16-20
16
開け放された大きな扉から 屋敷のエントランスに飛び込む。
誰もいなかった。
白い大理石でできた美しいホールにはたくさんの彫像が飾られていた。
左側は明かり取りの広い窓
右側には肖像画 その横から吹き抜けの2階に続く広い階段。
ここが凶悪な魔女の住み家なのか?
想像とあまりにもかけ離れた光景に俺たちは立ち尽くした。
「誰だきさまら!」
突然 2階から怒鳴り声がした。
「犬の鳴き声がしたので来てみれば...どこから入り込んだ!」
人形達とは明らかに違う男の声だ。
執事服を着た男が、吹き抜けの2階の手摺りを超えて飛び降りてきた。
「その服装、国軍の兵か?」
「いかにも 我々は邪悪な魔女を討伐するように命令されて来たのだ。」
「何も分からん若僧が...見逃してやる、直ぐに出て行け!」
その時
「おい看守どうした? 誰か来たのか?」
と、若い女の声がして階上に髪の長い女が現れた。
テオが小さくチッと舌打ちした。
女も宙を飛んで降りてくる。
「魔女様 、降りて来てはいけません。ただのチンピラです。」
え? この人が魔女なのか?
魔女は想像とは違い若く美しかった。
「愚か者が..」
男は苦々しそうに呟いた。
「さっさと帰れ!」
「勅命を受けたのだ 。帰る訳にはいかない!」
「その勅命を言い渡した者が愚かだと言っておるのだ。」
「こっ 皇帝を侮辱するのか⁉︎」
許せん!
俺達は一斉に剣を構えた。
「ほう 持っている剣だけは立派だな。仕方ない。」
男は手元からスウッと自分の剣を出した。
魔法使いだ!
男は強かった。
俺達は子供扱いだった。
散々打ちのめされて、全員が転がされた。
恐ろしく強い。
(急所を外してある..)
「分かったか、ガキども!」
男は詰め寄って来た。
ヨハンは聖剣を抜いた。
17
その瞬間男の顔色が変わり、
そして2.3歩後ずさった。
「貴様、なぜそれを持っておる⁉︎」
「大神官様から預かった。」
「神殿も...裏切ったのか...」
「貴様!それは魔物ぞ 手を離せ!」
俺は強く剣を握った。
突然 頭の中に声が響いた。
『殺せ 魔女を殺せ!』
俺は剣を構えると男を避け、後ろで怯えている魔女に斬りかかっていった。
「やめろ!」
魔女を庇って立ち塞がった男の 肩口から胸にかけて 振り下ろした剣が大きく切り裂いた。
魔女は悲鳴を上げる。
倒れた男の胸から流れ出る 血液と黒い煙を両手で押さえながら、魔女は泣き叫んだ。
「看守、看守しっかりしろ!
おのれ...
わしらがお前に何をした⁉︎」
「お逃げ下さい、グレイシア様...」
と言ったなり男は動かなくなった。
胸からあふれていた黒い煙が消えると同時に男の姿も消えた。
「わしは何も知らん。どうしてこんな酷いことをする。」
魔女は我々をにらみ上げた。
「ヨハン待て」
テオが俺の肩を掴もうとしたその時、銀色だった魔女の髪が青く逆立った。
ドカーン
大爆発が起き、玄関とホールが吹き飛んだ。
メチャメチャに砕けた石像と一緒に 俺たちも地面に叩きつけられた。
竜巻のように吹く風の中から 魔女は恐ろしい顔でゆっくりと迫ってきた。
「殺してやる 皆殺しだ!」
女が右手を前に出すと
ガガガガガッ
無数の氷の塊が襲ってきた。
マシンガンの乱射状態だった。
僅かに残ったエントランスの壁も床も打ち砕かれ、石像は台座ごと粉々に吹き飛ぶ。
皆恐怖で動けなくなっている。
ニコルは頭を抱えてうずくまり、ブッチャーは何か叫びながら 手当たり次第に石のカケラを投げていた。
(こ、殺される!)
その時 魔女の動きがピタリと止まった。
「やめろ! それに触れるな!」
ブッチャーが黒猫の人形を掴んで投げようとしていた。
「返せ、触るな!」
魔法を使うのも忘れ、魔女はブッチャーに向かって行く。
(隙だらけじゃないか)
テオが背後から押さえ込もうとしたが、指一本で弾き飛ばされた。
「ダメだ、返せ!」
魔女がブッチャーに襲いかかる。
俺はブッチャーを助けようと その間に割り込んだ。
そこに魔女が飛び込んでくる形になって、俺と魔女は正面で向き合った。
その時 頭の中にまたあの声が響いた。
『魔女を殺せ!』
俺は女の胸を突き刺していた。
鈍く不気味な感触が手に伝わってくる。
(何て事をしたんだ?)
『魔女を殺せ!』
俺の手はさらに力を加えた。
ギリギリとさらに深く胸をえぐる。
おびただしい血と黒煙が溢れ出る。
「人間が…」
目の前の魔女は大きく目を見開いた。
吸い込まれそうな青い瞳
ブツッ
と音がして剣は女の背中まで貫いた。
黒い煙に包まれて魔女は消えた。
俺はもう何も考えられなくなった。
18
「ハアハア...くそう...」
3階にある自分の部屋に続く階段を、魔女はよろよろと登っていく。
「結界が張ってあるあの部屋まで行けば安全じゃ。」
黒い煙が溢れ出す胸を押さえた。
この程度魔力を失った位ではまだ死なんぞ。
わしが何で北の魔女と呼ばれているかわかるか?
他の者とは元々魔力の量が違うんだ。
魔力はまだ尽きとらん
あそこから消えるくらいたやすい事ー
ハアハア...
(さすがにもうきついな)
魔女は結界を超え自分の部屋に現れた。
(今まで生きてきた300年分の生命じゃ。失う訳にはいかん)
魔女は最後の力を振り絞って床に大きな魔法陣を描いた。
「魔力と引き換えに 我に300年の生命を...」
そう言い終わると魔法陣の中に倒れた。
部屋は魔法陣から立ち昇る黒い煙に包まれていった。
19
どのくらいの時間が経ったのだろう
魔女は目を覚ました。
(生きている!成功だ!傷も塞がっている。
やつらはわしが死んだと思って油断しているだろうから、降りていって皆殺しにしてやろうか。)
魔女は立ちあがろうとしてつまずいた。
ドレスの裾が足に引っかかったのだ。
「ああー」
自分の違和感に気がついた。
「縮んでおる⁉︎」
魔女は慌てて姿見を見た。
鏡には12.3歳の少女が映っている。
「か、髪が、髪が!」
魔女は慌てて自分の頭を触った。
魔力を多く貯め込むために 、長い時間かけて伸ばしていた銀色の長い髪が無くなっている。
魔女の髪は魔力と大きく繋がっている。長く美しい髪には多くの魔力が宿るからだ。
「無い、無い!」
幼い頃の短いおかっぱ頭になっている。
色もツヤのない薄い灰色。
「残りの魔力はー」
灰色の髪を引っ張って、魔女は青ざめた。
(何でこんな中途ハンパになったのだ?)
その時
「おや、お目覚めですか?」
という声がした。
見上げると壁に掛かっていたはずの骸骨が覗き込んでいる。
「何だお前は?」
ガイコツはカサカサした声で答えた。
「私にもよく分かりませんが、どうやら生き返ったようで...」
魔女はとっさに理解した。
(こいつだ。こいつを生き返らせたおかげで、わしの300年分の命がかなり目減りしてしまったんだ。きっとそうだ)
「お、お前のせいだ。お前のせいでわしはこんな姿になってしもうた!」
魔女はガイコツに向けて人差し指を突き出し
「火炎!」
と言ったが、プスンと煙しか出てこなかった。
「わしの魔力がー
返せ!わしの魔力を返せ!」
20
(まずい、このまま のこのこ降りて行ったら
復讐どころか返り討ちにあってしまう。
残念だがここはひとまず逃げよう)
魔女は両手を広げ
「瞬間移動(ワープ)」
と言って飛びあがろうとしたが、裾をふんづけて顔面を床にぶつけた。
「相変わらず魔女様はあわてん坊ですな。」
「うるさい!なんじゃその物言いはー」
(え...?)
「看守、おぬし看守なのか⁉︎」
「ははは どうやら乗り移ってしまいましたなあ。」
「うわああー セバスチャンじゃー!」
「ああ抱きつかないで下さい。この体少々脆くて...」
「いやすまん、バラバラにしてしもうた。
ちゃんと後でくっつけるからな。」
魔女は床に散らばった骨を、大きな麻袋に手あたり次第に詰め込んだ。
「ううう情けない...」
カーテンを外して窓枠に結びつける。
そして麻袋を担ぐと、それをつたっておそるおそる地面に降りて行った。
「ちくしょう おぼえてろー!」
長いドレスの裾をズルズル引きずって、魔女は泣きながら壊れかけた館を後にした。
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