ディーラー

 男はレンタカーに乗ることをきっぱり断った。


「車種は違いますが、グレードは同じですし……」

「グレードの問題じゃありません。僕、地球の環境を汚したくないから高いお金出してEV買ったんです。それなのにレンタカーでガス車になんて今さら乗れませんよ」

「環境を大事にされるお心がけは素晴らしいと思いますが、これ以外のものはすべて貸し出しておりまして……。これしかないんですよ」


「いいですか?」男はますます青白くなったディーラーの顔を指差した。この男はディーラーのくせに何もわかっていないな。「排気ガスっていうのは二酸化炭素を大量に含んでいますし、人体にも悪影響がたくさんあります。僕がもしガス車を運転すれば環境も人体も破壊する殺人者になりかねません。だから乗れません」


 ディーラーは息を漏らした。


「そうおっしゃるとなると、もう歩いてお帰りいただくしかございませんね……」

「それは違うじゃないですか」男は言った。「だって保険の契約で事故した場合、レンタカーをお借りできるんですよね。EVのレンタカーを借りてきてくださいよ」

「お言葉ですが、それはさすがに過大要望だと思います」


「いやいや、だってそういう契約でしょ。ちゃんと契約のなかでのことを言ってるまでです。レンタカーがこれしかないのはそちらの過失でしょ。客の中にはこういう環境に配慮した人物がいることも想定して準備しておくものでしょ」


 男は唇を舐めた。


「僕はね、車以外にも、ペットボトルゴミになるものを買わないようにしたり、生ごみを堆肥にしたり、食品ロスをなくすために外食をしなかったり、宅配業者に再配達させないようにしたり、日々の生活の中でかなり環境に配慮してるんです。わかります? だからガス車になんか乗れるわけないでしょ」


 男が言い切ると、ディーラーは言葉を探すように目玉を左右に往復させたが、手で目を覆って俯いた。男が顔を覗き込むと、口の端が引きあがって、黄色い歯と歯茎が露わになっていた。勢いをつけてあげた顔は口の形が固定されていた。


「あなたはEVが環境に良い前提でお話しされていますよね」

「も、もちろん」

「極論を言われたので極論で返ししますが、人間の作るものに環境の良いものなどありませんよ。せいぜい環境に害の少ないもの、というくらいです」

「そんなわけ」

「そういうものです」ディーラーは男に割って入らせなかった。一歩踏み出して男との距離を詰める。「EVは排気ガスこそ出しませんが、二酸化炭素を多く輩出することはご存じですか? その二酸化炭素を吸う樹木も今日あなたは破壊されましたよね。それだけであなたは環境の敵です。もっというと人間は生命活動するうえで環境を破壊し続けるものなので、あなたも私も消えた方が環境に良いわけです。一緒に消えますか?」

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