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46
寝室に逃げ込んだ魔女は、布団をかぶって震えていた。
(どうしよう。 間違いない、あいつだ。)
魔女はひどく後悔した。
(あのまま放っておけば良かった。
助けてしまった。 わしのばか。
あの男もう歩けるぞ、
殺そうと思って襲っても、返り討ちに合うだけじゃないか。 絶望だ...)
その時、あっとひらめいた。
「毒を盛ればいいんだ!」
「そうじゃ、毒じゃ!
毒殺は魔女の特技じゃ、スペシャルティーじゃ!」
クレアは薬品棚にそっと近づくと、薬瓶を取り出した。
「あった、これだ。
わしが作った特製品、超強力な毒薬だ!
しかし、これも試したことがないからのう。
もし、作るのを失敗していて、死んでしまったら...
おお、それでも良いのか。
ふうん、便利なもんじゃなあ。」
47
「おい、お茶をいれたぞ。」
椅子に座って雑誌を読んでいると
クレアはいきなりテーブルの上にお茶の入ったカップをドンと置いた。
「えーああ、おぬしが喉が渇いているかと思ってな。」
(何だ? 急に)
俺はカップを持ち上げ、口を付けようとした。
「あー」
という声が魔女の口から漏れる。
「ん? どうした?」
「いや、何でもない。」
クレアはプイと横を向いた。
(アホか、怪しすぎるだろ。)
俺は構わず茶を飲もうとした。
「ちょっと待て! やっぱりダメだ!」
「君がせっかく淹れてくれたんだろう、
ありがたくいただくよ。」
「待て!待てというに、やめろ飲むな!」
カップを取り上げようとして、つかみかかってきた。
「うわー、死ぬぞー!」
俺の右腕にしがみついて、泣きそうな声を出した。
「飲んだら死ぬぞ、
成功しても、失敗しても死ぬんだぞー」
「何よくわからないことを言ってるんだい?」
俺はニッコリ笑って、茶をゴクッと飲んだ。
「ばか、なぜ飲む! 吐けー!」
魔女は俺の口の中に手を入れようとしてバタバタともがいた。
「嫌だ、吐かん!」
「なんでじゃー!」
俺は胸をおさえてうずくまった。
「うっ、くっ苦しいー」
「うわあー! 手遅れじゃー」
魔女はついに泣き出した。
「どうしよう、どうしよう。」
あまりの狼狽えぶりに、吹き出しそうになる。
「はっ、そうじゃ、毒消しがあった。
何にでも効く毒消しがあったはずだ。」
薬品棚までダッシュすると、震える手で一本の薬瓶を握りしめた。
「万能毒消しー」
ドラえもんのように右手を高く差し出すと、
瓶はスルリと手を滑り落ち、床にあたって砕けた。
魔女は固まり、部屋は静まり返った。
48
魔女はガックリと床に膝をつき、虚ろな目をこちらに向けた。
「ジ、エンドじゃー」
(こいつ、めっちゃ面白い)
「おや、苦しくなくなった。大丈夫そうだ。」
「え、本当か?
でも毒は、成功しても失敗しても死ぬんだぞ、おぬし何で平気なんだ?」
「おまえ、薬を間違えたんじゃないのか?
ほら昨日の媚薬、置きっぱなしだっただろう。
きっとそっちを入れたんだ。」
「そうかー 瓶が似てるもんなー」
(そんな訳あるか、アホ)
「で、ではおぬし死なんのじゃな?
良かったのー」
そう言って抱きついてきた。
俺はクレアの腕をぐいとつかんだ。
「...おい、どうやら媚薬は成功のようだ。」
「え?」
「ああ体が熱くなってきた。ムラムラする。」
クレアをぐっと引き寄せ、耳元で囁く。
「媚薬の効能効果って何だっけ?」
「えー 一晩中勃ちっぱなしで絶りー
うわーっ!」
自分の置かれた状況に、気がついたらしい。
「ぎゃー!」
俺の腕を無理矢理振りほどくと、反対側の壁まで後ずさった。
「熱いなあー」
俺はゆっくりシャツのボタンをはずし、半裸でクレアに迫った。
「く、来るな 来るな、しっしっ!」
「おまえが作った薬でこうなったんだ。
責任とってもらおう。」
両手で壁ドンの形で魔女を追いつめる。
「どうしようかなー?」
そう言って、目の前まで顔を近づけると
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい...」
と念仏のように唱えだした。
「逃がさないぞー」
クシャクシャになった顔の鼻の頭を、人差し指でピンと弾くと
「うへえ」
と変な声を出してズルズルと床に崩れ落ちた。
(ちょっと やりすぎたかな)
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「媚薬に今度は毒薬か、ふんおまえが作った薬なんか飲むわけないだろ、アホ。」
そう言って、カップの中身を流しに捨てたが、何の返答もない。
「おい、おーい。」
魔女は白目をむいて泡を吹いていた。
(これは、ヤバい)
「息はしてますから大丈夫ですよ。」
後ろでガイコツが笑っている。
え、こいつ最初から見てたのか?
「少々おふざけが過ぎましたかな。ハハハ」
ガイコツは妙に上機嫌だった。
俺は何だか急に、とても恥ずかしくなって、
「すみません、すぐに片付けますからー」
と言って失神したままのクレアを、大急ぎでベッドまで抱えていった。
ガイコツの言う通り、クレアはすぐに気がついた。
しかし、起き上がれないほど落ち込んでいる。
「魔法の使えない魔女というのは非力だのう。」
(魔力の戻るまで、あと何年かあの男には手出しできんのか。
魔力が戻ったらー そうだ、西の魔女から魂を抜く魅了の魔法を教えてもらおうと思っていたんだ。)
「そうだ、それまであの男は泳がせておこう!」
(魅了の魔法で魂を抜いたら奴隷にして、うんとこき使ってやろう。
いや、それよりー 裸にして、両手両足を縄で縛って、ムチで打って、それから恥ずかしい格好やらせて、見世物にするのじゃ。
そうじゃ、それから...)
ウヒヒヒ...
魔女は妄想が止まらなくなってきた。
人里離れた小さな山荘に、不気味な笑い声が響く。
オーホッホッホー...
魔女は中ニ病にかかっていた。
50
次の日クレアはすねて、自分の部屋から出てこようとしない。
俺は部屋の前に朝食を置くと、以前から気になっていたガイコツの左手を作ることにした。
(関節はテグスで結びつければいいのかな)
自分の左手を参考にしながら、樫の木の枝を小刀で削っていく。
最後にグーパーを繰り返して、滑らかに動くことを確認した。
「どうですか? 素人だからあまり上手くはないと思いますが。」
「いえいえー 大変具合が良いです。
ありがとうございます。
左手はここに来る時に、魔女さんがあわてて詰め忘れましてな、
実のところ少々不便だったのですが、あまり言えなかったのですよ。
ナイショですぞ。」
ガイコツは自分でも左手を閉じたり開いたり動かして、気に入ってくれたようだ。
その後2人で屋根の修理などをして、残った木材で小さなベンチを作った。
坂の上の見晴らしの良いところにそれを置いて座った。
左手にモミの木が見える。
なるほど、俺はあそこにぶら下がっていたわけか。
しかしどうやって家の中まで運び込んだんだろう。
クレアが必死で俺を担いでいる姿を想像して、おかしくなった。
はるか遠くに山並みが見える。
俺はあそこで魔獣と闘って、死にかけたのか。
何だか遠い昔の出来事のようだ。
それに比べてここは...そう考えながら青空を見上げた。
あ、あれ?
俺はある事に気がついた。
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