第15話

ニュースでは盛んに、開戦の報道がなされていた。それによれば、西日本防衛装備社とBMアームズを中心とした6社による同盟、「日本救国同盟」は他の全企業に対し宣戦を布告。その目的は「日本国の再建」としている。


 だが日本救国同盟とそれ以外の企業の戦力比は、2:3ほど。日本救国同盟側が劣勢であるが、奇襲的な先制攻撃を仕掛けたため、パワーバランスがどう変化しているのかは現状不明。


 飛燕が電話越しに、唸るような声をあげる。


『……驚くのはまだ早いよ。今しがた、日本救国同盟……というより日装から、アタシらに接触があった』


「攻撃されたのか!?」


『いや、実に平和的な接触さ……しかも同盟のお申し込みときた』


「はぁ!?」


 何故このタイミングで? ……考えられる線はいくつかあった。開戦時点での戦力は、日本救国同盟側が劣勢。少しでも兵力が欲しいことは察せる。それに、この開戦のタイミングは彼らにしてみれば予想外だったのだろう。急に流布された同盟の噂によって、対抗同盟が組まれる前に性急な攻撃を行わねばならなくなった。


 結果的に、準備が整わないうちに開戦することを強いられた。主力が展開を始め、各社が戦時体制に移行を完了するまでの間の「時間稼ぎ」が必要なのだ。


 アスターが頷く。


「……ゲリラ戦をやれというのか、レジスタンスに?」


『そこまで踏み込んだ話はまだしていないが、恐らくはそうだろうね。各企業の支配地域に浸透し、敵主力の展開を遅らせて欲しい――そのあたりになるだろうね、要求は』


「……受けるのか?」


『話だけは聞いてやっても良いと思っている。……痛し痒しだよ、このまま救国同盟側に負けられても困る。かといってこれから組まれるであろう対抗同盟側が負けても困る。救国同盟側の兵器工場が対抗同盟側の手に渡るのも避けたいし、その逆も然りだ。アタシたちレジスタンスの力はまだまだ弱いからね』


 レジスタンスの勢力が伸びるまで延々戦争を続けて貰い、戦力をすり潰して貰わねばならない、ということだ。


『まさか奴らも、タダで兵力を出せとは言わないだろうさ。こちらが納得出来るだけの兵器提供があれば、同盟を受けてやっても良いと思う。……その後は蝙蝠野郎に転身だね、明確な勝者が出ないように立ち回らにゃならん』


「難しいな。それに戦争が長引けば、下層民とて無傷ではいられない」


『……本当に痛し痒しだよ。下層民を守るために、下層民を犠牲にしなけりゃならないなんてね。全く、レジスタンスのリーダーなんてなるもんじゃないね』


「……」


『冗談だよ。一先ず戻ってきてくれ、アスター。アンタとスミレには、これから行われる日装との会合に護衛としてついてきて貰いたい』


「わかった」


 電話はそこで途切れ、アスターは進路をレジスタンス拠点へと向けた。


 その車中で、スミレが訝しげに尋ねる。


「罠だとは考えないわけ? 飛燕がばら撒いた情報は、私とアスターが手に入れたものよ」


「俺たちとレジスタンスの繋がりはどの企業にもバレていないはずだ。バレているんなら、とっくの昔に拠点が攻められているさ。それに反企業レジスタンスは、なにも飛燕のところだけじゃない。日装だって他のレジスタンス組織にも声をかけているだろうさ……飛燕のところは、そんな中の1つのはずだ」


「そうだと良いけど」


「……悪い予感がするか?」


 スミレはこくんと頷いた。アスターは苦笑する。


「まあ、気をつけておくとするよ。本当だぜ、俺は女の勘は信じるんだ」


「それは賢明な判断ね」


 車はレジスタンス拠点へと滑り込んだ。拠点内は慌ただしい雰囲気になっており、武装したレジスタンス兵たちが次々と車に乗り込んでゆく。


 アスターとスミレは、飛燕の執務室へと向かった。執務室では、飛燕が防弾チョッキを着込み、銃の点検をしていた。その様子を見たスミレが片眉を上げる。


「お話し合いに行くファッションには見えないわね?」


「ご相悪とこれがレジスタンスの正装さ。不測の事態に備える必要もあるし、ドレスで行ってナメられても困るからね」


「不測の事態は一応想定しているのね」


「当たり前だろう? ……とはいえ急に攻撃されることはないだろうさ、なんせ相手は今、1人でも兵力を欲しがっている連中だよ。アタシらを攻撃して、むざむざ敵を増やしたいとは思っちゃいないだろうさ」


「そうだと良いけど」


 スミレの目には、不安と不信感の色が浮かんでいた。しかしそれらは言語化できず、胸中にしまいこんでおかれることになった。そんな様子のスミレを見て飛燕は何か声をかけようとしたが、首を横に振った。佇まいを直し、アスターとスミレを見渡す。


「2人に依頼だ。会合が行われる地点の付近に潜伏し、不審な奴らが近づいてこないか見張っていてくれ。仮に戦闘になったら、レジスタンスの撤退を支援すること」


 アスターが眉根を寄せた。


「その仕事はレジスタンス兵じゃ不足か?」


「そういうわけじゃあない。……本命はスミレ、悔しいけどアンタの能力のほうだよ。アンタの電子戦能力は機材の性能頼りだとしてもズバ抜けている……少なくともうちの能無しハッカーどもを何人束ねても敵わない程度には。それを買っての依頼さ。電子防御はアンタに一任したい」


 スミレは不満げな表情を浮かべる。


「言い方ってもんがあるでしょう? でも良いでしょう、事態の深刻さはわかるし、引き受けてあげる」


「よろしい」


 飛燕は頷き、アスターとスミレにインカムを手渡した。


「これで他の哨兵と連絡が取れるようになっている。アスターのコードはブラボー、スミレはアルファだ」


 スミレがおどけてみせる。


「あらあら、Aを頂けるなんて光栄ね!」


「胸のサイズで決めた」


「…………クソババア」


 飛燕は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、スミレを見下ろした。飛燕のバストサイズはCであった。


 やがて飛燕の眼内ディスプレイに文字列が踊り、アスターのスマートフォンが通知音を鳴らした。スミレも送られてきたメールを眼内ディスプレイで読む。それは今回の会合地点の地図と、レジスタンスの配置図であった。


 飛燕は古びた拳銃の点検を始めながら、2人に声をかける。


「電子戦に適した位置ってのがアタシにはわからないからね、そこはスミレに任せる。機材が必要なら、需品係に言って持っていきな。……質問は?」


 アスターとスミレは首を横に振った。飛燕が頷く。


「ま、アンタらは保険だ。だが気を抜かないように。……行きな」


 アスターとスミレが退出し、閉められた扉を、飛燕はしばし見つめる。


 今回アスターとスミレを投入するのは、正直に言えば過剰だと思っていた。だが飛燕には、1つだけ懸念があった。この目で直接見たわけではない。確かめたわけでもない。だが、もし、もしなら。


「……年貢の納め時なのかもしれないねぇ」


 彼女はタバコに火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る