第22話
アスターは奴隷兵を全滅させた。
敵の大まかな配置が判明しており、通常の兵士、戦闘ドローンの投入タイミングが実際の戦闘を通してわかったのであれば、次に何が・いつ来るかはおおよそ予想がつく。
アスターは奴隷兵らの特攻波状攻撃に、眷属兵を小出しにして当てた。ただそれだけだ。
しかし時間は消耗した。無数の兵士らの死体が散らばる通路の先には、見取り図の上では曲がり角があるはずだった。そのさらに奥に守衛本部がある。しかし曲がり角の前に、隔壁が降りていた。
アスターは奴隷兵の死体が持っていた対戦車ミサイルを、隔壁に向けて撃った。1発、2発、3発。そこで弾が切れたが、隔壁には3つの小さな穴が開いただけ。しかしそれで十分であった。アスターは迷いなく、外骨格の拳を叩きつけた。
◆
本社守衛司令官、毛利少将は絶望的な表情でモニターを眺めていた。隔壁がどんどん歪んでゆき――破壊された。もはや、この司令部までアスターの進撃を阻む障壁は何もない。
だが管制官の1人が、希望を
「そ、装甲化歩兵、6名ですが展開間に合いました!」
司令部前のモニターに、外骨格に身を包んだ兵士6人が展開している映像が映し出された。重装甲型の外骨格で、正面からなら重機関銃の射撃にすら耐えられる。しかも素肌が見えている部分は1箇所たりとて無いので、噛み付いて眷属化するのも難しい。
おまけに全員が重機関銃を構えている。通路という狭い空間を、弾丸で満たす。至極単純にして、最も効果的な攻撃。
だが毛利の表情は晴れなかった。
管制官たちだけが、まだ希望はあると信じてヘッドフォンに神経を集中させた。兵士たちの戦術リンクから伝わってくる音を解析し、アスターが姿を現した瞬間に射撃開始を指示するために。
――ゆえに、管制官たちは聴いた。蜂の羽音のような、何かが高速振動する音を。
◆
サムライの高速振動刀で外骨格兵士たちを斬殺したアスターは、自身の外骨格を脱ぎ捨てた。流石に無傷とはいかなかった。重機関銃弾はサムライの外骨格を何箇所も貫通し、もはや装甲としての用は成していなかった。
「化け……物め……」
下半身を失った外骨格兵士が、震えながらそう呟いた。アスターは小首をかしげ、高振動刀でトドメを刺した。
「そうだな。とんだ……化け物だ」
アスターは、守衛司令部の扉を蹴破った。7人の管制官たちが、絶望的な表情で両手を上げていた。司令官と思しき男は、拳銃で自殺していた。
アスターは管制官の1人に噛みつき、血を啜った。吸血衝動が満たされてゆく。
「うわあああああああ!」
逃げ出そうとした管制官を、拳銃で射殺。それ以降、もはや逃げ出そうとする者は出なかった。アスターは全員を噛み、命じた。
「全てのセキュリティを解除しろ。兵士やドローンたちは全て社外に出しておけ」
管制官たちは頷き、言われた通りにした。
「ヴェロニカの位置を教えろ」
アスターが問うと、管制官の1人が答えた。
「128階で任務中と伺っております」
「千両とスミレの位置を教えろ」
「社長室です」
「映像は出せるか?」
「いえ、社長室にカメラはありません」
「スミレが持っていた量子コンピューターはどこだ? 彼女が持ったままとは考えづらいが」
「存じ上げません」
「……。質問を変えよう。スミレの胸は大きかったか?」
「いえ、極めて平坦でした」
であれば、解析に回したか。アスターは司令室を後にし、さらに下階――電算機室へと向かった。
◆
千両は満面の笑みを浮かべていた。
「ああ、正真正銘きみの母親の死体さ!」
「う……あ……」
スミレはたじろいだ。生きている思っていた母親の無惨な姿に理解が追いつかず、混乱した。だがなまじ地頭が良かったせいで、その混乱も一瞬のことであった。たちまち怒りが込み上げ、涙を浮かべながら千両に向かって駆けた。頭から突進し、押し倒す。
「うわああああああああああああああああッ! なんでッ! どうしてこんなことをッ!!」
床に倒されながら、千両はニヤニヤと笑った。
「私の心のケアのためだよ! 芸術を楽しむ心、それこそが人を人たらしめるのだ! もう一度見てみたまえ、美しいだろう?」
「そんなことは聞いてない!! なんで殺したんだよッ! ママは……ママは生かしておく価値のある研究者だったでしょ!?」
「それについてはきみの母親が悪い。中々吐かなかったものでね……あの頃は尋問技術が未熟だったし、ヴェロニカも居なかった。実用的な量子コンピュータの製造方法を聞き出したあたりで、彼女の精神が壊れてしまったのだ。悲しいことだ」
「なに、を……なにをした!?」
「拷問と薬物だよ。だがあまりにも吐かないものだから、担当者は少々薬を打ちすぎてしまったらしい。ああ、安心したまえ。彼はちゃんと懲罰部隊に送り込んだとも」
「お前ッ……お前ええええええええええええッ!」
スミレは床に倒れた千両の股間を踏みつけた。何度も、何度も。踏み抜き、踏み潰すように。だが千両は嬉しそうに笑うだけだった。
「オーウ! いいぞ、痛みは私に生きているという実感を与えてくれる!」
千両の股間を何度も踏みながら、スミレは異常に気づいた。足の裏に伝わる感触が、あまりにも硬質すぎる。鉄板を蹴っているかのような感触なのだ。
「お前……」
「ん? ああ、気づいたかね? これは勃起しているのではない、鉄板だよ。大部分は人工皮膚で覆ってはいるが、私の身体は機械なのだ」
千両は床に身を倒したまま首を起こし、両手の親指と人差し指で長方形を作り、その中にスミレと蓮華をおさめて見た。
「うーむ、良い図だ。美しい。ハッカーとして使い潰すのは勿体ないかもしれんな。母親と並べて展示するのも良いかもしれない」
「サイコ野郎が……!」
「自分が理解出来ないものを異常と見做すのは下劣だぞ。……機械の身体というのも不便でね、元の身体との差異に脳がついてゆかず、自我が壊れてしまうのだ。だが私はそれを超克したのだ、芸術を愛するという心で!」
「ふざけんな! そんな……そんなことのために!?」
スミレは周囲を見渡した。シャッターはまだ幾つもあった。その奥にあるものは、想像に難くない。
千両は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「口を慎みたまえよ、私は才覚ある人間だ! それこそ一国を統一出来るほどにな! その個を維持するために、私は私のカネで芸術を追求した。それの何が悪いのだ!?」
「人の命を何だと思っているの!?」
「生きていても何も為せない有象無象の命に、価値があるとは思えないな。ああ、きみの母親のことは惜しかったが。だがそれにしたって」
千両は蓮華の胸像を指さした。
「廃品利用に過ぎない。何の問題もないだろう?」
スミレは悟った。こいつは、狂っている。
どの時点でこの狂った価値観が形成されたのかはわからない。才覚におごって狂ったのか。身体を機械化したあとに狂ったのか。あるいは生まれた時からこういう価値観の持ち主であるのか。
いずれにせよ、生かしておいて良い人間だとは思えなかった。だがスミレは、今の自分には何も出来ないことも理解していた。いずれヴェロニカがやってきて、眷属化される。自分の足では、警備を突破して逃げることも叶わないだろう。絶望が、スミレの心を支配した。
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