第42話/シルヴィ達の過去Ⅰ
「――シルヴィ。ちょっと隣いいか」
千年前。ドワーフの国が建国されて間もなく、ダイヤという新たな仲間を歓迎している最中、若々しく爽やかな声を発した勇者ルニグがつまらなそうに仲間たちを見つめながら石に腰をかけ休んでいるシルヴィの前に立った。
勇者というだけあり、装備は一流。だが新品のように綺麗というわけではなく激戦を渡り歩いた証である傷が鎧のいたる場所に刻まれておりボロボロだ。それでも変えないのはその鎧を気に入っているため……ではなく、単に修復してもらうためにわざわざ材料を集めるという時間が無駄だと感じているのだ。
それはさておいて、若干ずぼらな彼の言葉に小さく頷くシルヴィ。少しだけ右に寄り彼が座れるほどの場所をあけ、ルニグを座らせた。
「それで改まってどうしたの」
「この先、魔族との戦いが多くなる。それなのに君は一体いつまで彼らを庇う気だ? 今回といい、前回といい。俺たちは魔王を討伐するためにここまで来た。魔王の元へ行くのを阻む魔族は倒して当然だというのに」
「またそんなこと……」
「『また』じゃない。俺は君を心配してるんだ。シルヴィの魔族を思いやろうとする気持ちは実際のところいいことだとは思うからな。ただ君はこのままだといずれ後悔することになる。魔族とはなんたるかわかっていないんだからな」
「そのくらいわかってる」
「わかっているやつが、どうして今回魔族を見逃した? あれは近隣の村を滅ぼそうとした魔族で野放しにはできないんだぞ」
「滅ぼそうとしただけ。つまりあれはまだ何もやってないんだよ。なにも罪を犯していない魔族を殺すなんてことは絶対に嫌」
「はぁ……やっぱり何を言っても無駄か……俺は言ったからな後悔するって」
「忠告ありがとう。でも後悔しないから安心して」
「そういうことじゃあないんだけどな」
やれやれと首を振ったルニグはすっと立ち上がると、少し離れた場所で仲間たちの元へと向かった。
ダイヤはその時はまだ何も知らないが、六人程いる仲間の中で大半が魔族を助けようとするシルヴィのことを嫌っている。魔族に家族を殺されていたり、魔族による惨状を目の当たりにしてきたからこそ、彼ら魔族を助けるなんて考えられないとすれ違いが起きたが故だった。故にダイヤの歓迎の祝福はシルヴィから少し離れ、シルヴィもなるべく離れた場所で見つめていたのだ。
「別に私のことを心配しなくてもいいのに。どうせ私のことをわかってくれる人なんて誰もいないんだから」
それから暫く。季節が一度変わるほどに時間が進んだある日。ルニグが懸念していた問題が発生した。
「ルニグ! スキュアがそっちいった!」
近くの魔素溜まりの処理をするべく訪れた森の中で魔族と鉢合わせていた。それも神のいたずらか見張りをしていたダオラット・メールシュートルが見つけた魔族はシルヴィが必死になって彼らから逃がした魔族スキュアだった。
「くそ、寄りにもよって魔素の強いこの場所で……!」
スキュアは人の血や肉を喰らう魔族。とはいえ、ずっと食べなければ生きていけないというわけではなくその味を覚えてしまったがために人を襲うようになった魔族だ。それも、より効率よく喰らうため、いつも人の姿で徘徊しており、彼らの口に隠れた鋭い牙はどんな肉をも切り裂く鋭い牙がある。ようするに人を騙して短時間で腹を満たすための進化した魔族である。
そんな魔族を逃した代償はとても大きく、前回あった時よりも遥かに素早い動きを見せていた。加えて周辺の魔素が溜まりによって濃くなっているのだから、スキュアは騙すよりも自分の力でねじ伏せてしまおうと襲ってきたのである。
「人間の肉! 喰わせロ!」
「させるかッ!」
何もない空間から取り出した大剣でスキュアの突進を受け流す。ガキンっと音が響くほど強く衝突したにもかかわらずスキュアのスピードは落ちることはなく、弾き飛ばされた自身の身体をぐるりと翻し再びルニグに飛び掛かる。
大きく開けられた口に見える鋭い牙。滴る涎。彼らが前に見たスキュアから想像がつかないほど自我は無く、獰猛になっているのがわかる。元々高貴な魔族でもあるためここまでとなると、感じ取れないだけで相当周囲の魔素が濃いことになる。ならばもうスキュアを放っておくことも見逃すこともできない。
再び大剣でスキュアの突進を防ぎ、時間を稼ぐため力任せに放り投げる。
「【
「【
スキュアを放り投げたことで詠唱の時間を生み出すことが叶い、その隙にと大剣に嵌め込まれた二つの属性付与魔法を発動。直後にそれをその場で振り下ろした。ただ空を切ったわけではなく、切り裂いた空間から雷鳴が鳴き雷と炎を纏った斬撃の衝撃波が放たれていた。
しかしあろうことかシルヴィはそれを妨害した。
シルヴィが使用した【
案の定と言うべきか。薄々こうなることを予想していたルニグが今の一瞬で血相を変え、しかし静かに怒りを顕にした。
「いい加減にしろシルヴィ……!」
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