38ー45


38


次の朝、俺が十字架を手に持ってじっと見ていると、魔女が覗き込んできた。


「朝のお祈りか?」

「いや別に」

最近は礼拝にも行かなくなっていた。


十字架の中央には、小さな青い石が埋め込まれている。


「石の色がなあ、以前はもう少し青かったような気がするんだが。」

「ふん 安物じゃな。」


魔女は十字架を手に取った。


「平気なのか?」

「わしは吸血鬼と違うぞ。

昔から青いダイヤは命を守ると言われているから、

それに似せて色ガラスを埋め込んだ『まがいもん』が、露店で安く売られてるんじゃ。

そんなもん買うから、色があせてきたんだ。」


「形見なんだ。」

「え?」

「実は俺、両親がいないんだ。

これは施設に預けられた時、持っていたものなんだ。」


魔女は焦り出した。


「しかし、しかしほら、石はともかく台座は銀ぞ。

さっきは安物と言ってしまったが、だから

これはちょっと高い方の安物でー あのー」


そして急に

「洗濯してくる。」

と言って出て行ってしまった。


「魔女さんは都合が悪くなると、すぐ洗濯場に逃げますな。」

ガイコツは笑いながら言った。


「ヨハン様、仕方ありませんよ、

宝石ダイヤは、庶民には手が出ないものですから...」

そう言いながら、ガイコツは十字架を手に取った。


「ん? いやこれは...本物のダイヤですな。」

「ええっ⁉︎」


「しかし残念ながら、これには宝石としての価値は、ほとんどございません。

石の中に細かいヒビがはいっておりますから。それが時間と共にだんだん広がって、白っぽく見えたのでしょう。」


「そうだったんですか。」

「ヨハン様、お母様はきっとあなたには、見かけが少々劣っていても、本物の石を贈りたかったのでしょうね。」



39


次の日、昼食が終わるとセバスチャンがトランプを出してきた。

「ベッドの横のテーブルで3人でやりませんか?」


「うちのトランプはちょっと変わってましてな、

カードよりも魔女さんのお顔を楽しむのですよ。」

ガイコツは小さく耳打ちした。


まずは簡単にババ抜きをしたのだが、ガイコツの言った意味がすぐに分かった。

魔女はカードを引くたびに、「あっ」とか「おー」とか言いながら、顔が変わるのだ。

(百面相かー)


最後はムンクの顔になり、彼女はババを引いていた。

そして ああーと溜息をついて、テーブルに突っ伏してしまった。

俺は途中から、笑いをこらえるので精一杯だった。


魔女はガバッと顔を上げた。

「もう一回じゃ、もう一回じゃ。」

俺とガイコツは顔を見合わせて、クスクスと笑っている。


それにしても、よく片手で上手くカードを配れるものだなあ。


「おや今回も、魔女さんはババに好かれていますなあ。」

「何じゃ おぬし達、わしに一度も勝たしてくれない。」

「へー、手を抜いて欲しいのか?」

「それは嫌じゃ、わしが勝つまでやるんだ!」


「次はポーカーでもしましょうか?」

とガイコツが言った。


疲れ切った魔女は、テーブルに頭をつけたまま動かない。

「セバスチャンはいっつもズルするからのう、

わしが勝てないんじゃ。

おぬしが代わりに、仇を取れ。」


気力が無くなって、俺に丸投げしてきたな。

俺もカードは、仲間と寮でよく楽しんでるから、ポーカーには自信があった。


「では2人でやりましょう。」

と言ったものの

(そうだ、こいつは表情が読めないんだ)

「ヨハン様もそのでっかい湿布のおかげで、半分ほどしかお顔が見えませんな。」

(まあそのくらいのハンデはつけてやろう)


負けた。立て続けに負けた。

(何故だ?)


「ヨハン様、後ろに敵がおりますぞ。」

振り返ると、クレアが俺のカードを覗き込んでいた。


「おい見るな。

おまえの表情で俺のカードが分かっちゃうじゃないか。」


「わしは何もしとらんぞ。自分がヘタなのをわしのせいにするな。」

(こ、こいつー)


「よしおまえ、今度はセバスチャンの後ろへ行って、セバスチャンのカードを見ていろ。」

「わしはスパイなんかせんぞ。」

「見ているだけでいいんだ。何もしなくていいから。」


「セバスチャン、あなたがいくら強くても、背後に魔女がいるというハンデを背負ってはとうてい私に勝てないでしょう。」

俺は意地になっていた。


セバスチャンは涼しげに言った。

「結構でございますよ。

それであなた様、勝てますかな?」


「あなたのカードは、もう丸見えと同じ状態だ。

負ける訳が無いだろう。」


しかし、俺はあっさり負けてしまった。


「ヨハン様もまだまだ。ははは

今度は魔女さんの顔が気になって、ご自分のカードに集中できませんでしたなあ。」


(こいつはギャンブラーだ。根っからのー

プロだったのか?)


ガイコツには底知れぬ恐怖を味わされた。



40


「食料が尽きたから、買い出しに行ってくる。」

クレアは例のでっかい麻袋を担いでそう言った。


「まったく、よく食う奴がいるから、すぐ食べ物が無くなるわい。」

もうこの憎まれ口にも慣れてきたな。


「それなら一つお願いがあるんだが、

俺がここにいる事を、知らせてきてくれないか?」


クレアは急に機嫌が悪くなった。

「嫌じゃ、絶対!

おぬし歩けるようになったら、勝手にここから

出ていけばよかろう!」


弱ったな。皆心配して探していると思うんだが

「じゃあ手紙を書くから渡してきてくれ。」


「私のことは絶対探さないでください、と書くんだぞ。」

「それでは書き置きじゃないか。」


俺は司令部あてに、無事でいることだけ記した手紙を書いた。


「あと、何か雑誌を頼む。」

「では、食料と手紙と雑誌と大きなシュミーズだな。」

「待て、シュミーズはいらん。」



41


「ここで薬を作っているんですか?」

ガイコツとお茶をしながら俺は尋ねた。


「はい、このあたりで採れた薬草と、魔女さんが畑で栽培したものを調合しております。

ヨハン様に塗っている傷薬もそうですよ。」


まだ4.5日しかたっていないのに、擦り傷や切り傷は跡も残っていない。

「これは凄い効きめですね。」

「残りはお顔の腫れと足ですが、そちらもあと2.3日の辛抱ですよ。」


(本当か?骨が折れているって言われたんだぞ)


「ほうほう、顔はまだ腫れとるな。

湿布を替えておこう。

おいセバスチャン、絆創膏を取ってくれ。

次は足だが、これもダメじゃな。

湿布を替えておこう。」


(何だ、やっぱり湿布か。さっきガイコツはああ言ったが2.3日では骨折は治らないよな。)


しかしその後でクレアは不思議な動きをした。


両手を広げ、胸の前で何かを包み込むように、すうっと閉じる。

そのままゆっくりと折れている足に近づけると閉じていた手を静かに開いた。

小さな光がポウッと出た。


(聖女様と同じだ!

光の大きさは違うが、聖女様が治療する時と同じやり方だ。)


「どうじゃ、杖をつけば、もう何とかゆっくりなら歩けるぞ。」


「凄いな。こんな治療方法誰かに教わったの?」


「ばあちゃんじゃ!

薬の作り方もそうだ。

ばあちゃんは凄い魔法使いぞ。

ここにある本も全部ばあちゃんが書いたんだ!」



42


キッチンの奥の壁に沿って、たくさんの本と薬瓶が並んでいる。

魔女は嬉しそうに説明してくれた。


「この辺の薬は全部わしが作ったんじゃ、

帰る時にみやげにしていいぞ。

腹いた、頭痛、風邪...」


隅にポツンと置かれている瓶があった。


「これは?」

「ああ、媚薬だ。」

「ビヤク?」


「前に薬を卸しに行った時、とびきり高い薬が置いてあってな。

店主に言われたんじゃ。

これはもう手に入らないから、値がつり上がっている。

嬢ちゃん、これと同じ媚薬を作ってくれたら金貨10枚あげるよって。」


(そりゃ からかわれたんだ)


「でな、探してみたらあったんだわ、

作り方が、ほら。」

1冊の厚い本を俺に見せてきた。

「ばあちゃん、こんなもんまで作ってたんだなー。」


「で、ためしに作ってみたのが、これじゃ。」

魔女は瓶を指さした。


「しかしなあ、これには欠点がある。

試せんのじゃ。」

嫌な予感がした。


「おお、そうじゃ、

ここはひとつ おぬし飲んでくれぬか?」

(な、何言ってるんだ?)


「金貨貰ったら、2.3枚分けてやるから。」

「嫌だ、おまえ自分で飲めばいいだろ。」


「それも一応考えたんだが...

しかし、もしこれが失敗していた場合、苦しみだしても、ここにはわし一人だぞ。

誰も救ってくれん。」


「自分で作った薬飲んで死んでしまったなんて、恥ずかしいわい。

もしおぬしが飲んで死にそうになっても、わしが助けてやれるからな。

ほらここに、何にでも効くという毒消しがある。」



43


「ガイコツに頼めばいいだろ。」

「あいつ鼻で笑って、相手にしてくれんかった。」

(当たり前だ)


「ああ いい事思いついた。

この毒消しをここに置いてなー」

そう言って、テーブルの上に毒消しの瓶を置いた。


「それで2人で媚薬飲めばいいんじゃ。」

(なにー⁉︎)


「お互いに見張りっこしてたら、具合悪くなった方に毒消し飲ませられるだろ、

死なずに済むぞ。」


(恐ろしい奴だ。

大体何で死ぬ事を前提に話を進めているんだ?)


「あーおまえ、媚薬の意味 分かって無いだろ。」

「分かっとるわい!

ここに効能効果も書いてある。えーと..」


クレアは俺の股間をくいいるように見つめた。

「えー、一晩中勃ちっぱなしで 絶倫?」

「ばか! 声を出して読むな!」


俺は杖を取るのも忘れて、痛い足を引きずりながらクレアに近寄った。

魔女は夢中で読み上げる。


「少なくとも、一夜で5.6回の×××で..おおー」

こういう時はすばしこくて、俺の手をスルリ スルリとくぐり抜ける。


「2.3人の女性の×××を××して...ふえー」

興奮して、声がだんだん大きくなってきた。

「おい やめろ!」


「おお!これはすごいぞ...ハアハア」

俺がクレアを捕まえようとした時、顔を真っ赤にした魔女は、目をギラギラさせてこっちを向いた。


そして本を大きく見開きにして、俺の目の前に突きつけてきた。

「なんと、挿し絵つきじゃあ‼︎」


俺は夢中でその本をひったくると、

背表紙で魔女の頭を思い切りひっぱたいた。


「正気にもどれ! このエロ魔女が!」



44


クレアは頭をおさえてヨロヨロと立ち上がった。


「あー もうやめじゃ。この薬おぬしにあげるから、こんど娼館に行く時に持っていけ。」

(はあ? あんな所でそんなヤバい薬を使って、万一本当に死んだら、それこそ笑い者なんですがー)


もう言い返す気も無くなり、投げやりに

「へいへい」

とだけ返事をした。


「ここ置いとくからー」

魔女はフラフラと出ていった。


(まったく、俺が紳士だから良かったものの、あの調子じゃ普通襲われるぞ。)


その夜の夢に、あの女が出てきた。

全裸だった。俺と魔女は激しく絡み合う。


「あああ最高だ。」

唇を白い首筋から鎖骨まで這わせ、胸まで貪る。


「何度でもイキそうだ。」

ウフフと女は妖しく笑い、ゆっくり青い瞳を開いて囁いた。


「そうでしょう。

だってあなたは一晩中勃ちっぱなしで絶倫...」


(えっ?)


うわっと叫んで飛び起きた。


何だ今日の夢はー?


「ああー」

俺は布団をめくって絶望した。


「おや、今こちらで何やら叫び声がしましたが。」

ガイコツがいてくれて、こんなにありがたいと思ったことはなかった。


「す、すみません、タオルと替えの下着を...」

俺は蚊の鳴くような声で言った。


こうなったのも、みんなあいつのせいだ!

あのバカが、大声でヒワイな言葉を叫びまくるから、

チクショウ。



45


昨日あれだけ動き回ったので、足の具合を心配したが存外大丈夫だった。

クレアは例のように、両手を俺の足にあてがった。


「ほれ、もう歩けるぞ。

ああ 昨日のことか、気にするな。

頭のタンコブのことは許してやる。

わしにも少し 至らぬ所があったからの。」


(どの口が言うか!)


魔女は俺の気分など、全く気にしない様子でヘラヘラ笑っている。


「顔の腫れも、もういいと思うんじゃ。」

そう言いながら、両頬に貼ってある大きな湿布薬をベリベリと剥がした。


「おお、すっかり...」

と、先程の笑顔がさあっと消えた。


怖い顔でじっとにらんでいる。

(どうしたんだ?)


急に「うわーっ」と叫び、手に持っていた絆創膏やら全てを放り出して、飛び出して行ってしまった。


「どこか顔にひどい傷が残っていたとかありませんか?」

俺は横にいたガイコツに尋ねた。


「いいえ、どこにも。

ほら、ちゃんとイケメンでございましょう?」

そう言って手鏡を渡してきた。

確かに元通りだ。


「変ですねえ。」

「変ですなあ。」


こういう時のガイコツの表情は、まるで解らない。

究極のポーカーフェイスだ。

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