2014年8月20日
師匠からの任務を承諾した俺は明後日の旅立ちに向けて準備をしていた。
道具の整備し、足りない消耗品を補充、そして最後に武器の手入れをしようと剣を抜いた時、あることに気づいてしまった。
「少し錆が増えてきたか…」
もちろん剣も劣化するので当然の話だ。
この剣は昔盗賊からはぎ取ったもので武器屋にでも売って金にしようとしたのだが、
店の店主によるとかなり品質のいい剣だったらしく売らずにそのまま自分で使うことにしたのだ。
まあこのくらいならまだ使えないこともないのだが、
さすがに貧乏性の俺でもこれからの長旅にいつ壊れてもおかしくない剣をお供にはしたくないな
今から買いに行きたいところだがもうそろそろ日が暮れそうなので
仕方ないから明日またよさげな剣でも買いに行くとするか
ある程度の準備が一通り終わったところで今日はやることがなくなってしまった。
だが明後日からまた任務だと思えば、東部帝国戦線から戻ったばかりで疲労が残っていることだろう。今日明日はとりあえず剣を買いに行く以外なにもしなくともいいだろう。
といいつつもそろそろいい時間になってきた。夕飯を食べに行こう、と思ったのだが…
「ジャック」
そう俺のことを呼び止めた。
振り返るとそこには剣を差した師匠であった。
何も言わずともわかる。
「旅立つまえに一勝負しようってことか?」
「ああ、しばらく会わないんだ。
長旅に出る前にもう一度、お前と戦いたい」
忘れていたがうちの師匠もこの土地のお国柄なのかわからないが戦闘狂であることを忘れていた。
だが...
「そう言ってくれるとこ悪いが今は道具万全の用意ができていないんだ。」
「戦士たるもの常に万全の準備が出きるわけではない、準備をしている間に後ろからやられるかも知れない、お前のような手練れにな」
はぁ...
準備してなかったら勝てるものも勝てないだろう...とは思いつつも
「わかったよ、裏庭で待っててくれ」
そういうと師匠が表情は変わらないが嬉しそうな雰囲気で裏庭に向かっていくのが見えた。
戦う機会がこれで最後かもしれないんだ
あまり戦うことは好きではないが
ここは師匠の誘いにのっておこう
「きたかジャック」
俺は庭にたどり着いたときにはすでに師匠が剣抜いた状態でたっていた。
「言っておくが剣王クラスの魔戦士を相手に
万全の状態でないと俺はそう長い間戦えないし
明後日からの長旅に備えてあまり魔力は使いたくない」
と俺は師匠にそう伝える。
「そうだったな。それほどの強さがある故にたまに忘れるが、お前は魔力が他の上級戦士と比べて少ないほうだったな。では仕方ないな、手合わせは短時間にとどめておくとしよう」
当たり前だ。
あんたやシリウスみたいな何時間も戦えるような戦闘狂と長時間戦うなんて絶対にごめんだ
だがそんなことを言っている間に
俺たちの間に冷たい空気が流れ始める
俺も意識を集中させ
深呼吸をし俺も背中の剣を抜いた。
「よし、いつでもいいぞ
言い出しっぺは師匠だ。あんたから始めてくれ」
「ああ、なら手始めに軽く打ち合うとするか」
師匠は剣に魔力を込め、中段に構えた。
俺も師匠と同様に剣に魔力を込め、中段構えにする。
俺は基本、稀にしか中段構えを使わないが、基礎剣術の確認と軽い打ち合いであれば、これ以上良い構えは存在しない。
「いざ」
師匠がそう言ったと同時になにか…とてつもない寒気を感じた。
その寒気に従った俺はすぐ行動を起こした。ここまでくれば思考ではなくただの直観に近いのだろうがこの判断は正しかった。
ズドーン!!!
間一髪で右に避け左側からは剣と剣との戦いでは考えられないような音が通り過ぎた。
「さすがだな」
俺を切り損ねた師匠の剣が左側にあった。
ちなみに、今の音はなにかが壊れたり魔法が爆発した音でもない。
風圧だ。
ただの風圧なのだ。
バケモノめ…
これのどこが『軽く』なんだ…
「こい、ジャック!」
俺は態勢を立て直し師匠に向かって走り出す。
ただ忘れてはならないことがいくつかある。
それはこのまま普通に戦っても勝てないこと、
大陸最強ともてはやされたこの男に勝つなど容易でないこと、
そして俺自身が決して強くないことだ。
普通の戦士と同じように普通の技とありきたりな魔法を使ってもこの男には勝てないのだ。
やはりと言うべきか俺は師匠に対し斬り込んだがいとも簡単に弾き返された。
「くっ…」
はじき返された剣では次の攻撃に対しどうすることもできない
俺は仕方なく左手の拳闘用ガントレットでなんとか師匠の攻撃を受け流すがパワータイプの戦士相手にそう何度も使える手段じゃない…
その証拠にガントレットに大きな傷がついているのが目に見えた。
だがその傷も次の攻撃につながると思えば安いもの、次はこちらの番だ。
全体の一割の魔力を使い神速の速さで剣での突き攻撃に出た。
俺の少ない魔力でも全体の1割もの魔力を使えば大体の敵には攻撃は当たるが…
やはり師匠は俺の予想を裏切ってきた。
カキーン!
そう金属のぶつかる音がしたのだが
次の瞬間、俺は驚いてしまった。
師匠の強さを知っていたこの俺が、驚いて目を見開いてしまったほどに。
師匠は避けるのでもなく弾くのもなく、防御した。
剣の刃先だけで俺の剣の切っ先を防いだのだ。
普通の戦士にはこんな芸当はできないだろう。
やはり普通の戦い方ではだめだ
すぐに距離を取った俺はすぐさま師匠に対し斬りかかろうとした。当然師匠はそれを弾き返そうと上段に構えるが、このままではさっきと同じように弾き返されるだけだ
ゆえに、俺は一つ魔法を発動した。
「はぁっ!」
俺は師匠に斬りかかったが
やはり俺の剣が届くことはなく
それどころかこちらが師匠に斬られてしまったのだ。
普通なら死んでいるのだが
残念だったな
それは残像だ・・・
「後ろだ師匠、俺の勝ちだ」
低位低級幻惑魔法 『残像』で生み出した
もう一人の俺を囮に中位中級幻惑魔法『短透明』により俺自身のを透明にするこにより、なんとか師匠の背後をとることに成功したのだ。
しかし残念なことに、大陸最強と謡われるだけあって、この男相手では背後を取っただけでは勝てないのだ
「はぁっ!!」
ドーーン!!!
師匠の剣技が普通ではあり得ないほどの音を生み出し一瞬で体勢を整え『背後の俺』を難なく切り伏せてしまった。
やっぱりだめか・・・
腕力、魔力、技術、剣速、剣技...
どれをとっても俺は師匠には遠く及ばない
やはり大陸最強と言われこの国を一人で守りとおして来た英雄レムルス、さすがとしか言いようがない
じゃあこんな男に俺が今までどうやって勝つことができたのか?と疑問が浮かびあがるだろう
なにもかもが圧倒的に劣っている俺がなぜ10回中4回の勝率を得ているのか?
今からそれを証明するとしよう
本来俺は魔戦士でもなくそれ以前に戦士であるとも思っていない。ゆえに魔戦士の心得、戦士の矜持やプライドなども持ち合わせてはいないのだ。なぜなら、俺の戦い方は『戦う』ためのものではなく人を、誰かを『殺す』ためにあるからだ。『戦い』をしているものはくだらん誇りやルールを持っており不意打ちや暗器などを卑怯なもとだと思っている。
だが『殺す』ことを目的にしているものにそんなものはない、ただ生きるためにそいつを殺すか殺されるか、殺されないためにそいつを殺す、そのためにはできることをすべてやり持てるものはなんでも使う。
息を殺し、気配を消し、対応するのが難しい向きから一撃必殺の攻撃を入れる。
それが暗殺者のやり方なのだから...
よし...
今だ
斬!!!
俺は持てる技術を最大限まで使い師匠を暗殺しようとした...
一撃必殺の攻撃を入れた、普通ならこれで倒せているはずなのだが残念ながら手応えが感じられない。
それどころか...
「お前の負けだジャック」
背後から声が聞こえ
俺の首元には剣を向けられていたのだ。
あと少し手を動かすだけで俺はすぐに殺されてしまう。
背後に師匠がいるってことは
俺が斬ったのは残像か...
「なんどお前と戦ったと思っているだ、お前と同じ戦い方ができない俺ではない。それで、降参か?」
いやどうみたって降参するしかないだろう...
「当たり前だ師匠、ここからどうやって覆せばいいんだよ、降参だ・・・」
師匠がゆっくりと剣をおろし笑ってはいないものの嬉しそうに語りかけてきた。
「クナイや煙幕などの道具があればもう少し苦戦しただろうが道具をつかわなければこの程度か、いいことを知った」
「あのな師匠、なんもど言うが俺は魔戦士じゃなく暗殺者だ。不意打ちや道具に頼るのは暗殺者にとっては当然だしそれを使わなかったら弱くなるのは当たり前だ。そもそも剣術と魔法だけであんたに勝てるわけないだろう・・・」
「まあ、それもそうだな」
師匠が鞘を抜き、剣...いや、あれは刀というべきか。
ゆっくりと両手を使い刀を鞘に入れた。
「その剣、かなり品質のいいもののようだがどんないい品もいつかは劣化するものだ。
そんなもので長旅に出るのはよくないだろう」
師匠はさっきまで使っていた刀を俺に投げ渡 してきた。
「なんだこれは?」
俺はゆっくりと刀を抜くが...
ん...
ちょっと待て...
これはまさか!
「神が世界に残した最上級の一品、反転シリーズ...そのうちの一つだ。名を『存無』と言う」
世界各地で発見される謎の最高品質の武器防具、
シリーズ装備
最上級の品を作るとき職人たちは同じ材質、作り方で違う種類の武器や防具を作りそれらを人はシリーズ装備と呼んでいる、だがこの反転シリーズは
山や海、秘境などで何故か稀に発見されその優れた品質と人の手が一切入っていない場所でしか発見されないため多くのものたちはそれを神が残した品なのだとそう思っている。
当然ながらこの反転シリーズ、かなり値段がするはずだ
「こんなもの、もらっていいのか?」
「これから長旅にでるんだ、愛弟子に対し師匠が何をできるかと考えれば餞別をくれてやることしかもうしてやれることがないからな、まあそんなことはいい。この刀が持てたと言うことはその刀はお前のことも認めてくれたようだ」
「認める?ってことはこいつも意思のある武器なのか?」
「いや、そこまではわからない、だがその刀が認めていないものがもつと刀そのものが重くなり体中に電流、雷により体が焼かれるそうだ」
「やばいなそれ・・・で、この刀の効果は?」
この問いに対し
師匠はこう答えた。
「血を弾くことで血による油汚れを防ぎなおかつ刃こぼれすることなく一切劣化がしない一級品の優れものだ」
ん?
俺は頭に思い浮かんだ素朴な疑問すぐに投げ掛けた。
「それだけか?」
伝説と呼ばれたあの反転シリーズの効果がたったそれだけなのは妙だ、確か反転シリーズの他の武器はもっとこう派手な効果があったはずなんだが...
「なんだジャック、気づかないのか?」
と言われても劣化しないのはいいが血を弾く程度の効果しかないこの刀が...いや、
血を弾くというのはまさか!
「血操術を操る者を打ち倒す...
対吸血鬼特攻の刀か...」
「その通りだ。」
「いや、それでも...」
まあ確かすごい武器ではあるが...
「吸血鬼なんて大陸中でも数人しか確認されてないだろう、そんな吸血鬼に対しての特攻武器だと言われてもなぁ....」
「まあそう言うな、うちにある中でも最も価値の高い武器であることには違いないし、地味だが劣化しない刃物のがいかに有用であるかはお前なら理解できるだろう」
まあ、そうだな...
対吸血鬼特攻用の劣化もせず折れない武器、
効果は地味だがこれだけの物を貰えるというのならありがたい
「まあ効果は地味だがこんな高級な物をくれるのは嬉しいし、新しい剣を買う必要もなくなったんだ。ありがとう師匠、大事に使わせてもらうよ」
俺は刀を背中に差しながら師匠に礼を言った。
「ああ、まあ今はその刀しか渡せんが、どうせお前はラスタフの後継者なんだからいずれは俺ののもつすべてのものがお前のものになるんだ。礼など必要ないだろう。だが一つだけ約束してくれジャック、なにがあろうとも...決して死なないでほしい。俺には、俺達には、この国には、この世界には、お前が必要なんだ...なによりも...その命を優先しお前にでも達成できないことがあったらすぐに逃げろ...目的を果たし必ず、帰ってこい!」
言われなくとも...
「もちろんだ師匠、俺だってまだ読みたい小説もあるし、いまやってる魔術論文だってまだ完成してないんだ。それができるまでは絶対に死ぬつもりはないさ」
堂々とした態度で応えた俺に対し、
表情は変わっていないものの
師匠は安心した様子で声を和らげた。
「それが聞けてよかった、
もう日がくれたし、そろそろ晩飯でも食いにいこうか。ジャック」
「そうだな」
俺は師匠とともに屋敷のなかに戻っていった。
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