第61話 中学時代②

 そんなある日。

 恐れていた事態が起こる。


 放課後。

 教室に忘れ物を取りに帰る途中、隣の教室のドアの窓から見えてしまった。


「あれは......」


 掃除のために机と椅子が寄せられ、スペースが開いた教室の中。

 その中央で、一人の生徒がチョークまみれになりながら、複数人からモップやほうきで突かれている。

 

「ギャッハッハ!」

「ウケるわ!」

「ちょっとやめなよ〜」

「カワイソーだよ」


 周りには何人かのギャラリーもいて、冷かした笑い声を発している。

 そいつらの中には俺のクラスの奴もいた。

 

「あいつ、やっぱり......」


 途端に胸が締めつけられて、隣のクラスのドアの前で立ち止まってしまった。

 そこに俺は運悪く気づかれてしまう。 


「おっ、八十神じゃん」


 例のニヤついたあの男が俺のところへやってきた。


「そうだ。イイこと思いついた。八十神も来いよ」


 そいつは腕を引っぱってきて、俺を現場に引きずり込んだ。


「なあ八十神。コイツの小学校時代のおろしろエピソード披露しろよ。ウケた奴はコイツに向かって雑巾投げる。おもしろくね?」


 下品な笑いが教室に沸き起こった。

 俺以外の全員に濡れた雑巾が行き渡ると、そいつの口が俺に向かって残酷にひらく。


「さあ、やれよ」


 そいつは、俺のクラスのヒエラルキートップグループの奴らとも仲が良かった。

 顔が広くて幅を利かせていた。

 

「......」


 親友は汚れまみれになりながらみじめにうつむいている。

 小学校時代の見る影もない。

 なぜ、こうなったんだろう。

 〇〇がなにか悪いことでもしたのか?

 それは考えにくい。

 〇〇は良い奴だ。

 内気で引っ込み思案で中々クラスに溶け込めなかった俺にも、優しく声をかけてくれた。

 色んなことで取り残されそうになっていた俺にも、優しく手を差し伸べてくれた。

 小学校時代の俺は、〇〇に頼りきっていたと言っていい。

 だからこそ、中学では〇〇の手を借りず、〇〇に頼らないでやっていきたかった。

 〇〇に迷惑もかけたくなかった。

 それゆえに、疎遠にもなってしまった。


「オイ八十神」


 そのまま考え込んでしまっていた俺に、そいつが目を覚ますように耳元でささやいた。


「お前バカなのか?マジメに考えてんじゃねーよ。コイツの恥ずかしくなるよーなハナシをテキトーにすりゃいいんだよ」


 そいつの表情がふっと変化した。

 悪寒が走る。

 ここで従わないと、俺も危ないかもしれない......。 


「ええと......」 


 次の瞬間。

 俺の口から出てきた台詞は、信じられないものだった。


「俺、〇〇とは友達じゃないよ。一度も、友達だったことはない。だから何も知らない」


 これなら何も言わずに済むし見逃してもらえるかも。

 我ながらうまいこと言ったんじゃね?

 なんて一瞬でも思った俺は救いようのない大馬鹿野郎だ。

 そのとき、親友の顔がふっと上がった。

 目が合った。

 その眼を、俺は一生忘れられないかもしれない。

 悲しみと、憎しみと、驚きと、絶望と、様々な感情がない混ぜになった、恐ろしい眼差しを......。



 後日。



 隣のクラスで、イジメが発覚するという事件が起きる。

 やり過ぎたのか、ついに表沙汰になってしまった。

 ところが、事件化する前に、彼は転校してしまった。

 転校理由は「親の仕事の都合」。

 問題化したくない学校側としては有り難かったのかもしれない。

 結局、「当事者とされる生徒たちを厳重注意」するのみで、その事案は収束する。

 

 彼が傷つき、いなくなっても、何も変わらない。

 何事もなかったように、学校生活は続いていく......。

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