第14話

 レジスタンス拠点に戻ったアスターは、飛燕に口頭で報告をあげていた。


「――というわけだ」


「きな臭いどころの話じゃなくなってきたね」


 西日本防衛装備社の重役は、BMアームズを「同盟相手」と呼んでいた。あり得ないことである、西日本防衛装備社はその強大な軍事力ゆえに、他の全企業から睨まれている。抜け駆けして同盟を結ぼうとすれば、他の企業から危険視され袋叩きにあう。


「……BMアームズは一体何を考えているんだい?」


「そこが疑問なんだ。勿論奴らは軍需企業だ、自前の軍隊も強大さ。だがそこに日装の戦力を合わせたとしても、他の企業に連合を組まれたら流石に敵わないはずだ」


「――さらなる味方がいない限りは、ね」


「既に水面下で同盟を結んでいる企業があるかもしれないってことか……」


「最悪の可能性として考えられるのはその線だね」


 飛燕は眼内ディスプレイに情報を表示させる。


「BMアームズや日装と組んで利のありそうな企業、あるいは奴らが仲間に引き入れたいであろう大戦力を持っている企業は幾つかあるが……」


 飛燕は逡巡し、決意を固めた。


「……こそこそ探りを入れている間に事態が進行したらマヌケだね。今すぐ、ここまでに引っこ抜いた情報をバラまく。まだBMと日装側の準備が整っていないとすれば、残った企業が対抗同盟を組む余地がある」


「ああ、それが良い考えだろうな」


 飛燕は部下を呼びつけ、スミレが録音しておいたデータの入ったチップを預けた。地上に出て、ネット経由で各企業に送るよう言い含めて。


 それから飛燕は、アスターを睨んだ。


「……ところで、あの小娘とチームを組んだんだって?」


「飛燕、説明しただろう? 彼女を守るには……」


「わかっている、わかっているよ。ちょっとした嫉妬さ……アタシももう少し若けりゃ、アンタと一緒に地上を駆けずり回れたのにねぇ。昔が懐かしくなってくるよ」


「老いるにはまだ早すぎるだろう? 地上に出るならいつでもエスコートするよ」


「ありがと。……ま、これからの事態を考えりゃ、また地上で指揮を執る日もそう遠くはないんだろうけどね。きっと戦争になるよ、こりゃ」


「負け戦じゃないことを祈るばかりだよ」


「本当にね。……企業どもに日本統一なんざされたら、下層民は終わりだ。絶対に、防ぐ」


 飛燕とアスターはほぼ同時にタバコを取り出し、互いに火をつけてやった。紫煙を吐き出しながら、飛燕は口角を釣り上げる。


「まあ、こんな事態だから各企業の動向を探るハッカーは忙しくしなけりゃならない。勿論そいつの護衛役もね」


「有給休暇を貰いたくなってきたな」


「残念ながらフリーランスにそんなものはないんだよ。さ、今日はもう寝な。夜に備えて」


「そうするよ」


 アスターは執務室を辞し、自室に戻って眠りについた。


 夜、アスターとスミレは東京西部を駆け回っていた。その目的は2つ。


 1つめは、スミレのハッキングのため。アクセス起点を次々と変えながら、企業間の通信を傍受していた。センリョウ・テックが量子コンピュータを実用化して以来、企業間は重要度の低い情報しか通信でやり取りしないようになっていた。ハッキングを恐れてのことである。だが今は重要な通信が活発にやり取りされていた。そのどれもが「西日本防衛装備社とBMアームズにどう対処するか」といった内容だ。


 助手席に座ったスミレは、眼内ディスプレイに高速で文字列を明滅させながら呟く。


「……凄いわね、どの企業も大慌てよ。最低限の暗号化すら省いている企業もある」


「それだけ今回の件を重く見ているってことだな」


 飛燕が流した情報に、企業各社が飛びついたかたちだ。


「一方で日装とBMアームズは冷静なものね。問い合わせが集中しているけど、のらりくらりと躱しているわね。暴露された情報の大きさにしては、静か過ぎるくらい」


「ふーむ……同じように『静か』な企業はあるか?」


「5社あるわね」


「クサいな。飛燕に報告してやれ」


「もうした」


「流石だ」


 レジスタンス拠点はネットワークから切り離されているため、連絡手段は非情に迂遠であった。一般車両に偽装した通信車両を走らせ、そこで受け取った通信は紙に印刷され、それを生身の人間が下層のレジスタンス拠点へと運ぶ。しかも幾人もの(自分が何を運んでいるのかすら知らされていない)連絡係の手を介して、だ。


 このような情報伝達手段を用いるため、実際に飛燕のもとにスミレからのメッセージが届くのには相当なタイムラグが生じる。


「……さて、返事を待っている間に、今度は俺の仕事の時間だ」


 アスターは北区にあるジェネリックフーズ社の支配領域に入り、すぐに地下道に潜る。


 ――2人の目的、2つめ。それは徴兵妨害であった。企業は「戦争が近い」と判断すれば、強制徴募を行う。下層民をさらい、即席の兵士とするのだ。それを妨害する。


 果たして地下道を走ってすぐに、アスターとスミレはジェネリックフーズという中規模企業の兵士に呼び止められた。道はジェネリックフーズの装甲車群で塞がれている――その奥に、トラックが見えた。その荷台へと次々と下層民が詰め込まれてゆくのも見えた。


 企業兵は銃を向けてアスターの車を制止したあと、2人の身なりが良いことに気づき、笑顔で近づいてきた。


「やあすみません、ここから先は今現在、通行止めでして」


 アスターも笑顔で応じてやる。


「治安維持作戦かい?」


「ええ、下層民の犯罪者たちを一斉摘発しています」


 欺瞞であった。トラックには、年端もゆかぬ子供たちも詰め込まれていた――そんな者たちでも、爆弾を持たせた上で薬を打てば、立派な自爆特攻兵になる。自爆ドローンを買うよりも余程安上がりというわけだ。


 アスターはスミレをちらと見る。


「終わったか?」


「うん、戦術リンクと通信システムは乗っ取ったわ」


「上出来」


 2人の会話を訝しむ企業兵の顎を、アスターは早撃ちで撃ち抜いた。


「じゃ、行ってくる」


 アスターは車を降り、銃声を聞きつけてやってきた企業兵を次々に撃ち殺した。さらにスミレが装甲車の機関砲の制御を乗っ取り、装甲車同士で撃ち合いをさせた。瞬く間にジェネリックフーズの企業兵は全滅。


 アスターはトラックに詰め込まれていた下層民たちを逃してやり、それから車に戻ってきた。


「ここはこんなもんだろ、次に行こう」


「了解」


 アスターは車を走らせ、次の企業支配地へと向かった。その車中、スミレがぽつりと呟いた。


「……本当にこんな徴兵が行われていたんだ」


「そうだとも。ニュースで『債務奴隷兵』って呼ばれている連中、まあ中には本当の債務奴隷も居るが、大半はこうして無理やり徴兵された下層民さ」


「……知らなかった」


上層アッパーで暮らしてりゃ、そうかもしれんな」


「やっとわかったわ、飛燕たちが戦っている理由が」


「本人に伝えてやれ、きっと喜ぶぞ」


「『世間知らずが治って良かったね、上層部のお嬢ちゃん』ってなじられるのが目に見えているわ、絶対に嫌よ。……その代わり、本気で仕事してあげる」


「そいつは心強い」


 ――その時、アスターのスマートフォンが鳴った。飛燕からだ。傍受の危険性を冒してまでの電話とあれば、余程の緊急事態だろう。


 代わりに出てくれ、とスミレに促す。彼女は顔をしかめながらも、アスターのポケットからスマートフォンを抜き取り、スピーカーモードにして通話に出た。


「もしもし?」


『アスター……スミレか! ニュースは見たかい!?』


「いえ?」


『見ろ、今すぐ!』


「今見て……はぁ!?」


 眼内ディスプレイにニュースを表示させたスミレが、驚愕の声をあげた。アスターが訝しむ。


「おい、読み上げてくれよ」


「……日装とBMアームズ他4社が同盟を発表、『日本救国同盟』を名乗って他の全企業に宣戦布告したわ」


 その時、地響きのような音が社内に響いてきた。高層ビル群の間から、炎と煙がちらりと見えた。戦争が、始まったのだ。

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