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「それから...

寮のみんなに聞いたんだけど...

この雨は聖女様のお祈りが神に通じて降ったんだって。」


「ハア? 何言ってるんだ?」

「おかしいよね。聖女様は今ご病気のはずだろ?」

「オレ達の手柄を神殿が横取りしたんだ!

こうなったら、皇帝が絡んでいるっていうのも怪しいもんだ。」

「あの大神官と聖女が企んで一」


あっとヨハンの方を見た。

ヨハンも、苦虫を噛み潰したような顔をしながら黙って話を聞いていた。


「前のカリスマのような大神官のおじいさんが辞めて、ここんとこ教会の評判が落ちてきただろ。

だから雨を降らせて、国民の人気を取りもどしたかったんじゃないかな。」

「じゃあ自分達でやれよ。何でオレ達を巻き込むんだ?」


「...死ぬかもしれないからだ。」

テオが言い出した。


「知っていたら、あんな森に誰が行くもんか、

ヨハンがいなかったら全員ガルムに噛み殺されてたんだぞ。


子飼いの神殿兵達を失いたくないから、うちの師団長にでも相談したんだろう

聖剣は用意するから、誰か、行かせても良い適当な者を派遣してくれってな。

師団長もオレ達が帰ってくるとは思っていなかったんだ。

だから、今ごろその対応に忙しいんだろう。」


(大神官は何を考えていたんだ。

最悪、魔女に辿り着く前に、聖剣を持ったままオレ達は森の中で死んでいたんだぞ、

それでも良かったのか?)


「ニコル、お前、まわりに何も言っていないよな。」

「うん、ずっと寮の中にいたからー」

「文句を言ったら神殿を敵にまわす事になるぞ。

これからも他の人に言っちゃダメだ。

メチャ腹立つけど、自分の身を守る方が優先だからな。」


「あーあ 結局、骨折り損かー」



27


次の日、信じられない事が起こった。


昇進の辞令が下りたのだ。

ヨハン達の階級は驚く程上がった。

あの貴族の子息たちより ずっと上の階級になった。


書面には皇帝のサインと印が押してある。


何ということだ

皇帝陛下はちゃんとご存じだった。俺達のことを評価してくれたんだ。


「それでこれは陛下からの褒賞だ。」

正装用のマントだった。

美しい刺繍がほどこされていて高級品だとひとめで分かる。


兵舎の寮に帰ってきて、みんなでマントを広げてはしゃぎ合った。

テオだけ

「ふん 口止め料かよ」

と言っていたが、その割に自分もしっかりマントを着て、お互いに見せびらかし合っていた。



28


その次の日 さらに信じられないことが起こった。


「馬だー‼︎」

オレ達に支給されたのか⁉︎

ひとりひとりに一頭ずつ

私物として普段乗り歩いても良いそうだ。


厩舎の掃除ばかりしていた俺達は狂喜した。

自分の馬が持てるなんて!


「乗馬が上達したらみんなで遠乗りに行こうよ。」

伝令に戻った後、部屋で一人青い顔をしていたニコルが笑顔で言った。


慣れない馬術で、全員傷だらけになりながらも、数ヶ月後には皆ひと通り乗りこなせるようになった。


俺達は浮かれまくっていた。


「オレ 馬に乗ったまま実家に顔を出して来ようかな。」

「あ、オレも、でもそれよりさあ...」


休暇の日、軍服を着込んだ俺たちは騎乗して、みんな揃って街にくりだした。

もちろん、まだ不慣れだから遠出はできない。

街の通りをぐるりとひと回りしてきただけだ



それでも目立った。


10人の若い騎馬隊が街を巡回している。

若い娘たちはチラチラとこちらを見て、何かささやき合っている。

俺は顔がニヤけるのを必死でこらえた。


厩舎まで戻ると皆同じだった。

「やったー、最高だー!」

「これはモテるぜー!」


本当に無邪気に笑い合ったのだ。


まだ気が付かなかったから

新米の騎馬隊の兵士が命を落とす確率は、歩兵のそれよりもはるかに高いということに。



29


それからすぐに、ヨハン達は辺境の魔獣討伐隊に任命された。

魔獣から国を守るとても重要な仕事であり名誉でもある。


でもそれは討伐隊の兵士が常に命を賭けているからだった。


派遣先の現場でも戸惑った。

騎馬兵が戦力になるには、普通2.3年はかかると言われている。

いくら騎兵が不足しているからと言っても

こんな危険な所に、いきなり送り込まれた彼らを一体どう使えばいいのか?


でもそのような事を考慮している暇もなかった。

魔獣は次々に襲ってくる

兵士の数も足りない

ヨハン達はいつの間にか最前線で魔獣たちと闘うようになっていた。


一個隊が全滅することもしばしば起こる現場である。

魔獣に食い殺された死体を見つけても、もう何も感じなくなった。


それを踏み越えて戦いに向かう。


文字通り死闘だった。



仲間は2人3人と命を落としていった。



ブッチャーの墓の前で母親が泣いている。

「ミハイル、ミハイル、ああ 何てことに...」


2年前、息子が入隊できたのを大喜びして、近所中にふれまわったという あの母親だ。


(そうか、こいつ肉屋の息子だから 

みんなブッチャーって呼んでいたけど、ミハイルという名前だったんだな...)


夕刻の墓地には、ミハイルの母親のむせび泣く声だけが聞こえた。



俺たちはもう あの森での話をする者は 誰もいなくなった。



30


「おおー 雲ひとつないのう

洗濯物もよく乾きそうだ。

のう セバスチャン。」


クレアはガイコツに向かってそう言った。

クレアとは自分で考えた名前だ。


「グレイシアとは名乗れんからのう」

ここへくる途中、町で見かけた良い香りのするパン屋の名前だった。


「まったく ばあちゃんから貰ったこの山荘が無ければ、あやうく野宿するところだったわい。」


山裾の村から離れ、一軒だけ山の中に建つ

こぢんまりとした古い家だった。

2年かけて傷んでいる箇所を自分で修理し、

その結果 小さなペンションのようになった。


「まあ 訪れる者もいないがの。」


家の前には大きなモミの木がある。


魔女は何気なくその木を見上げて、アッと思った。

木のてっぺんに何か黒いものが引っかかっている。


「んー 何じゃ死体か 不憫にのう。

まあそのうち鳥にでも食われるじゃろう。」


ところがよく耳を澄ますと、その死体がウーウーとかすかにうめいている。


「そんなところで うめかれてても しょうがないわ!」

魔女は死体(?)に向かって大声で言った。


「放っとけば、そのうち干からびて鳥にでも食われるじゃろう。」

魔女は見なかったことにしようと思い、くるっと後ろを向いた。


その時、背後でバキバキッとすごい音がしたので魔女は振り返った。


「ぎゃあーっ」


目の前には顔中腫れ上がった、傷だらけの男が逆さまにぶら下がっていた。


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