第66話 エマ・フィッツジェラルド(エマ視点)①

「エマ御嬢様。本当に夕食は召し上がらないのですか?」


「もうやすむ」


「そうですか」


「用はねーから、はやく出てけよ」


「かしこまりました」


 さっさとメイドを部屋から追い出した。

 ひとりになりたかったから。


「なにやってんだよ。あーしは」


 ベッドに横になっていると、ヤソガミの言葉が頭に浮かんでくる。


"お前がジェットレディに憧れて国家魔術師を目指してたっていうのわかっている"


 ......あーしだって、なれるもんならなりたい。

 目指せるもんなら目指したい。

 あの白兎の言ったとおりだ。

 諦めきれないんだ。あーしは。


「思い出させるんじゃねえよ。この気持ちを......」




 あーしがジェットレディに憧れたきっかけは十年前。

 全国同時多発的〔ゼノ〕大量発生事件のあの日......。

 

「きゃぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁ!!」


 豊かなオリエンスの、平和なはずの街が大混乱におちいった。

 完全に魔法省も魔法協会も想定外の事態。

 少数のハイクラスのゼノが発生して緊迫するような事はあったけど、こんな事は初めてだった。

 

「なんだこの数は!?」


 各地の現場へ全国の国家魔術師が総動員されるも、多勢に無勢。

 このままではどれだけの被害と犠牲者が出るかわからない。

 国民全体が絶望的な恐怖に支配される中。

 事態が一変する。

 一部の国家魔術師の驚異的な働きにより、一気に状況が覆されたんだ。


「おおお!コランダムクラスの国家魔術師!マジですげぇ!」

「これがダイモンドクラス......す、凄すぎる!!」


 Aランク以上の国家魔術師はダテじゃなかった。

 彼らの大活躍により、オリエンスは救われたのだ。

 そして......。

 この事件で、一躍いちやく名をせた国家魔術師がいた。

 しかも彼女は、当時まだCランクにも満たない新人魔術師。

 その人の名は、ジェット・リボルバー。


「あ、あのひと、カッコイイ......」


 彼女が活躍する現場に、子どものあーしがいた。

 彼女はとても新人とは思えない立ち回りで人々を守りながら戦っていた。

 あーしは恐怖も忘れて目を奪われた。

 強かったから?

 違う。

 もちろんそれもあるけど、それだけなら他の国家魔術師でも良かったはず。

 なんと彼女は、あーしらに優しく笑いかけながら戦っていたんだ。

 人々が恐怖に怯えてパニックにならないために。

 あーしらに「大丈夫だよ」て、安心させるために。

 まだ新人の彼女が、そんなことをやってのけていたんだ。


「あの娘......スゴイぞ!!」


 後にその様子が話題になり、新人ながらジェット・リボルバーは一挙に魔術師界のアイドル的な存在となる。


 あの日以来。


 あーしにとっては、ジェットレディは憧れのヒーローになった。


「あんなふうになりたい......!」


 いつしかあーしも国家魔術師を目指すようになっていたのは、自然なことだったと思う。

 特にあーしみたいな、弱い子どもにとっては......。

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