第43話/シルヴィ達の過去Ⅱ

「いい加減にしろシルヴィ……! お前は仲間を、人を殺す気か!」


 シルヴィの行動に怒りを沸かす勇者ルニグ。滅多に仲間に対して怒りを表に出さずにいたためか、彼の言葉で周囲が氷のように静寂が訪れた。それでも魔族の猛攻は止まらない。


 ルニグの威圧で一瞬体が委縮し隙が生まれ、そこにスキュアが飛び掛かってくる。自業自得と言えばそれまでだが、当然それに反応はできない。殺気により振り向けばもはや目と鼻の先。自衛する手段は打てない。いやそもそも何かをするという思考すらできない状態だった。


 スキュアの大きな口が視界いっぱいに広がった刹那、その魔族の頭が黒く濁った血肉となって消し飛んだ。


 突然のことに言葉が出ず、スキュアの血肉を被ったシルヴィは膝を崩し呆然としていた。


「シルヴィ……魔族の味方になるのはいいよ。でもこういうことだって起きる。その時真っ先に犠牲になるのは君。その後に私たち、町の人って連鎖になるんだよ」


 膝立ち状態になっているシルヴィと同じ背丈であるドワーフのダイヤが彼女の前に立って言う。呆れた顔色で腕を組んでいるダイヤの手には血塗られた小槌が握られている。そのことからダイヤがスキュアを仕留めたのは目に見えている。


「また……守れなかった……」


 まるでダイヤの話など聞く耳も持たず俯いたシルヴィが小さく呟く。その様子に苛立ちを覚えたのかシルヴィの胸倉を掴み頬を思い切り叩いた。


「助けたのにお礼もないし、守れなかったって……私たちを守ろうともしない人に魔族なんて守れるわけがないでしょ! この足手まといが!」


 仲間になってまだ数日だが、シルヴィのことは他の仲間から聞いており、大体は知っていた。だがまさかここまでとは思っておらず、ついには手を出して怒りをぶつけてしまう。


 突然叩かれ目が点になり、なぜ怒られているのか理解しがたいと言わんばかりの表情で更に虫の居所が悪くなってくるダイヤ。再び口を開こうとした瞬間、背後から物音と異常な気配を感じ取る。咄嗟にシルヴィを突き飛ばすとダイヤの右肩が何者かに貫かれた。


「うぁぁぁっ!」


「ダイヤ!」


 ずるっと彼女の肩に刺さった異物が抜け、ダイヤはその場に倒れる。彼女の背後には頭が吹き飛び活動を停止していたスキュアの身体があり、鋭く尖った爪のある右手を貫き手にしてダイヤの肩を貫いていたようだ。

 

「なん、で……頭飛ばしたのに……」


「……ダイヤ、動けるか?」


「なん、とか……」


 ダイヤが倒れた直後、ルニグがダイヤの元へと駆け付けスキュアを大剣で完全に行動できなくなるまで切り刻んだ。胴打ちで遠くに放るのも考えたが、もはや未知の領域ですらあるスキュアを生かしておく必要はなく止めを刺したのだ。


 その後、傷を塞ぐ薬をかけた。薬の効果は浅い傷ならばともかく、彼女のように深い傷となると一日ほど時間がかかり、その間は血の流れが止まらない。故になるべく出血しないように傷口を布で塞ぐ。


「シルヴィ。わかっただろう。凶悪な魔族であるほど危険だということが。……俺はお前とは昔からの付き合いだ。だからお前の夢のことを否定はしないが、魔族を庇うということはこういうことになる。これに懲りたら次からはしっかりと状況を見てくれ」


 未だ唖然と口を開けたまま、放心状態だったシルヴィに一切顔を向けずルニグは言った。もうここまで来ると彼自身彼女のことを庇いきれず、どうするべきかと考えているのだろう。


 だが答えは変わらない。今までも同じように考え脱退させるべきかと悩んでいたが、シルヴィの実力は確か。手放しては今後の旅に支障がでる。そもそも


 加えて彼女はルニグ達と一緒に旅をして長い。尚更今脱退させることに気が引けるのだ。


 ――当然それに反対する人もいる。


「……ルニグ、仲間になって、そんなに経ってない私が言うのもなん、だけど……そんな足手まといはさっさと追い出した方がいい、と思う」


「ダイヤ……確かに君の言う通りだ。だけど魔王を討伐するには、君が打ったシルヴィの剣……瘴気を断ち切る剣が必要だ。そしてそれを扱えるのは……それに実力もあるからな」


 痛みの走る肩に気を使い辛い表情を浮かべながら、シルヴィが仲間にいることで生まれる不利益があると言い彼女を脱退させるべき旨を言う。どれも正論で特殊な条件下でなければダイヤの言う通りにしていただろう。


 ルニグの言葉に言い返せなくなったダイヤはただ俯いた。こんなことならばこの人に剣なんか打たなければ良かったと後悔し、今まで数多の武器を打ってきた自分の目は、相手の人柄を見分けられない悔しさで歯を食いしばった。


 そしてそれから暫く、ダイヤは失踪した。シルヴィとは一緒にはやっていけないという、中々一方的な書き置きを残して。

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