任務編

第1話 ASCA

12月というのに最高気温は20℃を超える。

冬とは何なのか考えざるを得ない。


そんな冬の暖かい日に1人の女子高生が居た。

痩身を紺色のブレザーと白のカッターシャツ、

膝下のラインスカートに身を包んでいる。

そして彼女はとある男と対峙していた。


「いい加減降伏したらどう?あんたの組生きてる奴あんたしか居ないんだけど。」

そうP320を構えながら男に言う。


「このクソアマが…何が目的だってんだ。金目のものは全部お前ら組織に渡しただろ。何がやりてえんだ。」


「さあ。上のことは分からない。やれって言われたからやるだけ。あんた達がやってきた事は女の子達を乱暴するだけじゃ飽き足らず、残酷な方法で殺した。少なくともその報いは受けるべき。」


「知らねえよそんなこと。大体部下がやった事だ!俺には関係ねぇ。」


「関係あってもなくても組の長なら長として責任を取るべきでしょ。」


「…」

男は黙り込んでしまった。

だが次の瞬間、

血だらけの男は最後の力を振り絞るように

力を込めて拳銃を女子高生に向ける。


しかし彼女にはそんな小細工は通用しなかった。

男の腕が上がりきる前にP320の照門と照星を

男の胸と頭に合わせ1発ずつ発砲する。


硝煙と共にP320が反動で上に上がり、

熱を帯びた薬莢が硝煙の白い煙と

共に2発排出される。


男の胸はたちまち赤く染まり、

頭部は銃弾が貫通して後ろの壁に血が撒き散らされ、

脳髄が銃創部分から血液と共に滴り落ちた。


「HQこちら瑠衣。任務完遂。権上会は全滅。長は射殺。送れ。」


「こちらHQ了解。車は外に待機させてある。帰投せよ。」


「瑠衣了解。帰投する。」


「はぁ…」

ため息をつきながら瑠衣は帰投の用意をする。

P320を腰のホルスターに戻しMPXのセレクターを

セーフティに戻し肩にスリングをかける。


ふと部屋にある鏡を見た。

制服が返り血に染まりどす黒くなっていた。

「この制服気に入ってたのに…」


少し残念そうにするが組織より

供与されるため無問題であった。

部屋を見渡すと死体が6体転がっていた。


頭部を吹き飛ばされ原型を留めていない物、

首元にドスが突き刺さって死んでいる物、

様々な形容が見て取れた。


瑠衣は踵を返して部屋を出た。

階段を降り玄関を抜ける。

目の前には組織の車である、

黒のトヨタ ヤリスが止まっていた。


瑠衣はヤリスの後部座席に乗り込んだ。

「今日はどうだった?簡単だったか?」

「いつも通り。」

装備を外しながら瑠衣は答える。


「なんだよ瑠衣つれねえな。もう少し明るく答えたら彼氏とかも出来ると思うんだけどなぁ。」


「恋愛とか興味無い。早く車出して。」

「へいへい。」

組織の運転要員と軽い会話をした瑠衣は

後部座席で眠りにつく。

少しでも眠れる時間があるなら休息を取る。

それが瑠衣の信条だった。


目をつぶった瑠衣は日頃の疲れからか、

気絶するように意識を飛ばした。


―――――――――――――――――――――

ASCA(通称:組織)総本部

「瑠衣。着いたぞ。」


「ん…」

瑠衣は眠そうに目を擦りながら開ける。

装備を抱え、瑠衣は伸びをした。

筋肉がほぐれ固まっていた筋肉が伸び、

1種の快感のような物を覚える。


「お前あの短時間でよくそこまで眠れるな…」


瑠衣の専属運転手の栗田は変に感心した。

当の瑠衣は聞こえていなかったのか

歩き去っていた。


「歩くの早すぎだろあいつ…」


瑠衣は銃を個人装備室(更衣室)に戻し、

弾薬の余剰分を返納しに

弾薬管理室に向かっていた。


因みに返り血で染った制服は

予備の制服と取り替え、

特殊クリーニングして貰えることになった。


取れないと思っていたので

瑠衣にとっては嬉しい誤算だった。


ASCAでは非戦闘員も含めて

拳銃の所持が義務付けられており

拳銃の弾薬は余剰がそもそも発生しない。


しかし拳銃以外の所謂、

長物銃と呼ばれるものは、

ペイント弾を使用した隊員同士の模擬戦、

射撃訓練、ゼロインの調整、

任務のみしか使用しない。


長物を常に所持していても

規則的には問題は無いが、

邪魔になったり、重かったりする為、

常に所持する者は居ない。

その為余剰分が出やすい。


任務や模擬戦となれば尚更である。

射撃訓練やゼロイン調整射撃は

規定の数まで弾薬を使う。


しかし任務や模擬戦時は

隊員個人の判断に弾薬の個数を委ねられる。

その為余分に弾薬を持っていき、

使用しなかった分を余剰分として

返却する必要があるのだ。


因みに弾薬の受領も弾薬管理室にて行う。


「こんにちは。余剰分の弾薬を返納したいんですけど。」

弾薬管理室の職員に瑠衣が言う。


「了解しました。一応お名前をお願いします。」

「柳田瑠衣です。」


「確認取れました。どの弾薬を返納します?」

「SIG MPXの弾倉に装填していた9mmパラベラムです。任務に持っていきましたが、余剰分となりました。」


「数は?」

「28発です。」

瑠衣はそう言うと職員に

弾薬ケースに嵌っている

28発の9mm弾を見せる。


「これですね。数えますのでお待ちを。」

「分かりました。」


「27,28っと。28発全部ありますね。こちらでお預かりします。他に返納するものはありますか?」

「ありません。大丈夫です。」

「分かりました。ではこちらに返納確認の為にお名前を書いて下さい。」


「出来ました。」

「確認出来ました。ありがとうございます。」

職員が会釈すると瑠衣は

会釈し返し立ち去った。


少々手間のかかる手続きではあるが、

弾薬を横領されたら組織としても

お手上げなので仕方のないことである。


因みに疑いがかけられたものは、

弾薬を受領した数と情報部に存在する、

どれだけ発砲したかのデータ(銃に取り付けられている特殊な装置により算出できる)を照らし合わせて、

数を割り出し職員に確認を取る。


その後捜査により横領が発覚した場合は、

組織をクビになるか、事務職行きになる。

悪質である場合は、

銃殺刑となる程には重罪なのだ。


更に、新人隊員や、

2,3級隊員は任務を終える度に、

この様な捜査を受ける。


対して瑠衣含む1級上級隊員は任務ごとに

捜査は受けないが弾薬返納に関しては

全隊員共通の義務となっている。


また拳銃の弾薬補充に関しても同じであり、

ある程度発砲しなければ

補充することは出来ない。


その時、装着していた骨伝導イヤホンから、

瑠衣に通信が入った。


任務時はイヤーマフ兼集音装置付きのヘッドセットを

着けるがそれ以外は骨伝導イヤホンを装着する。

「瑠衣、瑠衣。聞こえてるか?」


「聞こえてる。なに?」

因みに声の主は瑠衣の専属運転手である。

専属運転手は所謂秘書の様な立ち位置だ。


「情報部の人間がお前に会いたいんだと。中央指令室に出頭してくれだとさ。」

「理由は?」


「分かりかねるね。ただ呼べと言われたからさ。」

「了解。すぐ行くって伝えといて。」


「あいよ。じゃあな。」

そう言うと通信は切れた。

しかし情報部からの呼び出しとは珍しい。


瑠衣は5歳から12年間ASCAで務めているが、

情報部の人間に呼び出しを喰らうのは初めてだ。


中央指令室に行ったのは何回もあるが、

出頭するのは初めてである。

――――――――――――――――――――――――

ASCA総本部 情報本部 中央指令室


「久しぶりだな瑠衣。元気だったか?」

「変わりありません。山口さんは?」


「俺も元気だ。情報部も中々ブラックでな。まあなんとか頑張ってるよ。」


「そうですか。無理をなさらずに。」

「おう。ありがとな。」


「山口さんが呼び出しを?」

「そうだ。瑠衣にとある任務を遂行してもらいたくてな。」

「任務?」

「まあ着いてこい。指令室で話す。」


待合室で待てと言われ待機していた瑠衣は、

新入りの時に世話になった

情報部の山口が呼び出したと知った。


山口とは15歳の

1級上級隊員への昇格試験の訓練教官、

そして瑠衣が5歳で入隊してから

面倒を見てくれた人物である。

瑠衣にとっては父親に近い存在であった。


瑠衣と山口は半年前の情報関係の任務以来である。

疎遠になるほどASCAの仕事は忙しかった。


「そういえば権上会壊滅させたんだってな。」

「はい。傘下の組織は未だに生きていますが本部は潰しました。傘下の組織が崩れるのも時間の問題です。」


「あいつらは武器じゃなくてヤクの裏取引が多かったからな。あいつらは気付いて無かった様だが、誰と何の取引をしたか分かるんだよ。」


「確かに。アイツらはVPN無しでメール上で取引をしていたとか。」


「ああそうだ。全く暴さんは警戒しねえから面白くねえ。」


瑠衣は自分の性格の悪さについて

自覚しているが

山口も山口でとんでもない性格だなと

改めて瑠衣は思う。


「おっと。着いたぜ。貴子さん。山口だ。こっちは連れの瑠衣。新しい任務のことで彼女を指令室に連れてきた。」


「あらぁ。瑠衣ちゃん。久しぶりね。元気してた?」

「貴子さん?お久しぶりです。何年振りでしょうか。」


瑠衣は貴子に律儀に頭を下げる。

瑠衣にとって母親のような存在であり、

母親を亡くし、ASCAに入隊してからの

身辺の世話をしてくれた。


瑠衣が幼く、

集団生活の年齢に達していなかった時、

貴子は瑠衣の面倒を見てくれた。


「さあ。分からないくらい長く会ってなかったからねぇ〜にしてもこんなに可愛くなっちゃって!」


「恐れ多いです。」

瑠衣は再び頭を下げる。


「全く変わってなくて安心したわ。はいこれ!通行証。気をつけて行ってらっしゃい!」


「ありがとうございます。またいずれ。」

「ええ。いつかお茶でもしましょ。」


「それじゃ行くか。」

瑠衣は頷き貴子に会釈をすると

通行証(ICカード)を、

リーダーに読み取らせた。


ドアが横開きに開き、中へ足を踏み入れる。

若干の冷気が伝ってくるのが分かる。


中に入ると

大小様々なモニターが最初に目がつく。

あるモニターはグラフのような物。


またあるモニターは任務遂行中の隊員の

一人称視点のカメラ映像と

思われるものが流れている。


ここはいわゆるHQと呼ばれる場所で、

作戦行動の命令や状況を集約する場所である。


「こっちだ。」

瑠衣は山口に連れられ奥の部屋に向かう。

ここは紛れもない長官室。

即ち情報部のトップの個室だ。


他にも応接室等があるが、

わざわざ此処に連れてこられたのは情報長官からの直々の命令である事は間違いないだろうと瑠衣は思った。


「じゃあ少し待っててくれ。」

山口はそう言うと長官室の扉を2回ノックした。


「失礼します。作戦科の山口です。長官、柳田瑠衣を連れてきました。」

「分かった。入ってくれ。」


「失礼します。」

山口は一礼しドアを開け入室する。

瑠衣もそれに伴って入室した。


長官室に入ると目の前には

応接用と思われるソファー。

その前には木製の机があり、

同じソファーで挟まれる形になっている。


その奥に

一際大きい椅子と机が設置されている。

その横にはASCAのシンボルマークである、

白狐を象った旗が設置されていた。


「初めまして、かな。私は情報長官の渡辺だ。よろしく頼むよ。」

「長官殿、初にお目にかかります。1級上級隊員の柳田瑠衣です。」


瑠衣は一言そう言うと

渡辺情報長官に頭を下げた。


「知ってるとも。君の活躍は幹部の間でも話題だからね。君のお陰で救われた命が幾つあることか。」


「ありがたきお言葉感謝申し上げます。」

「これからも頑張ってくれたまえ。さて、山口から聞いていると思うが君に任務を与えたい。」


「聞いています。どのような任務でしょうか。」

「山口、説明を頼むよ。」


「了解。」

そう言うと山口が資料を手渡してきた。

「情報部がとある情報を掴んだ。2ページを見てくれ。」

「これって…」

「近日中、と言っても詳しい日時はまだ掴めてないが、日本国内で大規模テロ事案を起こすと革命赤軍が。」


革命赤軍。日本国を共産主義に

染めあげるのが目的の組織。

ロシアや中国、

北朝鮮の支援を受けているとされており、

目的の為なら大量虐殺も

厭わない非道な奴らだ。


国連による国際テロ組織に認定されており、

ISやアルカイダ、タリバン等と

並ぶ危険組織らしい。


「場所は?」

「それも含めて調査中だ。ただ大規模テロ事案だ。人の多い所、或いは何かの行事、同時多発的に起こすのも考えられる。赤軍のことだ。何をやってもおかしくない。」


「そこでだ、瑠衣。」

渡辺が再び口を開いた。


「君には革命赤軍による大規模テロ事案を阻止するべく武器の売買や密輸、革命的思想を持つ者に対して武力の扇動を行う組織を潰してもらいたい。」


「分かりました。出来ることはやります。ですが1つ質問を。」


「何かな?」

「私一人では対処しきれません。」


「心配するな。既に同じ命令を受けたペア達が動いている。君もそこに加わって貰うだけだ。」

「そうですか。分かりました。…今ペアと仰いました?」


「そうだとも。規模が大きい。1人で対処するのは不可能だ。よってペアで動いてもらう。」


渡辺がそう言い終わると山口が、

「入ってくれ!」と叫んだ。


「失礼します!」

まるで子供のような

大きな声で入室して来たその女。

顔や身体付きは瑠衣の

年齢と変わらないであろう。

だが喋り方は子供のようだった。


キャピキャピしていると表現したら良いのか。

とにかく眩しい存在だ。

とにかく瑠衣の1番苦手とするタイプだった。


その女は1歩踏み出して、瑠衣に近付いてきた。


「初めまして!1級上級隊員の柊 奏(ひいらぎ かなで)と言います!るいるい!よろしくね!」

奏はにこやかに瑠衣に握手を求めた。


瑠衣は思わず顔を引きつらせながら思わず口に出た。


「…マジかよ」

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