第2話 模擬戦①

「…マジかよ。」

瑠衣は引きながら思わず呟く。

奏は距離を詰めて来るが瑠衣は後ずさる。


「奏。あんまり距離詰めすぎるな。瑠衣はいきなり距離を詰められるのが苦手なんだ。許してやってくれ。」

山口がすかさずフォローを入れてくれた。


「仕方ないなあ。」

頬を膨らませながら奏は不服そうにする。


「山口さん…これが私のペアなんですか。」

「性格は合わないだろうと思っていたが許してくれ。瑠衣と奏を組ませたら最強になる気がしてな。」


「そうだよ!るいるい!私達最強になれる!」


「あんたは黙ってて。それで山口さん。最強ってどういうことですか。なぜこの子を?」


奏が再び拗ねるのを

横目に瑠衣は問いを投げかける。


「本人の希望と、能力を加味してだ。瑠衣にはない物を奏が、奏に無いものを瑠衣が持ってる。」


「どういう事ですか。だからってこんなにキャピキャピしてる女の子を付けなくても。」


「奏は瑠衣とほぼ互角だぞ?筋力もあるから火力支援も出来る。何より本人が希望したんだ。瑠衣と組みたいってな。本人の能力も問題なかったからペアを組ませた。」


「私の希望は?」

「お前に聞いても嫌って言うのが目に見えてた。すまん」


「口で言われただけでは実力が分からんだろうからな。2人で模擬戦を行って貰いたいんだが。」


「模擬戦?ペイント弾で?」

「そうだ。模擬戦用の戦闘服を着用させるから汚れは問題無いぞ。」


「やったああ!!るいるいと模擬戦出来る!!」

「良かったな奏。だが瑠衣。良いのか?模擬戦嫌じゃなかったか?大丈夫か?」


「ここで駄々こねてもこの子と同じになります。」

「あーるいるい。私を子どもみたいに言ってる〜子どもじゃないもん。」


「子どもでしょ。」

「大人だもん!もう良いもん。るいるい模擬戦でやっつけてやる!」


「だから模擬戦はやります。無論容赦はしません。」

「そうか。なら良かった。弾薬は受領してある。準備出来たら報告してくれ。」


「了解」

「りょーかい!」


かくして奏と瑠衣の

模擬戦が始まろうとしていた。

模擬戦はスポーツ感覚で行われる事が多く、

特に上級隊員同士の模擬戦は隊員間でも

娯楽として観戦する者が多かった。


ASCA最強と噂される、

瑠衣と、ペアである奏による、

お互いの実力を知るための模擬戦が開幕する。

――――――――――――――――――――――――

模擬戦 待機室


瑠衣は装備を整えながら準備をしていた。


主力となる銃は愛銃であるSIG MPXだ。

瑠衣は自動小銃も自装備にあるが、

基本的に室内、かつ閉所でのCQBになる為、

短機関銃のMPXを良く使っている。


11.5インチバレルにM-LOKハンドガード、

ハイマウントのT-1ドットサイトに、

サブのマイクロドットサイト。

マグプルタイプのショートフォアグリップに、

ショートタイプのサプレッサー、

M600フラッシュライトだ。


ストックとグリップは純正の物である。


バックアップはP320だ。

スライドは肉抜き加工で軽量化され、

照門と照星はオーダーメイドで、

サイディングしやすくなっている。

小型のライトも装着していた。


瑠衣は様々な銃器を保有しているが、

任務や気分毎に変えている。


基本的に拳銃はGLOCKかSIGであり、

西側諸国の銃火器を好んで使う。


「あんたが模擬戦って久々じゃない?」

唐突に流暢な日本語で話しかけられる。


「別に望んでやるんじゃない。」

「ふ〜ん。まあいいけど。」

「何しに来たの?ヨンジュ。」

ソン・ヨンジュ。ASCA韓国支部の隊員だ。

瑠衣とは腐れ縁でありライバルでもある。

瑠衣が友と呼べる存在だった。


「研修だって。久しぶりに日本に来たかと思えばASCAに閉じ込められてさ。暇しちゃって。」


「まあ観光目的じゃないし。」

「あんたなんで模擬戦なんかを?嫌いだったじゃん。」

「奏って子。あの子が私のペアになるって。」


「ああ。あの子ね。私はどうも苦手。」

「私も。でも任務上好き嫌いとか言ってられないし。あの子の実力も知りたい。」


「だから模擬戦を?」

「そう」

「相変わらずストイックだねえ。」

「ヨンジュもでしょ」


「褒めてくれるの?」

わざとらしくヨンジュが答える。

「褒めるわけ」

「やだあヨンジュちゃん泣いちゃう〜」

「ヨンジュキモいよ」


「毒舌こわぁ〜い。んで勝てそ?」

「なんとも言いきれない。奏の銃が何を使うか分からないし。近接戦に持ち込たいけど近付けないかもしれないし」


「瑠衣は近接戦得意だしねえ。弾幕張られたらどうするの?模擬戦だし被弾したら負け確じゃん」


「相手が撃ち終わるのを待って弾切れになったら距離詰めて近接挑むかな。その時にならないと分からないけど」


瑠衣は用意終えて立ち上がった。


「そっかあ。負けないようにしてね。あんたに勝つのは私だけで十分だから」


「あんたに負けるわけないでしょ」

そう言うと踵を返して

瑠衣は模擬戦場に向かった。

振り向くとヨンジュは部屋から

居なくなっていた。

――――――――――――――――――――――――

瑠衣は扉を開けて模擬戦場に入った。

ふと上を見るとガラス張りの部屋に

ASCAの中級隊員や

下級隊員、新人隊員までもが

瑠衣や奏に注目していた。


瑠衣と目が合った隊員や

周りの隊員が黄色い声を挙げる。


瑠衣は空虚な思いで向き直った。

奏は手を振ったり、

声をかけたりしているのだろうかと考える。


そして規定時間になり通信が入る。

通信は場内や観戦場に敷設されている

スピーカーにも繋がっていた。


「それでは規定時間に達したのでこれより模擬戦を行う。両者とも模擬戦ではあるが全力でやるように。それでは、状況開始!」


合図と共に瑠衣はMPXを担ぎ走り出した。

まずは目の前にある遮蔽物まで走り

腰を屈め姿勢を低くする。

MPXで正面を

クリアリングするが奏は見えない。


安全を確認した瑠衣は再び走り出す。

トタンの壁まで走った瑠衣は

突入体制を取り中に突入する。


MPXを構えながら

ゆっくり慎重にクリアリングして行く。

右で構えていた瑠衣は左で構え直し

逆方向をクリアリングした。敵影は無い。


その時、

瑠衣の右側方よりけたたましい銃声が

何発も聞こえだす。

紛れもない、奏の銃声だった。


フルオート射撃を使っているのが分かる。

間隔をあけて発砲されているのも分かった。

だが適当に撃っている訳では無さそうだった。


「まさか…」

瑠衣は呟く。この発射間隔に、長時間の射撃。

奏は軽機関銃を使用している可能性が

非常に高かった。


軽機関銃を使い、

近接戦闘やクリアリングを行う場合は

その装弾数の多さを活かして

フルオート射撃をしながら

突入し、クリアリングを行う事がある。


敵が潜んでいようがいまいが、

関係なしに安全確保が出来るからだ。

角に潜んでいても弾幕の前には及ばない。


瑠衣は思考を張り巡らせる。

まず継戦能力が不利だ。

長時間弾幕を貼られたら動けないどころか、

反撃も出来ない。

更に弾幕を張られながら接近されたら

確実に死だ。


となるとヨンジュに言った通り

弾幕を貼らせて、

銃本体に射撃し、使用不能にしてから接近して

一気に仕留めるしかない。

模擬戦なのだから当然重火器は存在もしない。


瑠衣は決断した。とりあえず奏をおびき出す。

その後弾切れになるまで撃たせまくる。

弾切れになったら接近して一気に叩く。


即席の作戦を頭の中で立案した瑠衣は

すぐさまに奏の鳴らす銃声へと向かった。

――――――――――――――――――――――――

合図と共に駆け出した奏は

愛銃のRPK-12を構えながら前進する。


RPK-12には95連ドラムマガジンに、

フォアグリップ、タクティカルライトに、

IOTECHのホロサイトが載っている。


奏は重火力が好きな為、

西側、東側に関わらず機関銃を使いこなす。

様々な機関銃を保有していた。


奏はCQBエリアに到着した。

突入体勢を取りセレクターをフルオートに入れる。


トリガーを引き絞り、発砲しながら突入する。

フルオートの強烈な反動と銃声と共に

薬莢が排出される。


―クリア。

そう思った奏は銃口を下げ

再び突入体勢を取る。

辺りには硝煙の濃い匂いが漂っていた。


それを繰り返すうちに光がある所に出た。

壁が無い。

どうやらCQBエリアの終わりなようだ。


奏はRPKのドラムマガジンを取り外し、

背中の小型背嚢に詰め込んだ。

小型背嚢から取り出した新しい

ドラムマガジンを装填し、

チャージングハンドルを動かし

薬室に装弾されていることを確認できる。


一連の動作を覚えた奏は

1度伏せ撃ちの体勢をとった。

太腿を45°に開き、

両脚を倒すように内側を地面に着ける。


基本的な伏せ撃ちの体勢だが奏にとっては

理にかなっていた。


11時から1時方向は視界は良好。

2時付近には遮蔽物である

直方体の置物があった。


瑠衣が出てきそうなCQBエリアを

フルオートで掃射する。

20発ほど撃ったら引き金から

指を離し再び様子を見る。


奏が撃った後にはペイント弾の

オレンジの塗料が付着していた。


フルオート射撃の反動は簡単に制御出来た。

銃口から硝煙の白い煙が漂う。


奏の付近に熱い薬莢が

転がって行ったのを横目に

再び頬付けして瑠衣が出てくるのを待つ。


「…来ないじゃん。るいるい。」

不服そうに頬を膨らませながら

奏は目の前の遮蔽物に移動する。


遮蔽物に対して屈み、

RPKのフォアグリップを叩いた。

すると小型のバイポッドのような物が

素早く展開される。


こうすることで安定した射撃が出来る。


機関銃使いの奏にとって

バイポッド付きフォアグリップは

非常に重宝出来る。

二脚が着いていない銃もあるからだった。


ストックを頬付けし、

左手をストックに干渉しない程度に重ねる。


右手はもちろんトリガーに指をかけている。


ホロサイトの赤点を覗いていた奏は

見慣れないものを見つけた。黒い何かだ。


ここから黒い何かまで凡そ40m弱。

必中距離だ。奏は引き金を引き絞る。

強烈な銃声と反動と共に薬莢が排出された。


射撃した後は硝煙により

一時的に視界不明瞭となっていた。


「やったかな。」

しかし奏の反応とは裏腹に飛んできたのは

9×19mmのペイント弾だった。

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