19 サヨナラ……。

「そういえば私、銅貨を1000円って感じで計算し始めてました」


 ミミックに与えた残り、星1の核宝石コアジェムが32個。星1のだと1個銅貨3枚で売れるんだけど、いつの間にか3000円で計算してる自分がいたよ。

 96000の稼ぎかあ、ってね。


「そんなにズレてなさそうと、ン・シーは思った」

「こうして考えてみると、1日で96000円の稼ぎって凄いですよね」

「ン・シーは鑑定しかしてないのに……」

「戦いたいですか?」

「んーんっ、楽ならそれでいい。でもパイアお姉ちゃんだけ、大変」


 新品メイスが新品のままだから、不満があるのかと思えば……なんて優しい子っ!

 僕が大変だからって、シュンとしちゃった。

 ハグ実行ッ!!


「パイアお姉ちゃん?」

「私は全然大変じゃないから、気にしないでください」


 接近戦じゃなければ、操血なんて軽いものなのだ。ご飯食べながら話すくらいのレベルだよ、ってン・シーに伝える。

 そしたらさ、チュッてしてきた。


「ありがと、パイアお姉ちゃんっ」

「ダ……ダメ…………か、軽いのもダメ……」

「えぇ~」


 こんなにエッチだったか? 僕って。なんか……なんか、ヤラシー気分がフツフツと湧き上がってきちゃうんだけど!?


「んー、ヴァンパイアって、えっち?」

「ど、どうなんでしょう?」


 非常にマッズイ気がする。確かに僕のイメージだと、ヴァンパイアはヤラシーんだけど。だからって、それに引っ張られるわけないだろうしなあ。


「とにかくダンジョンでは厳禁です。決定です。ゆるして、ン・シー」

「分かった。ン・シーも我慢する。パイアお姉ちゃんが悪いわけじゃないっ」


 前回のオークダンジョンでは、やったじゃんって思うかもだけど……。アレは……アレは、ン・シーと出会えて感情が限界突破したから、どうしようもなかったということでっ。


「あっ、ン・シーは閃いたっ!」

「え、どうしたのですか?」

「もしかして血の影響なのではと、ン・シーは考えるっ。オークの時も、ゴブリンの時も、パイアお姉ちゃんはえっちだったっ」

「!!」


 僕は……僕がエッチなんかじゃなかった!

 言われてみれば、その時も大量に血液を摂取してる。しかもオークやゴブリンは、ヤラシーの定番ではっ!?


「私がエッチじゃなくて良かったです」

「そんなことはないよ?」


 不思議そうに見ないでよ……。


「んっんん、どちらにせよ、なんでもかんでも血液を奪っていくのは、考えものですね」

「そうなると、お掃除も大変に」

「ですよねえ」


 他の人たちはどうやってるんだろう? 大量の水を運搬してるとか? いや、ムリか。いちいち洗ったりするには、尋常じゃない水が必要だろう。

 ってことは……やっぱりガマン…………?


「汚いのをガマンするの、ツラいんですが」

「うん……」

「エッチな気分を頑張ってガマンします」

「パイアお姉ちゃん、それもツラい選択っ」


 頑張るのだ!

 やれる。僕ならやれる!

 これに耐えられなければ、レイド戦にも参加できないことになる。


「頭はクールに、心はヒートォッ! 頑張れ私っ」

「帰ったら、ン・シーがパイアお姉ちゃんをいっぱい慰めるっ」


 とりあえず今日はもう休もうということで、ポッポポッポしてる僕が、まずは見張りをすることに。ン・シーには先に寝てもらう。血の網を広げて、僕らの陣地を守っておこう。大量に摂取してるので余裕だ。


 そして気付いた。体外でいっぱい使ったら落ち着いてきたよ?

 なんだあ、簡単な解決方法があったじゃないか。良かった、これでン・シーに迷惑を掛けないね。


 いや、待てよ?

 ゴブとオークのはエッチな気分だけど、もし暴力的な思考になる血液だったら危険だ。ン・シーどころか、人類の敵にすらなりかねないということに気付いた。そんな兆候が現れたら……いや、現れないように血のストックを、どこかに出しておくのがいいかもしれないな。


 ダンジョン内なら索敵用に長~い糸を出したり、鎧に使ったり? ダミーパイアちゃんを作るのもアリか。

 帰りしなに影響が出る分の血を、ミミックに処理してもらおう。


「今のうちに気付けたのは良かったですね」


 そういえば僕が使ってる血に、臭いはあるんだろうか? 今の僕も、まあまあ鼻はいいんだけどさ、自分では臭わない。嗅覚が索敵に使えるレベルのン・シーに、確認しておいたほうがいいかもしれないね。


「ン・シー、ン・シー、交代の時間です」

「ンー、分かったっ」


 僕はさっきの考えを、ン・シーに伝えて共有しておいた。


「ン・シーは了解。パイアお姉ちゃんの態度を、よく観察しておくっ」

「お願いしますね」

「うん。でも、ン・シーはいつもと変わらない行動。いつも見てる。いつでも見る。逐一観察してる」

「え~、そんなぁ~、ドキドキしちゃうからー」


 あ、忘れてた。血の臭いはどうなのか聞いたら、僕のコントロール下にある血液からは、血の臭いはしないそうだ。じゃあ罠にも使えるね。


「このまま血の網は広げておきます」

「うん、おやすみ、パイアお姉ちゃん」

「ハーイ、おやすみなさい」


 3時間ほど寝て、活動再開。身体の高性能っぷりを発揮するのか、睡眠時間はさほど必要じゃない。


「ン・シーはどう?」

「ン・シーも平気」


 アンデッドだからなのかな? よく考えたらさ、アンデッドって寝るイメージないよね。高性能は関係ないのかもしれない。

 寝れはするけど、ひょっとしたら寝る必要すらなかったりして。まあ精神的には寝たほうがいいだろうから、実験とかはしないけど。


「今日は奥地を目指しましょうか」

「そのほうがいい。大物狙いにしたほうが、パイアお姉ちゃんも安定するとン・シーは考える」

「デスヨネー」


 殲滅は血が不足してる時にしましょー。


 事前情報で得ているこの迷宮のマップでは、上も下もない。ただ広くて大きいダンジョンだ。一応、奥のほうが強いのが現れる可能性が高い、となってた。

 僕らはでっかいオークを探して徘徊開始。電子レンジは置いていく。


 サヨナラ……。


「ん? 取りに来ない?」

「いえ、回収します。ただの雰囲気遊びです」

「あ、そだ、パイアお姉ちゃんにン・シーはお願いがある」

「なんでしょう?」


 なるほど、インラインスケートかあ。確かに血で作れたら、移動が速くなりそうだけど……残念ながらムリな気がするな。まず形が複雑だし、課金で手に入るアイテムじゃないから、かなりの練習が必要だ。


 そして形を作ったとしても、僕から血が離れるとコントロールできない。形が崩れちゃうね。糸で繋ぎっぱなしなら強度は保てるけど、そもそも意識しないで形を維持するのもムリな気がする。


「残念っ」

「望み薄ですが、ガチャに期待しましょう」

「ドワーフのおっちゃんに作ってもらう」

「ン・シー、ン・シー、開発費というのは莫大なものっ」

「無念っ」


 スケボーもローラースケートも自転車も。

 全部まとめてガチャに期待するしかないのだー。

 エンジン付きの乗り物は、燃料が必要なので出なくていいです。


 そんな相談をしながら、迷宮奥へと足を進める。今日か明日には満足いく収入が欲しいよね。明日にはン・シーの服が届くしさ。できれば今日中にたっぷり稼いで、身綺麗にして、明日を迎えてン・シーを着飾りたいという欲もある。


「どうですか?」

「それはいい案。ン・シーも賛成」


 じゃあ今日帰る方向でと結論が出たところで、ン・シーからのハンドサインにニッコリ。頷いて、僕は血の糸で侵攻を開始する。10匹以上の敵となると、さすがに一気に殲滅は難しい。10匹ずつの処理が、今のところはベスト。


 時間を掛けて静かに始末していくか、暴れるかを聞いたら、ン・シーはメイスを構えた。

 オッケー。

 では予定通り、できる限り迅速に。

 10本の糸に、フォースと血液を送り込んで槍の鞭と化す。


「殲滅開始です」


 まずは10。今のところ、相手はノーマルオークのみ。ン・シーには紫オークのことは伝えてあるから、特殊な個体がいる可能性は頭の隅に置いてあるだろう。

 あの麻痺毒は僕らでも危険なんだ。


 でっかくて力が強くて、武器の扱いも上手なボス的な存在。それはカモだから来てくれていいのよー。


「お食事中、ン・シーは失礼していくっ」

「私も失礼します!」


 ご飯時の襲撃は、反撃が緩いからね。今の内に数を減らしておこう。

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