過去と今

第59話 飛び火

 *



「おはよう。ヤソみん」

「ああ、おはよう」


 無事、疑いも晴れて通常どおり登校できるようになった。

 それでも俺のことを白い目で見てくる生徒は少なからずいる。


「ふんっ。まあ仕方がないじゃろう。人とは得てしてそういうもんじゃ」


 残念だけどイナバの言うとおりだ。

 その言葉にフェエルが神妙な面持ちで反応する。


「ヤソみんの場合、ジェットレディのスカウトで入ってきた特待生だからね。それも影響していると思う」


「そうなのかな」


「こんな言い方、ヤソみんには悪いけど......やっかみというか、もともとヤソみんのことを面白くないと思っていた生徒もいるんだと思う」


「エマがまさにそれだったわけだしな」


「ご、ごめん。嫌なこと言って」


「なんでフェエルが謝るんだ?あとは時間が解決してくれるのを待つよ」


「それこそ他の誰かが小僧以上の悪評で記憶を上書きしてくれれば手っ取り早いんじゃがな」

 

「神使の白兎がそんなこと言っていいのか」


「人の愚かさを説いただけじゃ」


 確かに、実際そんなものなのかもしれない。

 そう考えるとにわかに暗い気分になってくる。


「お、おはようございます」


 ギリギリの時間でミアが教室に入ってきた。

 彼女は目を伏せて、周囲と視線が交わらないようにそそくさと席に着く。

 とりわけ俺たちのことを積極的に避けているよう。

 俺としても、どう顔を合わせていいかわからない。

 しばらくは気まずいままなんだろうな。

 ただ、ありがたいことに、エマもトッパーたちも来る気配がまったくない。

 それは俺とミア双方にとって幸いなことだった。



 *



 昼休みになり食堂に行くと、妙な言葉が耳に入ってきた。

 俺とフェエルは思わず顔を見合わせる。


「ミアのことだよな?」

「うん。そうだね」


 ミアは食堂の隅で目立たないようにひとり食事をしている。

 俺たちはカウンターに並びながら聞き耳を立てた。


「あのコ、ビッチなんだって」

「えっ、マジか」

「自分から誘いまくってヤリまくってるらしいぞ」

「それヤバくない?」

「編入してきたばかりの特待生を喰おうとしたんだって」

「完全に淫乱じゃん」

「うわーキモい」


 俺もフェエルも言葉を失ってしまった。

 あの事件による影響は、思わぬ方向へ飛び火しているようだ。

 正直、なんと言っていいかわからない。

 テーブルに着いてからも、俺たちは食事にも手をつけず押し黙ってしまう。


「どうした。ちゃんと食わんと体力がつかぬぞ」


 暗く沈む俺たちに向かってイナバがしびれを切らした。


「ある結果により、また新たな結果が生まれる。そして人とは愚かなもの。これが愚かな人間社会のひとつの結果じゃな」


「そんな身もふたもない言い方するなよ」


「はからずも、これでお主の悪評もミア女子の悪評で上書きされて緩和されるかもしれんな」


「お、おい」


「落ち着けい。よいか?問題は、そんな現実の中で、何を考え行動するかじゃ」


 俺とフェエルは虚空をじっと見つめる。


「なにを考え、行動するか、か......」


「ねえ、ヤソみん」


「フェエル?」


「ヤソみんはどうしたい?」


「どうだろうな......フェエルは?」


「ぼくは、ただ......」


 フェエルは物悲しげな目を食膳の上に落とした。


「胸が悪くなった、かな......」


「そう...だよな」


「ヤソみん」


 やにわにフェエルが視線を上げた。その眼差しは俺をしかと捕らえてくる。


「なんだ?」


「ヤソみんはさ、なんでぼくを何度も助けてくれたの?」


「いきなりどうしたんだ?」


「後悔したくない。前にそう言っていたよね?あれはどういう意味だったんだろうって」


「意味か」


 すでに俺の胸には、中学時代の記憶が蘇ってきていた。

 何もできなかった、あの頃の自分。

 イジメられていた友達を、見て見ぬフリをした自分。

 友達を見捨てた、最低の自分......。

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