第62話 中学時代③

 *


 〇〇が転校してからすぐだった。


「なあ八十神。お前に変な噂流れてるけど、あれマジなのか?」


 いきなりクラスメイトから言われた。

 なんのことだかさっぱりだったが、詳しく聞いてみてギョッとする。


「八十神天従は親友を裏切ったサイテーの奴」


 そんな噂がいつの間にか周囲で広がっていたんだ。

 にわかに胸が陰鬱いんうつに高鳴る。

 

「そ、そんなの、ただの噂だろ?」


 俺の声は震えていた。

 そんな噂、肯定できるわけない。

 かといって、否定すればするほど胸が苦しくなる。

 噂の発信源となる人物は容易に想像がつく。

 いずれにしても、噂を受け入れる選択肢以外、俺には選べなかった。


「お、おい?なんだよ?」


 それからだ。

 誰に話しかけても誰も応えてくれなくなった。

 気がつけば、俺はひとりぼっちになっていた。

 ようするにハブられたんだ。

 そして最初はシカトだけだったそれも、やがては物理的な嫌がらせへと変貌する。


「あっ、教科書が......」


 油性ペンで落書きされていた。

 始まったな...と思った。

 ついにイジメが、本格的に。

 

「俺が、悪いんだ......」


 これは因果応報だ。

 罰が当たったんだ。

 俺は親友を見捨てた。

 その罰が、俺に返ってきたんだ。

 

「だから、耐えるしかない......」


 ところが、そんな俺に奇妙なことが起こり始める。



 ある日。



 昼休みになると、クラスメイトの数人がニヤニヤと俺のところへやって来た。

 

「おい八十神。パン買ってこい。もちろんお前の自腹でな」


 断りたかった。

 ここで受け入れたが最後、これがずっと続いていくことになるのは目に見えている。

 でも、同時にこうも思った。

 〇〇も、同じようなことをされて、同じような思いを抱えていたんだろうか。

 それなのに、俺は気づいてやれなかった。

 助けてやれなかった。

 

「わ、わかったよ。何を買ってくればいい?」


 そう言って俺が立ち上がった瞬間だった。

 

 ガシャーン!


 勢いよく窓ガラスが割れて、野球ボールが飛び込んできたんだ。

 しかもボールは、俺にパシリを要求してきた奴の頭部にボコッと命中する。


「お、おい!大丈夫か!?」


 そいつは足元からガクンと崩れて床に倒れた。

 途端に教室内が騒然とする。


「きゃあぁぁぁ!!」

「ガチでヤバくね!?」

「保健室だ保健室!!」

 

 俺はどうしていいかわからなかった。

 ただ、こう思ってしまった。

 助かった、と。


「あれはマジでびっくりしたな」


 帰り道、ひとりつぶやきながら昼休みのことを思い返した。


「あんなこと、あるんだなぁ」


 しかし、それは始まりに過ぎなかったんだ。

 その後。

 俺のまわりでは、そんな奇妙で不可思議なことがたびたび起こるようになる。

 まるで俺のことを守るように。

 いや、少し違う。

 まるで、俺に害をなそうとする者へ、不吉なわざわいをもたらすように......。


「うおお!?」


 誰かが俺にちょっかいをかけようとしてきた時、なぜか突然ドアが外れてバターンと倒れてきた。


「な、なんだ!」


 誰かが俺にイタズラをしようとしてきた時、教室内にあったすべての花瓶が落下した。


「えっ!?」


 誰かが俺にゴミクズを投げつけてきた時、いきなり壁にかかっていた時計が落下した。


「どうした?時計が落ちたのか?」


 すぐに先生がやってきて時計を手に取ると、どういうわけか時計の針は四時四十四分をさしていた。


「!!」


 皆、絶句する。

 その後も、そんな不可思議な出来事は枚挙にいとまがなかった。

 ただ、一連の出来事には必ず俺が絡んでいる。


「八十神に関わるとたたられる」


 俺が神社の息子という事実も手伝い、そんな噂が立つまでにさほどの時間は要しなかった。


 それ以来。


 俺はクラスの人間のみならず、全校生徒から気味悪がられ避けられる存在となる。

 まだ一年生だった俺の、灰色の中学校生活の幕が上がったんだ。

 結局、その幕は卒業するまで下りることはなかった。

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