第2幕
第6話
【第2幕あらすじ: 傭兵ハッカーとしての活動を始めたスミレは、アスターと組んで仕事に取り組む。スミレは凄まじい下ネタでアスターを振り回しつつ、着実に成果を上げてゆく。しかしヴェロニカや傭兵「サムライ」と運命が交錯すると、センリョウ・テック社や西日本防衛装備社の陰謀が明らかになってゆく】
22世紀において、多くの人たちにとって起床時間は19時頃が定番だ。そして勤め人であれば始業は21時頃となる。
そして現在時刻は23時、スミレは二度寝を決め込んでいた。二日酔いがひどすぎたのである。アサガオと飲みすぎたせいだ。そんなスミレの部屋の扉を、丁寧にノックする者がいた。黒いスーツに身を包んだアスターであった。
「起きているか、スミレ?」
「哲学的な質問ね……」
「お前と哲学的な話をするつもりはない、どうせ下ネタで彩られるんだろう。……飛燕がカンカンになっているぞ。そして俺は依頼のメールに返事も寄越さないアホの様子を見てこいという仕事を仰せつかったわけだ」
「それはご苦労なことね……」
「どうせ二日酔いでくたばっていたんだろう、痛飲していたとアサガオから聞いたよ。水を持ってきてやったぞ、鍵を開けてくれ」
「開いてるわ……」
扉を開けたアスターは顔をしかめた。ベッドに横たわるスミレの姿は昨日のまま……否、昨日よりも酷い状態になっていた。ピンク色の髪は寝癖でボサボサ、化粧は崩れ放題。胸パッド型ポータブルデバイスはブラジャーとともに床に転がり、着用者から離れてなお高精度なホロバストを投影していた。
おまけにキャミソールははだけ、ある種の性癖を持つ者であればそこに着陸することを夢見るであろう、滑走路のように素晴らしく平坦なバストは、今や桜色の管制塔すら露わになっていた。
しかしアスターは悲しいかな、自分が羽を休めるべき場所はここではないと判断し、二日酔いの管制官に、水の入ったペットボトルを投げてやった。そして彼女が持ち込んだ荷物をあさりながら、声をかけた。
「依頼のメールは見たか?」
「今見てる……BMアームズの工場への潜入? 貴方と一緒に?」
寝ぼけ眼のスミレの眼内ディスプレイに、依頼メールの文章が流れる。
「そうだ。物資搬入ルートのデータを抜いてこいとさ。俺はその護衛だ。とっとと準備しな、ほれ」
アスターは服と、比較的際どくない下着をスミレに投げてやった。スミレは顔にかかった、花に群がる蝶の群れ、その羽の隙間から草花の下生えが見える、そのような有様のパンツを払い除けながら顔をしかめた。
「こんなの、わざわざ出向かなくても出来るでしょ」
「ここのネットワークは防諜のためスタンドアローンになっているんだ、どこにも通じちゃいない」
「昨日覗いた感じ、そうは思えなかったけど……ちょっと私のおっぱい頂戴」
アスターが床に転がった虚乳を拾って手渡すと、スミレはそこからコードを伸ばし、首筋の生体LANジャックに接続した。それから10秒後。
「……はい、終わり」
「何が?」
「仕事」
「冗談だろ?」
スミレはペットボトルの水を一口呷ってから、得意げに平坦な胸を張った。
「いいこと? どんなに硬い守りも人間が作った以上『完全』なんてそうそう無いものよ。大抵は設計者か運用者、どちらかが穴を開けてしまう。BMアームズの場合は前者、ここのネットの場合は後者が開けた穴があったわ」
「BMアームズのほうは専門的な話になりそうだから聞かないが、ここのネットの穴はどういうことだ? 説明してくれ」
「とんだマヌケの所業よ、誰かがポルノをDLするために開けたポートがあったの。そこを使ってハックしたわ……STのサーバーもこういうマヌケが開けた穴を突いてやったのよ。勿論いくつもプロキシを噛ませたし、痕跡も残しちゃいないわ」
「……本当か?」
「本当よ。もう飛燕にデータを送り付けてやったわ、使ったポートのことも添えてね」
彼女が言い終えるか否かといった瞬間に、天井に設置された館内放送設備から飛燕の怒声が響いてきた。
『――スミレ、このクソ女! 拠点からハッキングを仕掛けるバカがどこにいる!?』
「だってポートが空いていたんだもの」
『それについては感謝してやる、ポルノのために防諜を台無しにした下手人は懲罰部隊行きだ! ……そいつと一緒にお前も懲罰部隊に送り込んでやろうか!?』
「怒らないでよ、痕跡なんて残してないから問題ないわ」
ここでアスターが告げ口する。
「痕跡を残したつもりがないのに、STに追われるハメになったのはどこのどいつだ?」
『……スミレ、このクソ女がぁ!! 良いか、今回は報酬減額だけで済ませてやる。だが次からは本当に懲罰部隊行きだぞ! わかったか!』
スミレは肩をすくめる。
「怒られちゃった」
「怒られちゃった、じゃないんだよ。……こいつは忠告だ、次は本当に懲罰部隊送りにされるぞ。死亡率80%の特攻任務に就かされたくなけりゃ、次からは自分の足を使うことだ」
「うげぇ……」
何か考え事をしていたようで黙っていた飛燕が、ここにきてアスターとスミレに話しかけた。
『……2人に追加の依頼を出す。マルボウ・エージェンシー社に潜入し、データサーバーを破壊してきな。重役クラスを暗殺したらボーナスも出してやる』
マルボウ・エージェンシー。各企業の支配領域の治安維持業務を請け負ったり、捜査官を派遣する警察系企業だ。彼らは市民のデータを密に集めているとの噂で、これはレジスタンス活動上、好ましいものではなかった。
アスターは肩をすくめる。
「まあ俺は構わんが。スミレ、きみはどうするんだい? 傭兵なんだ、受けるか受けないかは自分で決められるぜ」
「私はパスね、二日酔いがひどい」
すると飛燕のくつくつとした笑いがスピーカーから響いてきた。
『良いのかい? 今、昨日の電気代と空気代を請求してやったよ……さて、さっき振り込んでやった報酬額と照らし合わせてみな』
スミレは顔をしかめながら、眼内ディスプレイにそれらの情報を表示した。そして叫んだ。
「ファック、このクソババア! これじゃ赤字じゃない! なんで報酬がこんなに安いわけ!?」
『減額で済ませてやるって言っただろう? 別にアタシは満額払ってやっても良いんだよ、その代わり懲罰部隊にブチ込むけどね。カネは満期除隊した後で使うと良いさ。生きていたらの話だけど』
「ぐぬぬ……」
スミレは暫く怒りを噛み締めた後、肩を落とした。
「わかった。わかったわよ。受ける」
『大変結構。とっとと出発しな』
飛燕は通信を切ったようで、スピーカーからブツリという音が聞こえた。アスターはニヤリと笑い、スミレの肩を叩いた。
「さぁ初仕事だ、せいぜい楽しもうじゃないか」
「うるさいわね! ……まぁいいわ、丁度マルボウには恨みもあったことだし。徹底的にブチ壊してやるわ」
「そうなのか?」
「ママの捜索を頼んだことがあるのよ。でも結果はなしのつぶて。それどころか私を気遣うフリして寝ようとしてきたクズまで居たわ」
「そいつは酷いな」
「でしょ? まあサイズは中々良かったんだけどね。刑事だけにデカマラって」
「結局寝たのかよ! 同情して損したよ、とっとと準備しろ」
アスターに尻を蹴られたスミレは着替えを抱え、シャワールームへと飛び込んだ。
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