第3幕
第19話
【第3幕あらすじ: アスターは囚われたスミレと、ヴェロニカ=マリーを救出しに向かう。3人の選択と運命が、一点に収束する】
スミレはST本社ビル最上階、社長室のソファで目を覚ました。
「おや、気づいたかね」
男の声がした。千両剛毅、STの社長その人の声だ。窓ガラスから戦火遠くのを眺めているかたちだが、今やその視線は、ガラスに反射したスミレに向けられていた。自然とスミレの表情が険しくなる。母を奪った、仇敵。
スミレは飛びかかろうとして、自分が手錠をかけられていることに気づいた。電子錠だ。ならハッキングを――と考えたが、彼女の胸は平坦であった。胸パッドがない。
「ちょっと、私のおっぱい返しなさいよ!」
「そこになければ無い」
「ファック!」
スミレにとって状況は最悪だ。ハッキングで戦闘ドローンを呼び寄せることも出来ない。相手の機嫌を損ねれば、なんの抵抗も出来ぬまま殺されてしまうかもしれない。だがそれでも、罵倒をやめられなかった。
「このクソ野郎、拉致が趣味かしら? おまけに人の胸まで奪って、最低のゲスね。せめて招待状を出して、おとなしくチンポおっ勃てながら待っているとか紳士的なことは出来なかったわけ?」
「出しても来ないだろう? だから迎えの騎士をよこしてやったわけだが」
「騎士? 一度目は胸がデカいだけの客寄せパンダ、二度目は時代錯誤野郎のサーカス、あれが騎士だったらその主はピエロに違いないわね」
「口の悪い娘だな! 母親よりは幾分マシだが」
スミレの顔色が変わった。
「やっぱりママを拉致したのは貴方なのね」
「そうだとも。彼女は我が社に多大な貢献をしてくれたよ。そしてきみも彼女と同じように、これからは我が社に尽くしてもらうぞ」
「母親を
「きみの意志なぞ関係ないのだよ。人間の意思なぞ……実に脆い」
千両は振り返り、己の眼でスミレを見た。好色の気配。スミレは拷問を予感し、身を固めた。
「痛めつけようってわけ?」
「そんな古い手段は使わない――ふむ?」
怯えている様子のスミレを見て、千両は首を捻った。それから口角を釣り上げた。
「……まさか、とは思うが。吸血鬼と一緒に居ながら、吸血鬼の力を知らなかったのか?」
「……?」
「ハハハハハ! コイツは驚いた! いいかね、吸血鬼というのは――」
千両は吸血鬼に備わる、眷属化の能力を説明してやった。
スミレは最初、この男は妄想を拗らせたのかと思った。だがそれが真実であるとすれば、ここまでのセンリョウ・テックの動向に全て説明がついてしまうのも事実であると気づいた。マルボウ社長をヴェロニカに襲撃させていたのは、準備段階。
「……日本救国同盟なんてものが出来たのは、他者の社長や重役を集めて眷属化を早めるため?」
「いかにも。まあ、きみたちのせいで早まりすぎたがね。本当は日本救国同盟にはあと数社加わる予定だったのだが……きみたちのせいで奴らの戦力が低下し、脅威度が下がってしまった。せっかく対抗同盟結成を呼びかけたというのに、日和見する企業が出てきてしまったよ」
「それは良い気味ね」
千両はスミレをギロリと睨み、つかつかと歩み寄ると、彼女の頬を張った。
「ッ……!」
「私の寛容さにも限界はある。いい加減に口を慎み給え、私は統一日本の王となる男だぞ。礼節を持って話し給え」
「ピエロが王とは笑えるわ」
千両は再びスミレの頬を張った。
「いッ……」
スミレは小さく悲鳴を上げ、床に転がった。だがそれと同時に千両も顔をしかめ、頭を抱えた。
「ヌウーッ……いかん、いかんよストレスは。だが小娘、良い声で鳴くじゃないか。気に入った」
千両は眉間に皺を寄せつつも、口角を釣り上げた。そしてヨロヨロと執務机に近づき、その上にある小さなリモコンを手に取った。
「きみはヴェロニカに噛ませて……あのふざけた超小型量子コンピュータについて吐かせる予定だが、楽しみ方が増えた」
千両がリモコンのボタンを押すと、社長室の壁の一角がスライドし、通路が現れた。
スミレは千両を睨みつける。
「なに、社長専用の拷問部屋でもあるわけ?」
「そんな野蛮なものではない」
「残念ね。貴方が三角木馬の上で喘ぐ姿が見たかったのに」
「……それもハッキングで手に入れた情報か? まあいい、来たまえ。ヴェロニカの仕事が終わるまでの余興だ、母親に会わせてやろう」
千両は執事のように、
◆
弁天ホールディングスの社長、堀田は、千両の呼びかけ――「日本救国同盟に対抗するための臨時企業連合軍の結成」の求めに応じ、センリョウ・テック本社に来ていた。センリョウ・テック本社ビルの最上階近く、小型会議室の一室を控室としてあてがわれ、そこで待機していた。1時間後には同じフロアの会議室で、各社首脳級会合が行われる。
弁天ホールディングスの、東北にある支配領域は未だ日本救国同盟の攻撃に晒されてはいない。だが巡航ミサイルの射程圏内ではあった。
「こちらの領域を攻撃されては困る、まずは戦線を押し込まねば」
堀田はそうひとりごちる。
弁天ホールディングスの基幹産業の1つは農業であった。現代の太陽光は人類どころか多くの動植物とって致死的であるが、遺伝子組み換えによる太陽嵐耐性米の開発に成功し、それを強制徴募した下層民に栽培させることで莫大な利益を得ている――それが彼の会社であった。
地下に敷設するタイプの水耕栽培プラントと違い、野ざらしの農地は当然ながらミサイルや火砲による攻撃に弱い。下層民の死傷も看過しがたかった。彼らに着せる太陽嵐防護服は高価なのだ。一刻も早く戦線を西側に押し込み、ミサイルの射程から自社領域を外さねばならなかった。
――ふと、扉がノックされた。
「ルームサービスです」
と、艶のある女の声も聞こえてくる。
「入り給え」
そう声をかければ、扉を開いて入ってきたのは、宗教をごちゃ混ぜにした奇妙な衣服に身を包んだ美女――ヴェロニカであった。ルームサービスと言いつつ彼女は台車もトレイも持ってきてはおらず、極めて豊満なバストを惜しげもなく揺らしながら堀田に近づいてくる。
「……ははぁ、千両め。私の歓心を買おうというのか」
センリョウ・テックは戦闘ドローンを主体とした軍隊を持っているが、他の企業はそうではない。生身の人間が銃をとり、戦車や装甲車に乗り、火砲を動かす。そして彼らは食事をとらねば戦えない――弁天ホールディングスに求められているのは、企業連合軍への食料供給。その卸値を少しでも安くするため、こういった特別なサービスを行っているのだ。堀田はそう解釈した。
「きみ、生半可なサービスでは私は一円たりともまけないぞ。そうなれば千両はきみをどう評価するだろうね? よくよく考えて尽くしたまえよ」
堀田は
ねっとりとした感触に堀田が嘆息を漏らした、その瞬間――ヴェロニカは堀田の首筋に牙を突き立てた。
「グワッ!?」
「黙って。暴れないで」
ヴェロニカが念じるようにそう命じれば、堀田は素直に従い、口をつぐんで静止した。ヴェロニカは満足げに笑った。
「以後、私と千両剛毅社長の命令には絶対服従すること。良いわね? お返事は?」
「はい」
「良い子ね、肉人形さん」
ヴェロニカは堀田の膝から降り、次の控室へと向かった。
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