2014年 8月20日

戦場から王都内の屋敷に帰還する道中、戦争での功績のせいなのか俺は貧民街の者たちの賞賛を受けつつもラスタフ家の屋敷へと辿り着いた。



屋敷といえば貴族街にある華やかな屋敷を想像するだろう。だが俺たち闇の一族の屋敷は城壁の外の貧民街にある。その中に建つ大きな屋敷は無骨ではあるもののその佇まいには力強さを感じる…とまあ、よく言えばそんな感じだが悪く言えば、いや目の前にあるものをそのまま言葉に表すとしたら…


地味だ……


ただこの一言、これに限る…


まあそんなことはともかく、俺は屋敷の目の前まで来たが今日も今日とて貧民街に住む子供や明日生き抜く金すらないものに対し食事の配給をしたり貧民街を荒らす者たちに対する警備の巡回や魔戦士志望の子供たちに戦闘技術を教えたりなどをしていた。


ここ貧民街では明日を生きることすら厳しいものが集まってはいるが、そのほとんどの人間は肩を寄せ合い共に助け合いながら生きている。そしてその中心にいるのが俺達ラスタフ家、初めてここに来たときは貴族のやることじゃないだろ…と驚いきはしたがここの当主を信頼する一因にもなったのだ。


 


目の前の門を開けた後、


屋敷の中に入ると、俺を待っていたかのように、または俺の気配を感じて出迎えに来てくれたのだろうか、どちらかはわからないが


俺はその顔を見ると少し安心した。


「ただいま師匠」


「ああ、無事に帰ったかジャック」


そうして俺を出迎えてくれたのはラスタフ家の当主であるレムルス・ラスタフ本人であった。


かつて王国最強と謳われた魔戦士であるラスタフ家の現当主、レムルス。俺の師匠でもあるが、速さを生かした戦い方やからめ手を得意とする闇の一族では珍しく、膨大な魔力をもとに高威力の魔法や剣技を繰り出し闇魔法の使い手として稀に見る剛剣と闇魔法本来の素早さを兼ね備えている。一撃の威力に特化する光の戦士や素早さに特化した闇の戦士たちではとてもではないが歯が立たず…この男一人が出るだけで戦況が大きく変わるとさえ言われるほどだ。


ただ師匠は今年で75歳にもなり、本人曰く今でも剣は振るえるが全盛期ほどの力は出せなくなったと言っている・・・が、正直微妙な所だ。嘘をついているとも思えないが、かつての師匠を知らない俺にとっては今もその力は健在だとそう思わされるほど強いのだ。


そんな師匠であるが、珍しく玄関まで迎えに来てくれたということは何か話があるのだろう。


「なにか重要な話でもあるのか?」


俺はそう聞いたがおそらく間違ってはいないだろう。


「そうだ、部屋で待っているぞ」


師匠はそう言い残しいつの間にか俺の目の前でその存在を消していた。


 


 


 


ラスタフ家当主の部屋にきたが相変わらず薄暗く地味な部屋だ。当主の部屋といえば二階にあったり部屋を彩る家具や調度品などがあるのだろうがこの屋敷において当主の部屋といえば地下だ。特殊な仕掛けを解くと地下へ向かう扉が開かれる。地下に降りたら複雑な迷路と化している地下の通路を通り、持っている鍵で重い二重扉を開ければやっと当主の部屋に行きつくことができるのだ。


毎回この部屋に来るのにある程度時間がかかってしまう。


うんざりする…


うんざりするが、なぜそのような作りになっているかは当主の部屋に入ればわかる。


扉を開けた先には大きな部屋にいくつもの武器の在庫や保存食が置かれている。そしてその奥には執務業務に使う机にいくつにも並ぶ大量の書棚、服や装備、暗器などが収納されているクローゼット、当主にしか開けられない巨大な金庫がある。


最後にその後ろには逃走用の通路に入る扉が用意されている。


そう、この部屋及びこの屋敷は敵の侵入や襲撃に対してありとあらゆる対策が施されている、まさに要塞とも言えるがこの屋敷のたちが悪いところは一見すると普通の屋敷にしか見えない。だが俺からすれば王城と同じくらいの堅牢さを誇るだろう。こんな場所に侵入するなんて絶対にごめんだ。


「来たか」


机の上で書類仕事をしていた師匠がそう話しかけてきた。


俺は師匠の近くにまで行き会話を始める。


「それで師匠。話とはなんだ?」


「うむ」


師匠は単刀直入にこう言った。


「魔帝だ」


なるほど、最近勢いを増している魔帝国に対しいろいろ対策を講じてはいるものの結局どれもうまくいくことはなかった。そんな中公爵派は次の策を打ったと…


それが…


「“剣王”への討伐要請…


入ったものは誰であれ戻らなかったあの魔帝国に侵入し魔帝を暗殺して来いと…」


「ああ、その通りだ。近年魔帝国の勢いが増しつつある。このままでは“王国の未来が危うい”。


そこで今回最強の戦力を送ろうとお前ともう一人の剣王にこの任務が与えられたのだ。」


「あいつか…魔帝本人の実力を目の前で見ていないからどうとも言えないが、あいつなら実力は十分かもな。だが…」


「魔帝国に入ったものは誰一人帰ってこなかった…魔帝国の入り口は小さく一度に少人数しか入ることができん。できたとしてもすぐに魔獣やスケルトンが召喚されまたすぐにその周囲は敵だらけになるだろう。ゆえに大軍を送ることができず少数精鋭で魔帝討伐に赴くしかない。俺は、いや…おそらく公爵派も奴一人で魔帝討伐が果たされるとはおもっていないだろう。」


「そこで俺の出番ということか」


「そうだ。だが正攻法で攻略するあ奴とは違いお前にしかできないことで裏から魔帝討伐を支援してほしい。主な仕事は情報収集、魔帝国関係者と思われるものの捜査及び暗殺。そして半年後の魔帝国に対する大規模攻勢に参加し、奴をふくむ精鋭部隊と一緒に魔帝国に侵入したのち魔帝討伐を果たしてほしい。必要はないと思うが一応聞いておこう。


この任務、受ける気はあるか?」


と師匠は心配そうにそういった。だがそんな顔をしないでほしい。誰にでもできることではない、ゆえにできるやつがやらねばならない。もちろん俺の答えは決まっている。


「もちろんだ」


「そうか、心配するだけ無駄だったようだ。本当は俺が行きたかったんだが他国やエラリアル王国の王宮勢力、それに裏社会を共に支配してきた闇の二大大家のイレイザーの当主の病により裏社会もまた危うくなってきた。俺にはやることが多すぎる。それに今となってはお前のほうが強いわけだしな」


「やめてくれ師匠。剣王闘技会で勝てたのは運によるところもある。今でも10回やっても6回は負けるだろう。」


「それでも…これからこの国を導くのはすでに隠居の身の年老いた俺ではなく、若くして力もあり知恵もある…お前のような人間が将来この国をまとめ上げていくだろう。今の問題は今の世代が解決してこそこの国の未来は開かれる。それにこの手の任務は、俺には少しむいていないからな」


そんなこともないと思うが、と


そう言おうとしたが


師匠のしかめっ面がより真剣な表情になりこちらを見つめてきた。


「魔帝討伐の“後方支援”の任、受けてくれたことに感謝する。


だが俺からもう一つ頼みがある。」


「頼み?」


「ああ、今の話はしょせん前座でしかない。


今からお前には裏の情報、この任務における俺の本当の目的を教えてやろう」


 


 


 


 


「本当の目的?」


おれは疑問を掲げながらそう言った。


そうすると師匠は机のなかからいくつもの書類を出し始めた。


「これは時々姿を現す他国の工作員及びそれらに接触し他国に協力した反逆者たちから得た情報をもとに作成した調査結果の報告書だ。これ以外にもいくつか証拠はあるものの完全ではないせいでそれらの犯罪を立件しようとも裁判にかけることはできんが実質この半分が黒だろう。見てみるといい。」


俺は師匠から手渡された報告書に目を通す。


それを見た俺は少し驚いてしまった。王宮勢力に多くの貴族や騎士たちの名前があったのだがそんなものより俺はある欄に注目し絶句した。


「王国のレアンドロ教団上層部、そのすべての人間に反逆の疑惑がある…」


この国だけでなく他の国においても主教といえばレアンドロ教であり古くから大陸に根付いている宗教だ。古くから存在し信者の数も多いことから、レアンドロ教は各国すべてにその影響を及ぼしうるほど大きい。そんな一大宗教に属する上層部の人間すべてが寝返ったのだ。


「まずいだろこれ…」


「それだけではない、レアンドロ教の発祥地のエミア聖国、エミア聖国から独立したネミア公国、かつての弱小国家が連なったロマネス連合国、これらすべての国のレアンドロ教団が各国に対する反逆の疑惑がある。ロマネス連合国に至っては教団に乗っ取られたのではないかという噂すらある、もちろん裏の仲間内で回る噂だがな」


宗教というのはその国において大きな力を持っている。そんな宗教が国の敵だなんてまずいどころの話じゃないぞ。


「ということはこれらの黒幕は消去法で大国、デネアリア帝国か?」


「俺も最初はそう考えた。だが調べていくうちに違うとわかった、今回各国で暗躍していたのは現レアンドロ教団の最高位、フェラヌス大主教だ。」


「そいつが黒幕なのk…」


「いいや」


なに?


だがよくよく考えてみればフェラヌス大主教一人でそんなことができるかと言われれば疑問が残る。やつは宗教家としては一流だ。だが今回のこの動きを一流の宗教家程度ができるはずもなかった。それに俺の記憶が正しければこの大主教…


「飾りだ」


俺の考えに対し師匠がそう答える。


俺の記憶では今代の大主教は人々の心に響かせる演説家として有名になりそれがあってかレアンドロ教団において高い位を与えられそのまま教団内の大きな勢力に引き込まれたのち大主教として担ぎ出されたのだ。


そんなフェラヌス大主教はしょせん表の人間でしかないのだ。


「うちの者がレアンドロ教団の関係者と思われる高位神官を捕らえた際、教団を裏から操っているであろう者の名前を吐いた。そのあと捕まる前に体内に取り込んでいた遅延毒で自害したがな。名を『クラキモノ』という。」


「本名ではなくコードネームか…


そうか、その『クラキモノ』について他に情報は?」


俺は聞く。


実戦でのその実力はこの国最強と言われた師匠だがそれ以外にも先の未来をできるだけ見通して目的のために準備惜しむことをしない、そういう長所を兼ね備えている。


だがそんな師匠が言った。


「ない」


「なに?」


普段ならターゲットの名前や詳細な情報についても細かく調べ上げ


それらを精査したのち家のものに仕事を持ってくるのだが…


こんなことは初めてだ。


「いつもなら名前から出身国、長所や弱点まで調べ上げる俺ではあるが今回ばかりはあまりにも情報が少なすぎる。ゆえにお前に頼みたいのは三つだ」


三つ?


「魔帝討伐に向けての後方支援、レアンドロ教団の支配者『クラキモノ』の調査…


そしてあと一つ。お前にはやってほしいことがある。」


そうして俺は師匠からもう一つの“頼み”を引き受けたのだった。

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