21-25

21


「ヨハン、おいヨハン、大丈夫か?」


テオに声を掛けられ、俺ははっと我に返った。

どうもその場に座り込んで泣いていたらしい。


「やっちまったもんは仕方ないよ..」

テオの言葉は少し歯切れが悪かった。


崩れかけた白壁の飾り棚で、白い猫の人形が眠っている。

転がっていた黒猫の人形を拾って、その隣に置いた。


壁に掛かっていた肖像画は傾いてしまっている。

それを真っ直ぐに掛け直した。


家族の肖像画

初老の紳士が真ん中の椅子に腰掛け

その両側に2人の美しい女性が立っていた。


「綺麗な人だったな。」


「元気だそうぜ!

オレ達は皇帝の勅命を遂げたんだ

もう国を呪う魔女はいない。

オレ達は英雄になるんだ!なっなっ!」

「そうだ、帰って貴族の奴らを驚かせようぜ!」


奇跡的に亡くなった者はいなかった。

ボロボロのエントランスから外に出ると、

魔女の結界は消えかかっていた。


あたりは、暗い闇に覆われ

美しかった庭園には、もう背の高い草が生い茂っている。


俺達は動けない者を担いで魔の森を出た。



22


森を抜けると遠くに町の灯りが見える。

診療所だ。


ありがたい。こんな夜中でも開いている。

治療師は年老いた魔女だった。


「おい 魔女だぜ大丈夫か?」

「何言ってんだ平気だよ。」

「おや 魔女の診療所が珍しいのかい?

そうだね 、都会じゃもうほとんど見られなくなったからね。」


「怪我人なんですが。」

「どれどれ、これは聖獣の森にでも入り込んだのかね?」

「聖獣の森?」

「ああ 都会の人には魔獣の森だったね。」


不思議な町だった。


都会から離れ、山あいに孤立した小さな町なのに、町並みはきちんと整備されいて、道には魔法の石で夜でも明かりが灯っている。


「この花は?」

道沿いに白い花がずっと続いている。


「エーデルワイスだな。

20年位前に滅亡したロマヌス王国の花だ。

この季節には咲かないんだけど、これも魔法かなあ。」 


あちこちに 魔法使いの店が見られる。診療所、薬店、探偵、占い師...

人間と魔女達が共存しているのだ。


最初、案内人達はなぜこの町を通らず、わざわざ遠回りして別のルートを来たのだろう。



23


伝令の者を一人先に帝都に向かわせ、

残りの者たちは 診療所のおばあさんに紹介して貰った宿屋に泊まった。


町は潤っていた。


「女将さん、ここは水が豊富なんですね」

「いや、そんな事はないよ。雨が降らずに困っているのは確かだ。

でも飲み水や生活には困らないよ、川上にダムがあるからね。」


ダムのおかげか川が穏やかに流れている。

宿屋の窓からテオと2人で それを眺めていた。


テオがボソッと言った。

「雨なんか降らねえよ。」

「えっ?」


「お前だってもう気づいてんだろ

あの魔女、呪ってなんかいないぜ。」

「...」


「屋敷の中にも何も無かっただろ

お仕着せを着た人形が転がってただけだ。」

「...」


「たぶん 誰かお偉いさんの不興を買って殺されただけだ。

魔女狩りは今では違法だから、何か理由を付けたかったんだろう。」


「じゃあ 神殿が、大神官様と聖女様が嘘をついたと言うのか⁉︎

宝物の聖剣まで与えてくださったんだぞ!」



24


雨が降り出した。

朝早くから 人々が家から出てきて雨だ雨だと喜んでいる。


俺は嬉しかった。

聖女様は間違ってはいなかった。

俺達は国の人々を救ったのだ。


「おかしいなあ フン まあ良かったな。」

テオはまだ納得いかない顔をしている。


「それにしてもだ、

ヨハン、この町は早く出た方がいい。

ぐずぐずしてるとガルムの死体が見つかるぞ。」

「え?」

「この町の人は魔の森のガルムの群れを聖獣と呼んでいるんだ。

おまえ、その聖獣を何頭殺した?」


テオはその後も何か言いたそうだったが

俺の顔をちょっと見てから目を逸らした。


「そういう事だ。」


雨は降り続いた。

道はぬかるんでいたが、そのぬかるみの道を足取りも軽く帰路についた。


(これで あの貴族達を見返すことができる)



25


農民たちが溝につまった泥をかき出す作業をしている。

もうすぐ帝都に着く。


雨は3日間も降り続いたわけだ。

よく降ったなあ

あれだけ晴れていたのに。


先に帰ったニコルがもう報告してくれているはずだ。

誰か出迎えてくれるかな?

大神官様、皇帝陛下...は無理か

聖女様が喜んで迎えてくれたら...


帝都に着いても誰も迎える者はいなかった。

何事も無かったかのように、皆日常の仕事に追われている。


すれ違った先輩に苦言を言われた。

新人なのに 皆で休暇を取って遊びに行くなんてどうかと思う。と 


え? 休暇?


寮の大部屋にはニコルだけがいた。

途方に暮れたように、自分の椅子にぼうっと座っている。


「何やってんだ、ちゃんと報告したんだろう?」

「あ、いや、それが...

師団長に、 無事に任務を終えて帰りました

と報告しに行ったら、何か驚いて

とにかくお前は部屋の外へは出るな、と言ったきり 何も連絡が無いんだ。」


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