29 4番はヒーロー
「今日は、石鹸とヘアオイル、除毛ポーションに化粧水と乳液を購入予定です」
「パイアお姉ちゃんのスキンケアの情報が薄い」
「ち、違いましたか」
顔を洗う、化粧水を付ける、び、美容液? 乳液を塗って、クリーム……?
「美容液と乳液とクリームって、全部クリームじゃないんですか?」
「ダメージのケアと予防、整える、保護」
「私が浅はかでした」
「ン・シーもデータ上のもの。未経験」
外に出るなら、仕上げに日焼け止めも塗る必要があるのかー。僕はあんまり気にしてなかったから、化粧水を付けるくらいだった。とりあえず街の人から情報収集をして、評判のお店へ行くことにした。
個人に合った化粧品を教えてくれるんだって。能力を使ったものらしく、ピッタリのものを選んでくれるそうだ。その代わり高いって心配された。僕ら2人とも、この世界では成人したての年齢だしな。
でも、大丈夫。生活する分には余裕の所持金。ダブルスターは伊達じゃあないのだよ、お姉さん。
でも借家とか家を買うとなると、どうなんだろうね。BMXがあるし、これからも荷物が増える可能性は大きいからなあ。
そろそろ真面目に考えないとマズいかもしれないね。活動するダンジョンの難易度が上がって収入も増えることだし。
「ここかな?」
「たぶん? お店っぽくないって言ってましたし」
普通の民家系お店は、見つけるのも入るのも難易度高いからやめて欲しいなあ。地球ならググればいいけど、異世界じゃムリだし。
「こ、こんにちはぁ」
「どしてビクビクしてるの?」
「だ、だって間違ってたら迷惑ですし」
「間違いではないが……また新しい客か」
「ン・シーは勝手に、お姉さんが経営してると思ってたっ!」
「私もです」
オジサンでした。
「商売にする予定はなかったんだが、妻用に作ったものが評判を呼んでしまってな」
「ン・シーは知っている。それは天職というヤツ!」
スキンケアのやり方も教えてもらおうかと思ってたんだけど、それは知らんと言われてしまった。でも年の近い娘さんに教えてもらえといって、呼んでくれた。
「ナーテ! ナーーーテェッ! いい加減に起きなさい。ちょっと手伝ってくれ」
娘さんはお寝坊さんのようです。10分ほど待ってると、娘さんが文句を言いながらお店にやって来た。
「もーうるさいな、パパはぁゲェッ!? パイアさんとン・シーさんじゃん!」
「ゲーって、4番さんじゃあないですか……ナーテさん、ね」
「パイアお姉ちゃん、名前ナイショっ。シー」
「そうですね。シーでした」
「男どもに知られなきゃいいよ」
「なんだ、知り合いなのか」
「そうなんだー。この子たちだよ、最近話題の2人組」
「ほぉ」
「1週間程度でダブルスターとか異常よ、異常っ」
「お、おう。それは確かに、そうそうあるもんじゃないな」
変人を見るような目で見ないで欲しい。しかも「変なものが送られてくる原因はお前たちか」だって。錬金術ギルドで働いてて、地球産の電化製品やらカップ麺とか研究もしてるみたい。
特に気になったのが、カップ麺だそうだ。もうないのかって圧が届いてくるよ。
カップ麺、そういえば誰も出してないような気がするね。レアなものだったみたいだ。
「あれはどうやって作っているのだ。単に乾燥させるだけではないのだろう?」
「あー、原理は簡単なんですけど──」
大変なんだよね、フリーズドライって。凍らせて、真空状態で加熱して乾燥させるだけのはずなんだけどさ。
真空状態で加熱が家庭向きじゃない。
「凍らせるのが大事なのか」
「味が落ちないんだそうです。真空状態になれば、低い温度で乾燥が始まるというのも大事だったような?」
た、たぶん。もうググれないから確かじゃないのだ。
ン・シーは知らないかな?
チラッて見た僕に答えてくれた。
「ン・シーはタイマン戦闘用AI。生活の知恵はほとんどないっ!」
「ン・シーさん、自信満々で言うとこじゃないよ~」
「うふーっ」
タイマン戦闘用AIは華麗にスルー。気にならない様子。オジサンはブツブツと、フリーズドライのことを考えてるようだ。
「それよりも! 私たちはスキンケアを求めて来てるのです」
「そういえばそうだったっ」
「じゃあまずはパパに見てもらってから、判断しよっか」
「仕方ないな。俺は化粧品が作りたいわけじゃないんだがなあ」
オジサンは人の状態を、鑑定することができるんだそうで。お医者さん向きの能力な感じか。
それで見てもいいかということなので、見てもらうことにした。人物鑑定だとマズそうだけど、状態を見るっていうなら平気かなって。
「お前たちに化粧品は不要だ。2人とも愛し子のようだし」
「うわー……初めて見たよ。しかも2人ともって」
僕とン・シーには意味が分からなかったんだけど、そんな様子の僕らに説明してくれた。愛し子っていうのは、どうやら神様が気にしてくれてる人ってことらしいよ。
「お前たちは精神や身体を保護されているようだ」
「異世界人、ってことだからですかね。心が守られているのは実感してます」
じゃなきゃ、エサになっても平気だったとか、命がけのダンジョンで気ままに冒険なんてできないだろうし。
「ン・シーも実感あり。五感の情報をちゃんと受け止めていられる」
そういうものなのか。
「AIから生身の身体になって良かったね、では済まないってこと?」
「うん。情報過多。処理能力が足りないと思う」
「ホント、神様ありがとうですね!」
「うんっ」
「つまり私んちがバレただけってことじゃん。スキンケアがいらないんだから」
「4番さんにはそうなりますねー」
「ダイジョブ。ン・シーたちの国では4番はヒーロー」
もちろん、この世界じゃ違うよ。
なので4番さんはダイジョバナイ。
「帰りましょっか」
「うん。お昼ご飯食べに行くっ」
「待って! 私が損しただけの気分だからガチャしてよね」
「まあ今回の分は、サービスしましょう」
「パパ、
「いいだろう。俺も興味あるし出すか。何個だ?」
「ここは10いこうよ」
「カップ麺狙うなら、1個のほうが出やすそうではありますが」
1個なら3000円だし、あか兵衛とかくろ兵衛が箱で出てきそうじゃん?
そんなことを言ったら親子でケンカが始まってしまった。もう1個と9個にすればいいじゃん?
「1個と9個に決定です。カテゴリーをお選びクダサーイ。10、9、8──」
「わ、わかったわよ。せっかちだなあ、パイアさんは」
起動したミミックから選択肢が出された。
住、食、衣、薬、乗、耗。耗かあ……消耗品もガチャらなくちゃいけないみたいだ。おのれ神様めェ。
「俺は食で」
「私、乗で! ジテンシャ面白そうだったし」
『ハッハー! ケッカハ カミノミゾ シルッテ ヤツサー!』
ドラムロールを表現するため、ガタガタと揺れる僕の能力。
参加するン・シーと4番ナーテさん。
幸せそうでなにより。
「「だだだだだだだだだだだだだだだだんっ」」
『トレジャー! オア! トラァァッシュ! テメェラガ カクトク スルノハ コレダウギャァァァァァァ』
塵になって消えるミミックを、4番父は興味深そうに眺めてた。出てきた大きいほうのダンボール箱に突撃するナーテさん。残念だけど自転車サイズじゃないな。そしてナーテパパさんは、ダンボール箱から吟味してるので開けるのも遅い。
「ジテンシャじゃない?」
「キックボードってヤツですね。そのタイプは電気不要なので、パーツが壊れなければ乗り続けられます」
周囲の安全確認、ブレーキの説明、あとは足で地面蹴るだけで乗れます。
説明終わり。
「あ、でも地面の凹凸と、濡れてる場合は転びやすいので気を付けてください」
「これは、飲み物か?」
「パパさんのはお酒っ」
「酒精は強いので、がぶ飲みはダメですよ」
麦焼酎が出てた。千年雫。雫シリーズのグレードで、中間のヤツ。飲んだことはないので味は知らない。基本チューハイだったしな。強いからなにかで割って飲むか、チビチビ飲む感じだと伝えておいた。
「では私たちはこれで」
「うん、またギルドでねー」
「バイバイっ」
「化粧品に用はなくなっただろうが、俺たちが話を聞くために呼ぶかもしれん。その時はよろしく頼む」
「ハーイ、では失礼します」
お昼ご飯を食べ、買い物を済ませて宿に帰る。自転車とインラインスケート用に機械用の油も追加購入したよ。お風呂、夕飯といつもの行動をしたんだけど、ちょっとした問題が発覚した。
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