第56話 理由

「ヤソガミ君。それとも今はヤソミさんと呼んだ方がいいかしら」


 教頭室を出たところで、うしろから教頭先生に呼び止められた。

 彼女は俺に歩み寄ってきて、意外なことを口にした。


「ジークレフさんとは仲良くしている?」


「えっ??」


 質問の意図がよくわからなかった。

 なんでここで美少女学級委員長のことを?


「ええと......」


 返答にきゅうしながら、あっと思った。

 深緑の髪をアップにして細フレームの眼鏡をかけた知的な女性。

 リュケイオン魔法学園の教頭である彼女の名前はマリーヌ・ジークレフ。

 特異クラスの学級委員長と同じ、ジークレフという姓。

 あのの母親なのか?

 そんなに似てはいないけど、美人なのは共通している。


「いえ、やっぱり何でもないわ」


 彼女はすぐに引き下がってきびすを返した。

 俺はきょとんとするほかなかった。

 マリーヌ先生は、いったい何を知りたかったんだろう?


 *

 

 とっくに放課後となった教室。

 俺たちが戻るなり、白兎を抱いたフェエルが心配そうに駆け寄ってくる。


「そ、それで、処分は」


「おとがめなしだってさ」


「ほ、本当に!?」


「小僧!よくやった!」


 イナバがぴょーんと俺の頭に飛び乗ってきた。


「悪党どもとの戦闘を見られなかったのが残念じゃが」


 そのまま俺とフェエルとイナバでわいわいとやっていたら、

「おい」

 いきなりエマがずいっと入ってきた。

 その顔には複雑な色が浮かんでいる。


「オマエ、ヤソガミだったんだな」


「ああ、そうだよ」


「あーしをだましたんだな」


「お互い様だろ」


「ミャーミャーは知ってたのかよ」


「ミアも知らないよ」


「そっか」


 エマは一呼吸置いてつぶやくように言った。


「なんであーしらを助けにきたんだ」


「えっ」


「だから!なんであーしらを助けにきたんだよ!」


 エマの声のボリュームが上がる。


「あーしもミャーミャーもオマエをめた敵だろ?なんで敵二人をわざわざ体張って助けにきてんだ!」


 エマは必死だ。

 彼女の言うことはわかる。

 エマに対してもミアに対しても良くない感情があるのは事実。

 ハッキリ言ってムカついている。

 だけど、うまく言葉にはできないけど、もっと大切なことがある気がする。


「あたし...いや、俺は......」


「なんだよ!言ってみろよ!」


「ジェットレディみたいな、カッコイイ国家魔術師になりたい......のかな」


 俺が口にした事にエマが目をいて驚いた。

 それ以上に、自分で自分にびっくりした。

 俺、いきなり何を言ってるんだ?

 わけもわからずこの世界に来て、いまだに地に足がついているとも言いがたいのに。

 そもそも俺は、楽しい高校生活を送りたいだけのはず。


 ......いや、だからこそなのかな。

 フェエルのような友達と一緒に、国家魔術師を目指して頑張りたいなって。

 そしてどうせ目指すなら、ジェットレディのような国家魔術師がいいって。

 今ならそう思う。


「ふ、ふ、ふ......フザけんなぁ!!」


 エマは泣き叫ぶような大声を上げたかと思うと、

 

「オマエなんか、オマエなんか、オマエなんか......」


 次第に力なく膝をついて崩れてしまう。

 彼女の感情が今ひとつよくわからない。

 俺を嫌っているにしても、エマとはたいして関わっていない。

 そもそもエマは、トッパーたちに協力して俺をおとしめようとしただけじゃないのか?


「なあ、エマ。きいていいか」


「......なに」


「お前はなんでそんなに俺を嫌うんだ?」


 エマはうなだれたまま答えない。


「教えてくれ」


 一向にエマは答えてくれない。

 そんなに言いたくない理由があるのか?

 あまり無理して聞き出すのは良くないんだろうけど、今の俺には当事者として聞く権利があるはずだ。


「エマ」


 俺が諦めずにたずねようとしたら、彼女に代わって横からミアが思わぬ返答をした。


「エマちゃんは、ジェットレディに憧れて国家魔術師を目指していたんだよ」

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