「ッ……」
アスターの顔に、失望の色が浮かんだ。
スミレが切迫した声をあげる。
「アスター、悠長に説得している時間はないわ! 無力化して運び出しましょう! ……データサーバーから、千両がヴェロニカに対して行った『実験』と『調教』の記録を抜き出したわ。あとで説得に使いましょう」
「……わかった」
アスターはヴェロニカに拳銃を向け、四肢を撃ち抜いた。スーツの上着を脱ぎ、簡易的な
ふと視線を移せば、千両はなおも逃げようとしていた。床を這い、こそこそと。
アスターは無表情で彼に銃を向けたが、スミレが制した。
「待って。トドメは私に……私にやらせて」
「わかった」
アスターは千両の四肢の根本を撃ち抜き、抵抗できないようにした。
スミレはヴェロニカが取り落とした銃を拾い上げ、千両の後頭部に向けながら、アスターに問うた。
「撃ち方、教えてくれる?」
「ああ。撃鉄はもう起きている、両手でしっかり握れ。銃口を相手に押し当てろ。あとは引き金を引くだけだ」
スミレは言われた通りにし、千両の頭に銃口を押し当てた。千両が吠える。
「待て! やめろ! 悪かった、私が悪かった! いや単に謝っても許して貰えないことはわかっている、全てだ、全てをやろう! 私のカネも会社も!」
スミレは引き金を引いた。.38スペシャル弾は、千両の後頭部に穴を開けた。だが彼はまだ命乞いを続ける。
「私はそうだな、顧問に徹しよう! 私ならきみに日本の全てを与えられる、いや、世界をもだ! 統一された日本の優位を考えてみろ、企業によって細分化された世界における優位を!」
スミレはアスターに問うた。
「こいつの脳どこ?」
「サムライと同じなら、胸の中心だな。その銃は連続射撃に特別な操作は必要ない、もう一度引き金を引け」
「オーケー」
スミレは千両の背中の中心、生身の人間であれば肩甲骨の間あたりに銃口を押し当てた。千両はなおも吠え続ける。
「やめてくれ、何故こんな酷いことをするのだ!? 唯一無二の才覚をもつこの私を殺すなぞ、世界への冒涜に他ならない! 私なら人類の富と才を集約し、高い次元に導――」
「ねぇ」
「なんだね!?」
「私、興味のない話を延々とする男って嫌いなの」
スミレは引き金を引いた。千両の身体がビクンと跳ね、それきり動かなくなった。
ヴェロニカが、くぐもった絶叫をあげた。アスターはヴェロニカの腹に拳銃をあてがい、撃った。痛みに耐えかねたのか、ヴェロニカは気絶した。
「……行こう」
「ええ」
スミレは頷きながら、アスターの顔から表情が消えていることを案じた。彼のことをひどく、無機質に感じた。
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