第17話

「――アスター、良い格好だな?」


 サムライの声であった。声の方向を向けば、西日本防衛装備社の兵士を2人引き連れたサムライの姿があった。


「貴様ァ!」


 傷の回復が終わったアスターは起き上がりざま、サムライと兵士たちにサブマシンガンを掃射しようとしたが――それより先に、兵士たちのサブマシンガンがアスターの身体を貫いた。再び地面に倒れ伏す。


 先程の兵士もそうであるが、正確にアスターを狙ってきた。わざわざカメラアイを埋め込んでいない兵士だけを連れてきたのであろう。


 地面でもがくアスターを見ながら、サムライは面白くなさそうな声をあげた。


「……対象を確保し、輸送せよ」


「はっ」


 兵士たちがスミレを取り囲み、彼女の腕をひねり上げた。


「ッ、ちょっとなにを――」


 兵士の1人がスミレの首筋に拳銃型の器具で麻酔を打ち込んだ。意識を失ったスミレを、兵士たちがいずこかへと連れてゆく。サムライは無機質な声をあげる。


「無線封鎖解除。状況知らせ。……そうか。撤収せよ。俺は後から行く」


 アスターは傷の回復を急ぐが、治りが遅い。血を失い過ぎている。強烈な吸血衝動に耐えながら、サムライを睨みつける。


「何故お前がここに居る……!」


「戦士の勘だよ。いくつか張ってあった罠の中で、ここが一番面白いことになりそうだった」


「何が目的だ……!」


「教えると思うか、傭兵?」


「そうか……よ!」


 傷の回復が終わったアスターは床を転がりながら拳銃を抜き、サムライに向けて撃ち放った。しかし頭を狙ったそれは、腕で防がれてしまう。


 だがサムライが視界に依存せず、音でアスターを狙っていることは、前回の交戦から学んでいた。アスターは連続で射撃し、発砲音と着弾音でサムライの聴覚センサーを飽和させながら立ち上がり、室内を駆ける。


 室内を見渡せば、飛燕とその左右に護衛兵が倒れ伏しているのが見えた。


 吸血衝動が、アスターの感覚を鋭敏にしていた。護衛兵たちはもう、死んでいる。あの血は新鮮ではない。飛燕はまだ、生きている。新鮮な血を持っている。飲みたい。


「ッ……」


 吸血衝動を必死に抑え込み、サムライの背後に回りこもうとする。こいつを排除しないことには、飛燕の手当が出来ない。正面から銃弾は効かないが、背後からなら? そう考えたのだが、背後に回り込むより先に、サムライが振り向いてしまった。抜刀しながらだ。


「うおおっ!?」


 飛び退って回避――しきれず、頬を浅く斬られた。サムライは心底面白くない、といった様子だ。


「……動きが鈍いぞ、アスター。お前の実力はそんなものではなかろう」


「誰かさんのせいで血を失いすぎたもんでね……!」


「ふん、それに気もそぞろだ。臭いでわかるぞ。そんなにそこの女が気になるのか? いや、血を吸いたいだけか?」


「なっ……」


 何故、それを? アスターは、自分がすぐに回復してもサムライが驚かなかったのは、カメラアイに映らないからだと思っていた。傷が浅かったと認識されている、そう思っていたのだ。サムライはくつくつと笑った。


「驚いたか? ……STに教えてもらったよ。ヴェロニカという実例も交えてな」


「そこで何故その名前が出てくる……!」


 拳銃を再装填しながら、アスターは尋ねる。


「おっと、口が滑ったな……この情報はそうだな、ご褒美にしてやろう。俺に勝てたら教えてやる」


「決闘かい?」


「そうだ。……正直に言えばな、俺はこんなまやかしの戦争は心底どうでも良いと思っているんだ。俺はただ、面白い奴と戦いたいだけだ」


「バトルジャンキーめ」


「クククッ、最高の褒め言葉だよ。……だが今のお前は戦う相手として面白くない。とっととそこの女を手当するなり、吸血するなりしろ。待っていてやる」


 そう言ってサムライは納刀し、壁に寄りかかった。


「…………」


 アスターは暫くサムライを睨んでいたが、どうやらサムライは本当に待っていてくれるようだった。アスターはじりじりと飛燕の方へ近づき、それでもサムライが動かないのを確認すると、飛燕のもとへ駆け寄った。


「飛燕、大丈夫か!」


 飛燕の防弾チョッキを脱がし、傷を確認する。……脇腹に銃創があった。銃弾は貫通していない。弾丸は彼女の腹の中で運動エネルギーを失った――すなわち、内蔵に運動エネルギーを撒き散らしたということだ。銃創からどくどくと血が溢れてくる。助かりは、すまい。そう察せた。


「畜生、飛燕、飛燕……!」


 それでもアスターは圧迫止血をした。銃創に布を突っ込まれ、圧迫される激痛に、飛燕が意識を取り戻した。


「ッ、アスター……」


「喋るな、じっとしていろ」


「……もういいんだ、アスター。助からないだろうってことは……わかっている」


 飛燕は口から血を吐き出した。肺か胃が損傷している。


 それでも飛燕は、震えながら微笑んだ。


「……吸いなよ、血を。吸って、殺してくれ」


「バカなことを言うな!」


 そう言いながらも、アスターは強烈な吸血衝動に耐えかねていた。血の臭いが、こんなにも濃い。手と圧迫帯の奥に、温かい血がある。吸いたくてたまらない。


 それを後押しするように、飛燕は甘美な言葉をかける。


「死んじまったら、アタシはひとりぼっちだ。でもアンタに吸血されて死ねば……1つになれる。アタシの記憶は、アンタの中で生き続けられる」


「……ッ」


「やって、おくれよ」


 アスターの目に涙が光った。飛燕はもう助からない。であれば彼女の記憶を継承するのが、せめてもの救いなのではないか? そうすれば飛燕の言う通り、彼女の記憶はアスターの中で生き続ける。彼女がアスターに抱いていた愛も何もかも、自分の中に刻み込むことができる。


 それが合理的な思考なのか、吸血衝動に誑かされただけなのか、アスターにはすっかりわからなくなっていた。だが彼は、飛燕の首筋に噛み付いた。飛燕は微笑んだ。


「それで、良い……」


 アスターは血を啜れば啜るほど、吸血鬼としての力が戻ってくるのを感じた。体温が下がってゆく。それが彼、吸血鬼にとっての生の証。


 同時に、飛燕の身体も冷たくなってゆく。こちらは定命の者にとっての、死の証。


 飛燕は目を虚ろにしながら、ぽつりと呟いた。


「……ごめんね」


 それが、最後の言葉であった。飛燕の身体から力が抜ける。


 同時に、アスターの中に飛燕の記憶が流れ込んできた。彼女の37年間の、生の記憶。本人すら忘れていたも含まれている、


「ッ……!」


 自我が綯い交ぜになる感覚に耐えながら、アスターは記憶の奔流を受け止めようとした。そして、あっけに取られた。


「――は?」



 それは、飛燕が17歳の時のことだった。下層民に生まれたが、優しい両親に育てられた。暮らしは決して楽ではなかったが、頑張ればいつか上層民に食い込めるかもしれない――そんなことも夢想できる程度には、恵まれていた。


 だがそんな夢も家庭も、一瞬にして崩れた。企業の「強制徴募」に巻き込まれたのだ。父親は抵抗したため射殺され、母親は連れ去られた。飛燕は抵抗しなかったが、企業兵たちの気まぐれに晒された。


 レイプされたのだ。服を脱がされる段になって初めて抵抗したが、殴って黙らされてしまった。股に走る痛みに、必死で耐えた。


 ――無限にも続くと思われた地獄は、案外とあっけなく終わった。彼女をレイプしていた企業兵たちが、一瞬のうちに頭を撃ち抜かれて死んだのだ。


 眉から上を弾け飛ばして倒れる企業兵を踏みつけながら、救世主は飛燕に手を差し伸べた――それはアスターであった。そして彼の隣には、1人の女が立っていた。黒いドレスに身を包んだ、ヴェロニカであった。



「待て、何故……何故お前がそこに居る?」


 アスターは困惑した。彼が持っている記憶では、彼は飛燕に助け起こされたところが最初だ。飛燕が、アスターを救った。それが2人の関係の始まりだ、そう思っていた。


 だがこの記憶は、それより以前のものなのだろう、そう察せた。そしてそこに何故ヴェロニカが居るのか? アスターは再び、記憶の奔流に身を委ねた。



 ヴェロニカは困ったような笑顔で、アスターに声をかけた。


「本当にお人好しね、貴方は」


「見捨てちゃおけないだろう、マリー」


「それはそうだけど」


 ……その後、アスターとヴェロニカ――マリーと呼ばれている――は、飛燕をかくまった。マリーは甲斐甲斐しく飛燕の世話をし、飛燕が回復した後、アスターは彼女に「戦う術」を教えてくれた。


 そんな生活の中で、17歳の飛燕という少女は、自分の中の気持ちに気づいてしまった。アスターに恋をしてしまったのだ。自分を助けてくれた、騎士様。格好良くて強い、優しい騎士様。


 だがこれが悪い恋だということは、飛燕にはわかっていた。聞いてみれば、アスターとマリーは夫婦なのだという。飛燕は落胆した。諦めようと努力もした。そしてそれは、半ば成功しかけていた。急に熱が出る、悪い風邪のようなものだったのだ――そんな折に、事件が起きた。


 ある日、アスターが血まみれで隠れ家に帰ってきた。その日はマリーは出かけていて、出迎えたのは飛燕であった。驚く間もなく、アスターは飛燕の肩に噛み付いた。


 飛燕の血を啜ったアスターは正気に戻り、必死に謝罪した。そして、自分とマリーが吸血鬼であることを明かした。


「これは2人だけの秘密にしてくれないか」


 アスターはそう言った。飛燕はこくこくと頷き――再び恋心が燃え上がってしまった。騎士様は、化け物だった。でも、化け物であることを恥じている。そんなアスターの姿が、たまらなく愛おしくなってしまったのだ。アタシが支えてあげなければ、とさえ思った。


 秘密、というのもまずかった。騎士様との、2人だけの秘密。マリーにも秘密の、2人だけの秘密。それは少女にとってはあまりにも危険で、甘美なものだった。


 それから飛燕は、幾度もマリーの目を盗んでは、アスターに血を提供した。秘密の逢瀬。そしてそれを繰り返すほど、どうしてもアスターを自分だけのものにしたくなった。


 マリーが邪魔だ。妬ましい。何度逢瀬を繰り返しても、アスターは申し訳無さそうな顔をするだけで、自分に恋心を向けてはくれない。マリーがいるからだ。



「ッ、はあっ、はあっ、はあっ」


 アスターの呼吸は荒くなっていた。これから何が起きるのか、想像がついた。見たくないとさえ思った。だが記憶の奔流はもはや止まってはくれなかった。



 、マリーを殺した。正確には死んでいないけど、記憶を殺した。路地裏に呼び出して、頭を銃で撃ち抜いてやったのだ。アスターから教わった、銃の撃ち方で。何度も何度も頭を撃って、確実に記憶が飛ぶようにした。そして彼女が回復する前に手足を縛り上げて、「悪い人たち」に運んでもらった。彼女はどこかで奴隷として生きていくことになるだろう。


 それからアタシは、アスターの記憶を殺した。マリーの時と同じ手で。そして目覚めた彼を抱き起こし、アタシは微笑んでみせた。


「――良かった、目を覚ましたね」


「ここは、どこだ? きみは……?」


「やっぱり忘れちゃったんだね」


 今の自分は、ちゃんと悲しそうな顔を出来ているだろうか? 心臓がどきどきと高鳴った。


「アタシは飛燕。貴方の……ふふ、恋人だったのよ、吸血鬼さん」


 こうして、アタシとアスターの甘美な生活が始まった。記憶を失った彼を、甲斐甲斐しくお世話して――



「ああああああああああああああああああ!!」


 アスターは絶叫した。事切れた飛燕の肩を掴み、揺する。


「お前が! お前が! お前が! 飛燕ンンンンンンン!!」


 妻と記憶を奪った女を、恋人にしていた。この20年間の記憶は、全て飛燕の嘘の上に成り立っていた。アスターは怒り狂う。だが記憶の奔流はまだ終わらない。



 ごくごく最近の記憶だ、と察せた。紫煙をくゆらせながら、飛燕は思考している。


 ――ヴェロニカとやらがマリーだとすれば、厄介だ。


 ――なんせ彼女は、否、吸血鬼という生き物は、力を持っているのだから。噛んだ相手が生きていれば眷属にし、そのまま血を吸って殺せば記憶を継承する。そういう生き物だ。


 ――この戦争は、どこまでがヴェロニカ、ないしSTが糸を引いているのか。各社の社長を眷属化しておけば、企業同盟を組むのだって簡単なのだから。



 アスターは困惑した。噛んだ相手を眷属に出来る? 吸血鬼にそんな能力が? 知らなかった――否、飛燕は過去のアスターから教わったものの、意図的に今のアスターに教えなかったのか。


 それが本当であれば、飛燕はアスターの眷属になっていたはずだ。アスターは顔を青くし、記憶の奔流に抗うようにして、膨大な量の記憶の中から目的のものを引きずり出そうとした。


 それは案外と簡単に見つかった。まるで飛燕が「これだよ」と差し出してくれたようにも感じた。



 アスターはアタシを噛んだ後しばらくしてから、「眷属化」について説明してくれた。曰く、吸血鬼に噛まれた人間は、その吸血鬼に逆らえなくなってしまうらしい。どんな命令でも、吸血鬼が強く念じながら命令すれば、忠実に実行するようになる。命令があまりにも本心とかけ離れていると、心が壊れて廃人のようになってしまうらしいけど。


「――眷属化を解く方法は1つ、あるじたる吸血鬼を殺すことだけだ。といっても吸血鬼は他の吸血鬼に血を吸われない限りは、『本当の死』を迎えることはないんだがね」


 通常の方法で吸血鬼を殺すことは、絶対に出来ないのだという。全身を斬り刻まれたり、灰になるまで燃やされたとしても、回復速度こそ遅くなるものの、何度でも蘇る。アスターは恥じるように、そう言った。


「……きみを眷属にしてしまったというのに身勝手で申し訳ないが、俺は死にたくないし、マリーにそんな罪を背負わせたくもない」


 さらに言えば、他の吸血鬼は世界中に散ってしまい、居場所がわからない。きみが寿命を迎えるまでに見つけ出せるかどうか、わからない――アスターは心底申し訳無さそうにそう言った。


 アタシはアスターに死んで欲しくなかったし、むしろ眷属にしてもらえて嬉しいとすら思った。どんな命令を下されるのか、心が踊りさえした。


「じゃあ、アタシはどうすればいいの? いえ、貴方はアタシに何を命令するの?」


 アタシはおずおずと尋ねた。アスターは微笑み、念じるように目を閉じて、命令してくれた。


「――好きなように生きて、幸せになってくれ。命令はそれだけだ」


 その瞬間、アタシの恋心が燃え上がった。今までは良心で抑え込んできたけど、これからは抑える必要なんてない。好きなようにしていいんだ。アタシの幸せのかたちを、求めても良いんだ!


 それに、家庭を台無しにした企業への復讐心も燃え上がった。奴らが存在する限り、アタシの心は晴れない。アスターと結ばれても、企業の影がちらつく限り、心から幸せになれない。奴らを殺してやろう。ぶっ壊してやろう。



「おごっ」


 アスターは嘔吐した。惨劇の引き金を引いたのは、自分だ。そう気づいてしまったからだ。


「あああ。あああああああ。俺が、俺が……俺が! 俺が! 俺が!」


 嗚咽するアスターを見かねたのか、サムライが鞘で地面を叩いた。


「……逆効果だったか? 全く、こんなことになるなんてヴェロニカは言っていなかったぞ」


 ヴェロニカ、という単語がアスターを正気づけた。愛していたのであろう、妻。センリョウ・テックを乗っ取っているのか、それともセンリョウ・テックに良いように使われているのかはわからないが、救わねばならない。


 アスターはゆらりと立ち上がった。


「……彼女はどこに居る」


 アスターの雰囲気が変わったことを、サムライは察知した。鞘から刀を抜きながら、面白がるように答える。


「ふむ? それもご褒美にしたほうが良さそうだな。俺に勝ったら教えてやろう」


「そうか……よ!」


「!」


 アスターは目にも止まらぬ速さで拳銃を連射しながら、サムライの側面へと回り込んだ。女豹のような、しなやかな動きであった。レジスタンス兵が見れば、飛燕のような動きだと思ったことであろう。


 サムライは銃弾を左腕で受けながら、アスターに接近する。姿の見えぬ相手。音と勘だけを頼りに戦う。それはサムライにとって、たまらぬ戦闘体験であった。刀を横薙ぎに振る。切っ先がスーツの繊維を切り裂いた感覚。


「ハハハ、さっきより余程良い動きだ! うおッ」


 殆ど1発にしか聞こえない銃声が鳴り響いた。防御に使っていた左上腕に衝撃。サムライの脳内に、「装甲貫通」のアラートが出る。


「まさか、同じ着弾点に連射を加えたのか!?」


「――成功したのは6発中4発だけだがね」


 アスターは警戒しながらシリンダーに弾を込める。サムライは反撃してこなかった。代わりに、くつくつと笑い声をあげた。


「やはり俺が見込んだ通りの男だよ、お前は。全力で戦うに――相応しい!」


 悲鳴のような駆動音が聞こえた。瞬間、アスターの目前にサムライが迫っていた。速い。ごく至近距離からの、横薙ぎの斬撃。アスターはダッキングしつつ、1発の銃弾を放った。それはサムライの拳に当たり、わずかに斬撃を上方に逸した。それでも避けきれず、刀で耳を削がれる。


「ッ……」


 だがサムライはそのまま突進してきた。身体をぶつけるだけの至極単純な動作であるが、外骨格の大質量と速度は、人体を破壊するのには十分過ぎる威力を持っていた。


 アスターは肋が折れたことを認識しつつ吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。サムライの追撃が迫る。兜割り、縦一文字の一閃。アスターは拳銃3射撃で斬撃を横に逸らす。壁が切断され、地面に叩きつけられた刀は床材をも破壊し、弾け飛んだ瓦礫でアスターを吹き飛ばした。同時に肋骨が回復し、血を吐き出しながらアスターは眉根を寄せる。


「クソッ、どんな外骨格だよ!」


 アスターは訝しんだ。外骨格にしては性能が規格外すぎる。全身に張り巡らせた装甲板の重量を背負いながらあれだけの機動をし、膂力を発揮している。いかに機械力の補助があるとはいえ、中に入っている人間も反動からは無縁ではいられないはず。だというのに、サムライはピンピンとしている。彼は滑らかに刀を操作し、上段に構える。


「これは良いものだぞ。使い手を選ぶようだが」


「だろうな、並の人間じゃ今頃反動で全身複雑骨折だろうよ。お前の裸を見てみたくなったな、どんな骨太マッチョマンなのか確かめてみたい。脱いでくれないか?」


「断ると言ったら?」


「心が痛むが、ケダモノになるしかあるまいよ」


「なら俺は狩人になろう」


 サムライの鋼鉄の拳と刀の鍔が擦れ、硬質な音が鳴った。同時にアスターも拳銃の撃鉄を起こし、カチリと音を立てた。


 睨み合い。2人の戦士は、勝負の終わりを予感した。お互いに、次の1合で決めることを決心していた。


 ――遠くでどこかのビルに砲弾が落ちた。それが合図となった。


「シイッ!」


 サムライは爆発的な加速度で踏み込みながら、兜割りを放った。アスターは高速の3連射でそれを逸らす――失敗した。サムライは外骨格の機械力で強引に斬撃の軌道を捻じ曲げ、銃弾を腕から逸したのだ。胸に着弾するが、衝撃は加速度で押し戻す。


 そのまま突進しつつ、逆袈裟に斬り上げる。アスターは再びサムライの拳に向け弾丸を発射するが、咄嗟のことで1発しかねじ込めなかった。斬撃の軌道を逸らすには衝撃力が足りず、刀はそのままアスターの左腰から右肩へと振り抜かれる。


 サムライのカメラアイにアスターの姿は写っていないが、彼は刀が肉を斬り裂く確かな手応えを感じていた。しかしそれと同時に、聴覚センサーに飛び込んできた僅かなノイズに気づいた。それは蜂の羽音のようなものであった。サムライの刀も発している、聞き慣れた音。刀身に高速振動を与え、装甲板を掘削する、テック武器の音。


 次の瞬間、サムライのカメラアイの信号が途絶えた。


「なっ……ガガガガガアアアガガガガ!?」


 ――アスターの左手には、先程西日本防衛装備社の兵から奪った、高振動ナイフが握られていた。それはサムライの両カメラアイの中心に突き立っていた。アスターは左腰から右肩までを両断され、左腕だけが首と頭と繋がっていた。腰に刃が到達する寸前に高振動ナイフを引き抜き、サムライの眉間に突き立てたのだ。


「きっと見えてりゃ、通じなかったんだろうな」


 吸血鬼はカメラアイに映らない。それでも正確にアスターの位置を把握して戦闘を行ったサムライは化け物じみているが、流石に「隠し武器」までは見抜けなかった。アスターにしてみれば隠していたつもりはないのであるが。


 サムライの身体が揺らぎ、仰向けに倒れた。アスターも床に墜落し、左腕だけで這いずり、切り離された右半身のもとに近づいた。難儀しながら切断面を近づけてゆくと、血液が糸のように這い出し、絡まり合い、接合された。

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