31-37

31


後ろを向いた銀色の髪の女

髪の色がさあっと青く変わり女は振り向いた。


魔女だ!

「人間がー」

俺はその青い瞳に引き込まれそうになった。

「すまない、許してくれ...」


ヨハンは目が覚めた。

魔女は時々夢に現れる。

両手の掌をじっと見つめた。

(忘れられないな...)


(ところでここはどこだ?まさか天国ということはないよな)

身体を動かそうとするとあちこちが痛い。


怪我はしているが、どうやら助かったようだ。

木造の民家のベッドの上に寝かされていた。


その時

「おや、お目覚めですか?」

という声がした。


ガイコツが! ガイコツが目の前でしゃべっている!

俺は死んだのか?


「おー セバスチャンどうした?」

隣の部屋から青い目の女の子がひょいと顔をのぞかせた。


(あ かわいい子がいるな、でも青い瞳はちょっと苦手かな。)

ヨハンは軽く苦笑した。


どうやら自分より6.7歳年下か?

「きみが助けてくれたの?

どうもありがとう。世話をかけたね。」


少女はフンと顔をそむけた。

「何も おぬしあそこのモミの木に引っかかっていたので

目障りだから運んできただけだ。

昨日からずーっとベッド占拠しおって。」


そう言われて自分の身体を見まわすと、身体中に包帯が巻かれている。

「あ、今動くなよ 片足折れとるからな。」


「ありがとう、ちゃんと手当てもしてくれたんだ。

ところで、お父さんとお母さんは今出かけているの?

お礼を言いたいんだけど。」


少女はピクッとした

「おらん」

「え?」


「そんなもんおらん。ここはわし一人で住んでいるんだ。

そ、それでこれはセバスチャンじゃ。」


そう言ってガイコツの方を指さした。


そうだガイコツだ。

セバスチャンより 何でガイコツがしゃべっているんだ?

そっちの方が気になるんだが...


「ああ、俺はヨハンと言うんだ。

国の軍隊で働いている。」


「ほう、わしの名は...ク、クレアじゃ。」

口をモゴモゴさせて こちらの様子を伺うように言った。


「クレアちゃんか、かわいい名前だね。」

「そ、そうかー。実は、わしも気に入ってるんじゃ ははは」

少女は初めて笑った。



32


「ところでおぬし、何で木の上になんか引っかかっておったんじゃ?」


「ああ、村を襲ったグリフォンの群れを討伐していたんだが、どうやらその最中に空中にさらわれたらしい。」


「ほう あー そう言えば、ここから山3つほど向こうで魔獣と戦っている人間がおったわ。

空も飛べんのに、グリフォンにかなうわけなかろう、無謀じゃのう。

おぬしあれの一人か?」


(何か不愉快だな)


「反対側にグリフォンの巣があるからの。

おぬしヒナのエサにでもと連れて来られたんじゃろ。

でも、よくよく見たらまずそうだったんで途中で捨てられたんじゃー

ははは 命拾いしたのー」


(何か腹立つな)


「しかしそんなに遠くのことまで見えるのか。

凄いなあ。」

「あたり前じゃ、魔女だからな。」

と得意げに フフンと鼻を鳴らした。


(魔女? ああ それでガイコツか。)

何の違和感もなく、ガイコツと一緒に住んでいる少女に成る程なと妙に納得した。


「そうか きみは魔女さんなんだね。」

「何だ 驚かんのか、面白くないのう。

魔女と聞いたらもっと恐れんかい。」


「いや 別にきみが魔法を使っているところを見た訳でもないし...」

「魔法? 使えるぞ 見ろ!」


少女は右手の人差し指を伸ばすと、じっと見つめて ホッと言った。

爪の先にろうそくのような炎が灯る。


「どうじゃー驚いたか!」

そう言いながら、その火を俺の目の前に突きつけてきた。


思わずフウッと息を吐いて吹き消してしまった。

「あちっ あちっ 何するんだ、ばかもん!」

「すまんすまん つい反射的に、」


「おぬしが言ったから見せてやったのに...失礼だぞ!」

右手の人差し指を押さえて、涙目でプンプン怒っている。


(ポンコツじゃないか、よく一人で暮らしているな...)


「こんな山の中に、きみ一人で住んでいるの?

危なくないのかい?」


魔女はまた得意そうにフンと鼻を鳴らした。

「平気じゃ、結界を張ってあるからの。」


「結界? へえ、さすが魔女だ。それは凄いな。

あの 無理に入ろうとすると亜空間に閉じ込められて、永遠に出てこられないという結界かい?」


「亜空間? え、そんなものついておらん。

結界じゃ!

クマもイノシシも入ってこれんから安心なんだ。」

(それじゃ、畑にめぐらした動物よけの柵とたいして変わらないんじゃないか?)



33


「そうじゃおぬし何か食べられるか?

台所に用意してあるぞ。」


「ああ ありがとう。そう言えば喉もカラカラだ。」

開け放したドアの向こうに、魔女が料理を温め直している様子が見える。


巨大な瓶の蓋を開けると、ちょっとためらって何か考えていたが、嬉しそうに中身を全部鍋の中に放り込んでしまった。

(だ、大丈夫かな?)


魔女は水がいっぱい入ったカップと何だかわからないスープを運んで来た。

濃い緑色のドロドロした液体の上にブツブツとやっぱり緑色をした何かが浮いている。

くっ臭っ! カメムシか?


「どうじゃ、味はあまり良くないが身体にはいいんだぞ。遠慮するな。」

(いや水以外遠慮したい)

しかしここは一口でも飲まなければ悪いな。


俺はおそるおそる、そのドロドロしたものを

スプーンですくって口に入れた。


まずい!

まずい まずい!

一目見た時から予想はしていたが、それをはるかに上まわってまずい!

口の中がヌメヌメ粘って気持ちが悪い。もうこれは食い物じゃない。


野営した時に食ったヒキガエルだと思え。

(いや あれは結構美味かった)

どうしよう、試練だ!



34


俺は口の中の物をごくんと無理矢理飲み込んだ。

大きく息を吐くと、吐き気は少しおさまった。


俺はにっこり笑って言った。

「うん なかなか美味しいよ。」


「そうかー よかったのー

そうかそうか

じゃあ、わしも少しいただくか。」

(いや、やめた方がいいぞ。

でも魔女には好みなのかも?)


魔女は自分のカップにそのドロドロの液体を注ぎ入れ、一気にごくんと飲んだ。


「ぐわあーっ!」

凄い声を上げカップを放り投げた。


「し、死ぬ。水、水」

喉をかきむしりながら、ガブガブ水を飲み干して、はあはあと荒い息をしながら俺をにらみつけた。


「おぬしがー

おぬしがうまいなんて言うから

こんなまずい物食っちゃっただろう!

どうしてくれる⁉︎


これをよくうまいと言えるな

おぬしの口の中はどうなってるんじゃ

味覚音痴か!」


俺もついにキレた。


「作ったのはお前だろ!

味見くらいしろ!

俺だってまずかったに決まってんだろ!」


「人間はどうして嘘をつく⁉︎

おかげで被害者が増えてしまったではないか!」


「せっかく作ってくれた物をまずいなんて言えるか、

こっちだって気を使っているんだ!」


「そんなもん使うからややこしくなるんじゃ」

ひとり言のようにブツブツ文句を言うと

それ以上魔女は言い返してこなかった。


そしてすごすごとコンロの前まで戻ると、ひどく落ち込んだ様子で、鍋に残った大量のドロドロした液体をしゃもじでぐるぐるかき混ぜた。


「おかしいのう、薬草いっぱい入れたんだがのう、やっぱり入れ過ぎたかのうー」


そして

「うっ臭っ!」

と言って鍋の中身を流しに捨てた。


(大人げ無かったなー)

何だか申し訳なくなって声をかけようとしたら


「そうじゃ!」

と言って急に顔を上げた。


「そうじゃ おぬし着たきりスズメだったな。

これからひとっ走り村の古着屋まで行って、服を買ってくるわ。

ついでに肉も手に入るかのー」


そう言うなり、嬉しそうに大きな麻袋を担いだ。

「おいガイコツ、ちゃんと留守番しててな。」


麻袋を背負った小さな魔女が、坂道を駆け下りていくのが窓から見える。

(魔女ならば、ほうきに乗って空でも飛んで行け)

俺はクスクス笑って、後ろ姿が見えなくなるまで外を眺めていた。



35


「セバスチャンさんーでしたか、お世話になります。

ところで彼女はいつもあんな風に 騒がしいんですか?」


「はは 嬉しいのでございましょう。

こんな所に住んでおりますと訪れる方もいないもので

多少のことは目をつぶっていただければ有り難いですな。

どうも 魔女さんは空回りが激しいので。」


(ああこのガイコツは なかなか話が通じる人だな)


ギョッとした。

左手が木の枝でできている!


「ああこれですか?

何、物をつかむ時以外は、さほど不自由はしません。ははは」


(いや手の役割は物をつかむことだろう?)


俺は腹を決めて、スープボウルに残っていたドロドロした緑色の液体を一気に飲み干した。

(うー くっそマズ...)


ああ しまった。買い物に行くのなら、俺がここにいる事をことづけてもらえばよかった。

皆心配してるだろうなあ


「あの ここから村まではどのくらいかかるんですか?」

「片道1時間くらいですかねぇ。」

(1時間? それではもう一度行ってきてくれとは言えないなあ。

仕方ない、次の機会にするか。)


それからガイコツに手鏡を持ってきてもらった。


自分の顔を見て驚いた。

これは酷い。全部腫れ上がって赤と紫のアザだらけだ。


「魔獣のようだな」

頭には包帯が巻かれ、両頬には大きな湿布が貼ってある。

片足が折れていると言っていたが、左足は全く動かなかった。


これは治るまでに結構時間がかかりそうだ。

聖女様がいてくれたらなあ。



36


ガイコツに持ってきてもらった さっぱり解らない薬草の本をパラパラめくっていると、魔女が上機嫌で帰ってきた。


「鹿の肉があったぞ。」

と テーブルの上に麻袋をドンと置いた。


よかった夕食はまともなものが食えそうだ。


「これが服なー」

魔女は何枚かのシャツやズボンを広げてみせた。


意外だな。

この娘が選んでくる着替えのことだ、とんでもない物を買ってくるんじゃないかと心配していたが、どれもセンスがいい、しっかりした仕立てのものばかりだ。


魔女はにこにこして言った。

「古着屋のおやじさん機嫌良くてな、ずいぶん安くしてくれた。」

「へえー」って待てよ。


「ねえきみ、いったい何と言って男物の服を買ったんだ?」

「ああ、今うちに男が来てるから、着替えを2.3枚くれとー」

(その言い方では誤解されるんじゃないか?

いや、こんな子供の言うことなんて気にしてないか...)


「それでなー これを見ろ、

おかみさんがわしにってくれたシュミーズだ。」

(シュミーズ? いやこれはネグリジェだろ

どう見ても)


ピンク色の薄手のネグリジェは、安い娼婦が着るような短い丈で、裏が透けて見える。

(それは下着じゃない、夜着だ。)


ああ誤解された、

古着屋、想像が斜めに飛んでるぞ。


「胸元には でっかいリボンが付いてるぞ、かわいいじゃろ ははは

おお 少し曲がっておるなー」


「おい、そのリボンを引っぱるな!

前が 全部開くんだぞ。」

あっと言って、慌てて口を押さえた。


魔女は俺の方を見た。


「何じゃ、そんなに見つめてー

おぬし、さてはこれが欲しいのか?」

(いらん いらん)


「これはおかみさんが、わしにくれたもんだ。

おぬしにはやれん。」

(古着屋のおかみは、どんなセンスをしてるんだ?)


「そんなに見るな。

仕方ないのうー そんなに気に入ったのなら 

くれてやらんこともないが...


しかし残念じゃ、

あいにくこのシュミーズは小さ過ぎて、おぬしには入らん。

おお それならば、今度行った時にもっと大きなシュミーズを買って来てやるから、申し訳ないがもうしばらく待っていてくれ。」


そう言うと魔女は

「洗濯をしてくる」

と言って出て行った。



37


夕食は焼いた鹿肉と茹でたジャガイモだった。

ベッドの横にテーブルを置いて、3人(?)で一緒に食べている。


魔女はジャガイモをほおばりながら言った。


「するとおぬしは、(モグモグ)人間のくせに魔獣と闘っているのか?」


「辺境の村が魔獣の群れに襲われるんだ。

それを助けに行くのが俺の仕事だ。

クロコッタは獰猛だから軍隊が出動しないとな。」


「クロコッタ? (モグモグ)あの牙がこーんなに長いやつか?」

「ああ 仲間もそれにやられて...」


「クロコッタは(モグモグ)群れん。」

「え?」


「誰かに(モグモグ) そうさせられて(モグモグ)いるんだ。

不自然に(モグモグ)集団を(モグモグ)作らされている。」

(ジャガイモを早く飲み込んでくれ!)


「野生の魔獣は、やたらに人を襲ったりしない(ゴクン)」

魔女はジャガイモを飲み込んだ。


もう一つ口に入れそうになるのを、俺は慌てて止めた。


「そ、それで?」


「襲うのは、自分の縄張りに人間が入り込んだ時か、ほれ、おぬしが闘っていたグリフォンのように、子供を育てるためのエサが欲しい時だけだ。」

「誰がやっているんだ?

国境を挟んだ隣国か?」


魔女は淀みなく喋り出した。


「おそらくそうじゃ、こちらの兵力を削っているんだろう。

魔獣1匹で、この国の兵士いったい何人死ぬ?

むこうは魔獣を使い捨てにしたって、兵士は無傷だ。」


「でも大丈夫だ。

そんな無理な使い方してたら、魔獣はすぐにダメになる。

手持ちの魔獣はもうすぐ尽きるはずだからの。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る