第22話 呼び出し

 *


 授業が終わり、先生に別室へ呼び出される。


「ヤソガミくん。とりあえず座ってください」


「何の用じゃ?わざわざ教室から移動させおって」


「ちょっとイナバ!」


 イナバの口を塞いでそそくさと腰を下ろした。

 先生には特に怒っている様子はないけど......やっぱり怒られるんだよな。

 教室を水びたしにしたし、それどころかヘタしたら誰かをおぼれ死にさせたかもしれないし......。

 とにかく、まず謝ろう。


「あ、あの、すいませんでしたぁ!!」


 勢いよく頭を下げた。


「教室をめちゃくちゃにしてしまって!みんなを危険な目に遭わせてしまって!すいませんでした!」


「ヤソガミくん。頭を上げてください」


「は、はい」


 顔を上げると、先生の表情は普段とまったく変わっていなかった。


「あ、あの、先生?」


「ヤソガミくん。ここは魔法学園です。こういったことは起こりうることです」


「そ、そうなんですか」


「かつて教室を全焼させた生徒もいましたからね」


 そんなヤバい奴もいたのか!

 いや、俺も似たようなものか......。


「本校は魔術建築による特殊な施工により相当な強化が施されています。ですのであれぐらいでは壊れたりしません。その点はまずご安心ください」


「そ、そういえば、ガラスひとつ割れたりしなかったな...」


「あとはヤソガミくん自身よくわかっていますね?」


「え?あ、はい」


「よろしい。それがわかればもういいです。戻っていいですよ」


「えっ?あの、ええと、怒らないんですか?」


「怒ってどうなるんですか?」


「えっ??」


「さあ、もう教室に戻りなさい。私に余計な仕事を与えないでください」


 先生は初めから終わりまで表情ひとつ変えなかった。

 なんだか釈然としない。

 怒られたいわけではないけど......これでいいのだろうか。


 ハウ先生の考えが今いちよくわからない。

 最初は真面目で優しそうで良い先生かと思ったけど、どうもよくわからなくなってきた。

 先生も国家魔術師レース・マグスだから、ちゃんとした人ではあるんだろうけど。

 生徒の自主性を重んじているってことなんだろうか。

 ただやる気がないだけのようにも見えるのは気のせいかな......。


 いずれにしても、まだ初日だ。

 現時点で判断してしまうのは早計。


「し、失礼しました」


 気持ちはモヤモヤしたままだけど、俺は教室へ戻っていった。



「なんか、クラスのみんなと顔合わせるの気まずいな......」


「気にするな。ハウ教師も言ってたじゃろ。よくあることじゃと」


「よくあるとは言ってないけど」


「似たようなもんじゃ。それに皆、むしろ小僧に一目置いたかもしれんぞ?」


「そうであればいいんだけど」


「ほれ、着いたぞ」


「てゆーかイナバは余計なこと言わないでくれよ」


「ふんっ。仕方ないのう。なら黙っていてやる。そのかわり助けもせんからな」


「それでいいよ」


「ほら、胸張って入るがよい。オイラは寝る。今日は小僧のせいで疲れたわ」


「なんだよそれ。ハァー......」


 大きくため息をつきながらイナバを抱いた。

 重々しい気持ちで教室のドアをガラッと開ける。

 みんなの視線が一気に集まった。

 多くの生徒の表情は、どこかギョッとしている。

 その中で、待ってましたといわんばかりにツカツカとひとりの女子が歩み寄ってきた。


「ヤソガミくん」


 ジークレフ学級委員長が説教感全開でビシッと俺を指さす。

 

「貴方は加減ってものを知らないの?」


「あっ、さっきの魔法のことだよね。そ、それは本当にごめん」


 ちゃんと頭を下げて謝罪した。

 が、顔を上げると、より厳しいものになった彼女の表情が目に入った。


「ごめんで済むハナシ?あれは下手したら誰かを殺しかねないほどの力よ?なぜ加減しなかったの?」


「い、いや、最小限に抑えたつもりだったんだけど......」


「あれで最小限ですって!?」


 学級委員長の声がうわずり一段と大きくなった。

 同時にクラス内が騒然とする。


「あれが最小限?」

「どんな火力なんだよ」

「バケモンだぜアイツ」

「関わらないほうがいいよ」

「そーだそーだ」

「ジェットレディも理事長も、とんでもない厄介モン押しつけやがったな」

「勘弁してほしいぜ」

 

 この感じ......知っている。

 みんなの視線に込められている感情......あれは異物に対する嫌悪と忌避だ。

 俺は気味悪がられているんだ。

 中学の頃と同じように......。


「ええと......」


 言葉に詰まった。

 途端に胸が苦しくなった。

 もうこんな思いは、二度としたくなかったのに。


「チッ。気に入らねえ!」


 トッパーが教室の奥から怒り混じりに吐き棄てた。


「おもしろくねーヤツだ!」


「特待生だからって力自慢しやがって!きっとバカなんだアイツ!」


 ツレのマイヤーも同調する。

 アイツらだけじゃないかもしれない。

 みんな思っているのかもしれない。


 俺は目の前で唖然としている学級委員長を避けながら、

「もう、いいよね......」

 ガックリと肩を落としてトボトボと自分の席に戻った。


 戻る時、後ろの席でポランくんがなにか言いたげだったように見えたけど、気にする余裕がなかった。

 すっかり落ち込んでいたから。

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