第23話 意味があったんだ

 *


 一日の授業が終わった。

 

 みんな次々と退室していく。

 俺はまだ教室に残っていた。

 というのも人と待ち合わせをしていたから。

 その人に寮まで案内してもらうために。


「やあ」


 肩に誰かの手がポンと置かれた。

 振り向くと、待ち人ではない。


「ヤソガミくん。今日はおつかれさま」


 綺麗に整った顔をした紅髪のイケメン男子がニコニコと目を細めて話しかけてきた。


「挨拶が遅れたけど、ボクはセリク・クレイトン。よろしくね」


「あ、ああ。こちらこそよろしく」


 俺は若干いぶかしく彼を見た。

 この生徒は俺が気持ち悪くないんだろうか。


「ええと、俺になにか用?」


「用ってことでもないけど、やっぱりちゃんと挨拶しておきたくてね」


「はあ」


「だってキミ、おもしろいから。退屈しなそうだ」


「?」


「フフ。まあ、なにか困ったことがあったらいつでも言ってよ。ボクにできることならいくらでも協力するからさ。じゃあまた明日」


 彼は終始ニコニコとしながらやさしく手を振って教室から出ていく。

 と思いきや、入口の所で廊下側にいる誰かに声をかけた。


「今ならまだヤソガミくんいるよ?」


「で、でも......」


「いいからはやく行きなって」


「あっ」


 セリク・クレイトンに腕を引っ張られて一人の生徒が入口からにゅっと顔を出した。

 銀髪の小柄な女の子のような男子。


「ポランくん?」


 彼はセリク・クレイトンと入れ違いで教室に入ってくると、申し訳なさそうにゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「あ、あの、ヤソガミくん......」


「どうしたの?」


「ヤソガミくんは、まだ帰らないの?」


「人と待ち合わせているんだよ。その人に寮まで案内してもらう約束で」


「へ、へえ!?そうなんだ!だ、誰に案内してもらうの??」


「寮管理担当の先生って聞いているけど」


「そ、そうなんだね」


「ポランくんは?」


「へっ??」


「忘れ物でもしたの?」


「い、いや、その......」


 ポランくんはもじもじして目を逸らした。

 彼をじっと見ながら俺は考える。

 この感じ、ひょっとして......コクられるのか!?

 それは待ってくれ!

 まだ心の準備が!


「あ、あの!ヤソガミくん!」


「は、はい!」


 思わず俺は姿勢を正した。

 そんな俺を見てポランくんはびくっとした。


「あ、あの、そんな、構えられると......」


「だってこういうことは誠実に対応しないといけないだろ」


「えっ??ヤソガミくんって、心が読めるの??」


「読めるというより...感じる?」


「そ、そっか。さすがは特待生のヤソガミくんだね。ぼくの気持ちなんか言うまでもなかったんだね」


「もちろんだよ」


 やはりポランくんは俺に恋の告白をするんだ。

 ポランくんは相変わらずもじもじしていたが、やがて覚悟を決めた顔になる。


「ヤソガミくん!」


「はい!」


「ごめんなさい!」


 ポランくんは深々と頭を下げた。

 ......告白してないのにフラれたー!!


「え?え?ポランくん?」


「ぼくをかばってくれたせいでヤソガミくんが変な感じになっちゃって!本当にごめんなさい!」


「あっ、そういうことですか」


「え?なんのことだと思っていたの?」


「いえ、なんでもないっす」


 ヤベェ。

 思いっきり勘違いだ。

 自意識過剰にもほどがある。

 死ぬほど恥ずかしい。

 穴があったら入りたいどころか完全に潜り込んで地下迷宮を築いてそのまま一生を終えたい。


「まあ別に、俺が勝手にやったことだから、ポランくんが謝ることじゃないよ」


 うん。

 俺が勝手に勘違いしただけだからね。

 悪いのはイタイ俺の心です。


「で、でも、やっぱりちゃんと謝らないと気が済まないから!」


「そんな気にしなくていいよ」


「気にするよ!確かにぼくはアイツらの言うように情けないヤツだけど、そこまで腐ってはいないよ」


「そ、そうか」


「あとね?もうひとつ言わせて」


「?」


「ぼ、ぼくなんかを庇ってくれて、ありがとう」


 ポランくんは照れくさそうに微笑んだ。


「でも、さすがにあれはやり過ぎだけどね」


「いや、自分ではもっと抑えたつもりだったんだよ!」


「ぼくはたまたまヤソガミくんの一番近くにいたからあまり被害を受けなかったけど、トッパーくんとマイヤーくんはモロだったよ。スラッシュくんやセリクくんはどうなっていたかわからなかったけど」


「いやホント、すいません」


「ぼくね?正直、おびえたトッパーくんたちを見て、少しスカッとしちゃったんだ」


 困ったようにはにかむポランくん。


「ぼくって性格悪いね」


「いや、どう考えても嫌な奴なのはアイツらだろ?正直、アイツらだけは助けなくても良かったんじゃないか?」


「ヤソガミくんも性格悪いね」


「かもな」


「ぷっ......ハハハ!!」


 ふたりとも同時に吹き出すと、声を上げて笑った。

 笑い合いながら思った。

 また中学の頃の繰り返しなのかと思ったけど......今度は違うみたいだ。


 うまくできたかはわからない。

 でも、ポランくんが笑顔を見せている。

 こうやってふたりで笑い合えている。

 俺がやったことは......意味があったんだ。


「あの、ヤソガミくん」


「なに?」


「ぼくの使う魔法のことなんだけど...やっぱり言っておかなくちゃいけないよね」


「え、まあ、俺はどちらでもかまわないけど...」


魔法って言われているんだ」


「緑魔法??黒魔法でも白魔法でもなく?」


「うん。主に植物を育てたり花を咲かせたり...そういった魔術なんだ。先生からは緑魔法の魔術師は希少だって言われたけど......たいしたことない上に地味でダサいよね」


 ポランくんは自虐的にアハハハと力なく笑った。


「〔魔法媒介装置アルマ〕が、おじいちゃんからもらった剪定せんていバサミっていうのも笑われる原因でさ。それでトッパーくんたちからすごくバカにされて......いや、昔から男子たちにからかわれているんだ。時には女の子からも」


「植物を育てたり花を咲かせたり......か」


「ヤソガミくん?」


「えっ、いや、フツーにすごくね?」


「へっ??」


 俺のリアクションが予想外だったのか、ポランくんはきょとんとする。

 

「す、すごい??」


「それってさ?イチゴとかリンゴとかバナナとか、ジャガイモとかニンジンとかを育てることもできるってことだよね?」


「あ、ええと、野菜や果物がるような植物を魔術を使用してたくさん育てるには届出をして認可を得る必要はあるけど......可能だよ」


「おおお!!それ、食いっぱぐれないじゃん!?」


「くいっぱぐれ?」


「いざとなったら自給自足の生活もできるよな!」


「は、はあ」


「もし俺がこの先路頭に迷ったら、その時はおなしゃす!」


「なんのハナシ!?」


 ......俺とポランくんはすっかり打ち解けてしまった。

 イジメられっ子と気味悪がられている者。

 似たもの同士と言えるかもしれない。

 それでも良かった。

 もう、ぼっちの学校生活は二度と御免だから......。


「じゃあぼくはそろそろ行くね」


「ああ、また明日」


「あっ、そういえばユイちゃん......じゃなくてジークレフさんも寮だったよ」


「え、そうなの?あんまり顔合わせたくないなぁ......」


「特異クラスの寮生はヤソガミくんとジークレフさんだけだから、仲良くなっておいたほうがいいとは思うけど」


「でもポランくんは...」ジークレフさんとはこのままなの?と言いかけたけど、口を噤んだ。


「あとね?ヤソガミくん。ぼくのことはフェエルでいいよ」


「ああ、わかったよ」


「じ、じゃあ、ぼくは...ヤソみんって呼んでいい?」


 フェエルはもじもじしながら言った。

 なにそのセンス?と思ったけど、可愛いからオーケーした。


「じゃあまた明日ね。ヤソみん」


 フェエルが可憐な美少女のようにフフッと微笑んで帰ろうとした時。

 突如、ばんっ!と教室のドアが勢いよく開いた。


「よお!ヤソガミ少年!」


 颯爽さっそうと入ってきたのは、スタイル抜群の紫髪の快活お姉さん。


「ジェットレディ!?」


 真っ先にフェエルが驚いた。


「えっ、ヤソガミくんの待ち人って......ジェットレディだったの!?」


「いや違うけど!?」


 思わず俺はガタンと立ち上がった。


「まさか寮の管理担当の先生って、ジェットさんだったのか!?」


「なわけねえだろ!」


 ジェットレディは陽気にアッハッハッと笑いながら俺のそばにやってきた。

 彼女は懐かしそうに教室内を見まわす。


「うんうん、あんまり変わってないなぁ。よしっ、そんじゃあ寮まで行くとすっかぁ!」

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