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58
休日、俺は早朝から馬を引き出した。
「こんなに早くからどこに行くんだ?」
「はは、ちょっとな。」
「秘密か、あやしいな彼女か?」
「違うよ、そんなんじゃねーよ。」
俺は構わず馬を走らせた。
クレアの家へ早く行きたかった。
彼女...じゃないよな、何かなあ
そうだ、あの時と同じだ。
小さかった頃、神殿の裏で捨てられていた子犬を見つけたんだ。
施設で飼うわけにいかないから、
でも放って置けなくて、みんなで代わる代わる子犬の様子を見に行っていたんだ。
結局あの犬はどうなったんだっけー
急に寒気がした。
(そうだ、ある朝見に行ったら死んでいた。
他の野犬に襲われて、血だらけで...)
うそだろ...
もう居ても立っても居られない。
「クレアー」
と叫ぶと、もの凄いスピードで馬を走らせた。
59
魔女はいた。
お尻をこっちに向けて、しゃがみ込んで何かゴソゴソ作業をしている。
「おおどうした、そんなに息を切らして。」
(ハアハアハア...)
ばかみたいに突っ立っている俺にようやく気づいたようだ。
「あれ? あーおぬしどうやって入ってきた?
結界が、結界が破られたかー⁉︎」
まだ声が出ないので、飛び出そうとしたクレアの首根っこをむんずと捕まえた。
「ち、違う。
結界など破らなくてもなー
おまえの結界、上の方がガバガバだろ!」
クレアは、あっと言って青くなった。
「仕方ないんじゃ、背が、背が足らんから
あそこまでしか届かなかったんじゃー!」
「この前、空を見上げていて気付いたんだ。
鳥も虫も空を飛んでるやつは自由に行き来していたからな。」
「ふん、クマとイノシシさえ入って来なければいいんじゃ。
あの高さがあればよじ登れんだろ。
あっ、おぬし結界をよじ登って超えたのか?」
「甘く見るなよ、あの程度の高さなら、ちょっとジャンプすれば簡単に乗り越えられるわ。」
「なんと! 無駄に運動神経だけはいいな。
ううー 悔しいー」
魔女はキリキリと歯噛みした。
「ところで何をしていたんだ?」
「ああ、薬を卸しに行くところだった。
おぬしのせいで遅くなってしまったわ。」
クレアは例の傷薬の瓶を、カートいっぱいに積んでいた。
60
「街まで行くのか?」
「うん、街の薬屋で、みんな引き取ってくれるんだ。」
(クレアに媚薬を作れと言った、あのろくでもない薬屋か)
「じゃあ街まで一緒に行こう、馬はー」
「そこに繋いでおいてくだされば、私が見てますよ。」
いつの間にか出てきたガイコツがそう言った。
「あ、こんにちは。すみません挨拶が遅れて、
それでは宜しくお願いします。」
ガラガラとカートを押して、坂道を下って行く。
「おぬしセバスチャンには丁寧だな。」
街までは2時間以上かかる。相当な重労働だ。
俺はカートを馬にくくり付けられないか考えていた。
薬店に着いた。
店主は考えていたとおり狡猾そうな男だった。
「ああ嬢ちゃん、傷薬だな。」
店主は瓶の数をひょいひょいと数えると、クレアに硬貨を渡した。
「おい、ちょっと待て、馬鹿にしているのか?
安過ぎるだろう。」
「何、文句があるのか?
いつもこの値段だ。
この娘の薬は質が悪いからな。」
「そんな筈はない、俺も使ったし、仲間も使っている。
帝国軍の医療部に卸してもいい程の品質だ。」
「て、帝国軍?」
「ああ、俺は国の治安を守る仕事をしている。
一体いくら儲けているんだ。
不当な搾取は犯罪だぞ。」
そう言って帝国軍のバッジを見せた。
「あの店主、今日は気前がいいのう、こんなにくれたぞ。
おぬし何か言ったのか?」
「いや何でもない。」
俺は店主が最後に『魔女なんか適当にあしらっておけばいいのに』と呟いたことにまだイライラしていた。
クレアは梯子を買った。
61
「さあ帰ろう。」
くるっとまわれ右したクレアの腕を捕まえた。
「ちょっと待て、せっかく来たんだから食事でもして帰ろう。
腹減ってるだろ。」
「んー」
クレアはまわりを見て微かに笑った。
俺は気づいた。
多くの人がこちらを見ている。
「魔女よ、珍しい。何でこんな街中にいるのかしら?」
「こら、近づいちゃ駄目でしょう。」
小さい声で話しているから聞こえないと思っているのだろう。
でも俺でも聞き取れるのに、クレアの耳はもっと良いはずだ。
「ははは、気にするなよ。」
俺は小さな灰色の頭をポンポンとたたいた。
「帰ろうか。」
魔女は市民権を持っている。
先代の皇帝が法律を変えたので、人間と魔女は平等になったはずだ。
だから面と向かって悪く言われることはない。
でも現実はこの通りだった。
62
帰り道は俺がカートを押して、クレアを中に乗せた。
クレアは反対向きに座って、途中で買った袋詰めのクッキーを食べている。
自分がひとつ食べると、手を伸ばして俺の口の中にもひとつ入れる。
またひとつ自分が食べると、次は俺に食べさせようとする。
クレアは楽しそうにそれを繰り返した。
「ははは、何だか餌付けされているみたいだな。」
「ははは、そうじゃなー」
ばか、何で笑うんだよ。
クッキーが口の中に入るたびに喉の奥がチクチクと痛んだ。
クッキーを2人で全部食べ終えて、袋の中に何も無くなった時、俺はもう我慢ができなくなった。
カートを止めると、クレアの顔をまっすぐに見て言った。
「誓うよ、俺はキミに絶対嘘はつかない。
キミを傷つけることもしない。
俺ができることは何でもしてあげたいんだ。
だからこれからは俺をもっと頼ってくれないか?」
期待した返事は返ってこなかった。
クレアはゾッとするほど冷たい視線を向けて、低い声で「ふうん」とだけ言った。
妙に気まずい雰囲気になってしまった。
沈黙したまま、例の結界の手前に着くと、俺はおずおずと尋ねた。
「なあ、俺また来てもいいか?」
するとクレアは急にガバッと抱きついてきた。
(えっ?)
いきなりなことで固まってしまったが、
これはこのまま強く抱きしめてしまおう。
そう思って手を伸ばしたとたん、パッと後ろに飛び退いた。
(な、何だったんだ?)
クレアはクンクン鼻を鳴らして
「やっぱりそうじゃ。」
と言った。
「おぬしには何か懐かしい匂いがするんだ。」
63
帰り道、ゆっくり馬を走らせながら考えていた。
抱きつかれてしまった。
別に嫌われてる訳ではなかったな。
また来てもオーケーということだよな。
それにしても、懐かしい匂いって何だろう?
考えてみたら、昔のことは何も知らないんだよな。
あの様子だと、よほどひどい目に遭ったのかもなあ。
いつか全部打ちあけてくれて
俺もそれを支えられるようになればー
それまでは、しっかり護ってあげよう。
このとんでもない勘違いが、
後に俺をひどく悩ませることになる。
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