第63話 どうしたい?

 * * *



 一日の授業が終わる。

 今日は平和だった。

 昨日までのゴタゴタが嘘みたいだ。 


「小僧もフェエル少年も、何だか元気がないのう」


 帰り支度をする俺たちへイナバが言った。


「ふんっ。若いのにお通夜みたいな顔しおって」


「別にそんなこともないよ。なあフェエル」


「う、うん。そうだね」


 微笑み合ったが、お互いぎこちなかった。

 問題は解決したはず。

 なのに一向に気分が晴れない。


 寮に帰ってからも、俺は物思いにふけっていた。


"あのコ、ビッチなんだって"


 昼休みに聞いた言葉が頭の中でよみがえる。

 ミアはその噂を認識しているのだろうか。

 認識していたとして、いったいどんな思いなんだろうか。

 見ていたかぎり、今日のミアは誰とも会話していなかった。

 自分から避けているのか、避けられているのか、あるいは両方なのか。

 たまたまという可能性もあるが、わからない。


「どうすべきなんだろうな......」


 ベッドに仰向けになって天井を見つめていると、様々な想念がよぎってくる。


「このままでいいのか......」


 時間が経てば自然と風化するだろうか。

 いや、学校という閉鎖空間を甘く見ちゃいけない。

 悪化する可能性すらある。

 むしろそうなる可能性の方が高いかもしれない。

 それは経験上よくわかっている。


 だけど......。


 そもそも俺がどうこうすべき問題なのだろうか。

 先生に言う?それとも学級委員長?

 それで解決するような問題なのかもわからないが。


「悩んでおるのう」


 イナバが枕元にぴょんと乗ってきた。


「お主はどうしたいのじゃ?」


「俺は......どうすればいいのかな」


「そんなもの自分自身で考えんかい。このタワケが」


「たわけって...厳しいな」


「ふんっ。でないと意味がないからな」


「......」


「まっ、後悔せんようにすることじゃ」


 イナバはニヤッとする。


「とはいえ人生に後悔はつきもの。ただ、何もやらないで後悔するよりは何かをやって後悔した方が、次に繋がっていくかもしれんな」


「それ、何をしたって後悔するってことじゃん」


「ふんっ。それは小僧の心持ち次第じゃ」


「なんだか曖昧で抽象的だな」


「それにじゃ。いつまでも考えているだけで何もしない奴は何も考えていないのと一緒じゃ」


「そんなこと言っても...」


「ええい!いつまでもうじうじしおって!」


 イナバはくるっと背を向けると、ドゴッと兎蹴りをかましてきた。


「ぐべぇっ!」


「シャキッとせんかい!」


「いきなり蹴るなよ!」


「お主がウダウダ言っとるからじゃ!このウダ神ウダ従め!」


「誰だよそれ!?」


「それはさておき、寝る」


「は?」


 途端にイナバはバッサリと会話を切って寝に入った。


「起こしたら喰い殺すからな。その時は重歯目じゅうしもくの真髄を思い知るがよい」


「いや怖いから!」


 ごろんとなった白兎を見てあきれながらも思った。

 イナバの言うとおりだ。

 いくら悩んで考えたところで、それを続けているだけでは何も変わらない。

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