第60話 中学時代

 * * *



 中学に上がったばかりの頃。


 俺には親友と呼べるぐらいの友達がひとりいた。

 小学生の頃からの、俺にとっての最高の友達。

 いつも明るく優しくて、社交的で親切な彼に助けられたのは一度や二度じゃない。

 とかく内気で引っ込み思案だった俺にとって、彼は眩しいぐらいの存在だった。


「たかくん。クラスは別々になっちゃったけど、これからもよろしくね」

「あ、ああ!」


 中一になって、彼とは別のクラスになってしまう。

 けど、俺も頑張らないと。

 いつまでもあいつに助けられてばかりじゃダメだし。

 それに別々のクラスといっても隣同士。

 困ったらすぐに行ける......て、それじゃ今までと変わらないだろ!

 俺も俺で新しいクラスに馴染んでいかないと!

 そんな思いを胸に抱いて俺はひとり息巻いていた。 



「あれ?どうした?」



 彼の異変に気づいたのは、わりと早かったと思う。

 いつも明るいはずの彼の顔が、妙に暗く見えたんだ。


「風邪でも引いた?」


「う、うん。ちょっと体調が悪くてさ」


「保健室には行った?」


「これから、行こうかな」


「一緒に行こうか?」


「でも、あっちでクラスの友達がたかくんのこと呼んでるよ?」


「あっ、わるい!」


「ちゃんとクラスに馴染めているんだね」


「おかげさまで。そっちもだろ?」


「あ、う、うん。まあ」


「じゃっ、保健室行けよ!」


 俺はクラスメイトの所へ走っていった。

 今思えば、彼のことを見て見ぬフリをした最初の瞬間が、その時だったのかもしれない。



 ある日のこと......。



「なあ八十神。お前って小学校で〇〇と仲良かったんだろ?」


 隣のクラスの奴からいきなり妙なことを訊かれる。


「アイツのおもしろエピソードとか、なんか知らね?」


 質問の意図も意味もよくわからなかった。

 

「あー、なんかあったかなぁ」と答えを濁しながらも、なにか嫌なものを感じた。

 そいつの顔が妙にニヤニヤしているんだ。

 悪意がある?

 

「まーいいや。思い出したら教えてくれよ」


 そいつはニヤニヤしながら俺の肩をポンと叩いて、自分のクラスに引き返していった。


「なんなんだ?」


 そういえば最近、あいつと全然話してなかったな。

 なんかあいつ、小学校のころとは違って大人しくなったんだよ。

 学校で顔を合わしても挨拶ぐらいしかしないし、一緒に帰ることもなくなった。

 あれ?まさか俺、嫌われている?

 いやいやあいつに限ってそんなことはないだろ。

 今日、久しぶりにあいつと一緒に帰ろうかな。


「よお。久しぶりに一緒に帰ろーぜ?」


 放課後、隣のクラスに彼を訪ねていくと、妙な空気を感じた。 


「??」


 クラスの奴らはどこか訝しげな表情で俺を見る。

 そして、彼の制服はなぜかチョークの粉にまみれていた。

 その足元には黒板消しが何個か転がっている。


「どうかしたのか?」


 歩み寄っていくと、彼はひきつった笑いを浮かべた。


「な、なんでもないよ。掃除してたら、ドジっちゃってさ」


「なにやってんだよ」


 俺が彼の制服をはたこうとするなり、彼はその手をバッと振り払った。


「い、いいから」


「なんでだよ?汚れてるぞ?」


「自分でやるから」


「背中は届かないだろ」


「だからいいって言ってるだろ!」


 どういうわけか彼はかたくなに拒否をする。

 正直、イラッとした。

 こっちは親切で言っているのに、そんな態度はないだろ。

 納得ができない。

 

「なんで...」


 俺が問いただそうとした瞬間、ダッ!と彼は逃げるように教室から飛び出していってしまった。

 取り残された俺は唖然としてしまう。

 せっかく久しぶりに一緒に帰ろうと思ったのに。

 

「なんだよ。くそっ」


 苛立ちながら教室を後にする。

 途中、妙にニヤついたヤツらとすれ違い、その一人と目が合った。

 たしかコイツは......前に妙な質問をしてきたよな。

 あいつの小学校時代のおろしろエピソードを教えろとかなんとか。

 

「......」


 俺は無言で立ち去った。

 学校から帰りながら、胸がモヤモヤしていた。


「いったいなんなんだよ......」


 そのつぶやきは、自分で自分を誤魔化すためのものだったのかもしれない。

 断片的な出来事は、すでに繋がっていたんだ。

 でも、点と点を線にするのが怖かった。

 事実を認めたくなかった。

 なぜか?

 巻き込まれたくないから。



 それからの俺は......。



 隣のクラスにはいっさい顔を出さなくなった。

 学校で彼を見かけても、意図的に避けた。

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