第39話/怒りをぶつけても力は戻らない

 夜になった荒野は寒い。


 先日追っ手から逃れるために洞窟で暖を取りながらそんな話をしていたことを思い出したシルヴィは、身体を震わせながらむくりと起き上がった。


「……寒ッ!!!」


 フレアから受けた傷がまるで無くなってることに驚いていたシルヴィだったが、起きてからの第一声はそれだった。


 事実現在の気温は火で暖まらないと身体が凍えてしまう程の気温。何度経験しても昼と夜ではまるで別世界のような気温差で調子が狂う。


 とはいえ彼女はここで倒れることは出来ない。何故傷がないのか当人には分かりえない事だが、折角全快したのならと炎の球体を魔法で出し暖を取りつつみんなの元へと向かわなければと急いで先程の村、スカカイラ村へと向かう。


「フレアの言う通りだったんだ……」


 村にたどり着くと先程までいた村人の姿が一切なくなっていた。人だとすればこの短時間で跡形もなく存在が消えることは無い。もしもゴーレムならば術者が魔法を解いたり、一定距離離れれば消滅する。となれば信じ難い事だが村人はフレアが言っていた通り自ら作り出したゴーレムであるのは事実ということになる。

 

 また本来使えない時の魔法を、魔族語という魔族が扱う特殊な魔法で再現していた。フレアが魔王になったことで使えるようになったと考えれば、ゴーレムも魔族語で作り出したと考えることもできる。


 ――あの子を本当に止められるの……?


 考えれば考えるほど、フレアとシルヴィの力の差が身に染みるように実感し、女神の前で強がっていたにも関わらず不安が押し寄せ弱気になりつつある少女。


 しかし、不安になることを考えるだけ無駄と、首を横に振った彼女は、いつかのことを考えず目先のことだけを捉えて瀕死状態だったルーシャの元へと歩み寄った。


「ルーシャ……大丈夫?」


「あ……はい、何とか……休んだら少し楽になりました……あ、あのそういえば今までどこに……? 村の人も急に消えちゃいましたし……」


「大丈夫ならよかった。でも全部説明する前にダイヤを起こさなきゃ。話はそれからね。立てる?」


 流石は魔族と言ったところか。火だるまになり全身に火傷を負うような怪我を受けたにも関わらず、半分以上が治っている様子だ。


 魔族は昔から自己再生能力がどの種族よりも長けている。そのためあの程度でも最低一日、どんなに遅くても三日で治るのだ。


 最も急所を突かれた場合は再生できずに消滅するのだが。


 ともあれルーシャが無事なことにほっと息を吐いたシルヴィ。今まで起こった事を話すためにもまずルーシャに手を差し伸ばし立ち上がらせた。


 刹那膝から崩れ落ちそうになり、しかしシルヴィが何とか支えて倒れずに済ませる。少し身体が楽になったと言っていたが、ボロボロになった服から覗く足は震えており歩くことはままならないようだ。


 ならばと肩を組んでダイヤの元へとゆっくり近づく。


「ダイヤ……! 起きてダイヤ!」


「うぅ……あと五分……」


「起きないとここにある鉱石全部砕くよ!?」


「それだけは勘弁を!? ってあれ、シルヴィ……? 出てきて大丈夫なの? じゃなくて、店主は!? 私を狙ってた人は!? あと鉱石は!?」


「よし、起きたなら一旦落ち着こうかダイヤ。君が寝てる間に起きたこと全部話すから」


 夢心地な世界から段々と我に返ると思い出したかのように色々叫び飛び上がるようにして立ち上がるダイヤ。それを何とか押さえつけて座らせると、宣言通り起きた事を全て語った。もちろんその中には女神とのやり取りもある。


「うーん……にわかには信じ難いかな……よし、ルーシャ! ちょっと私を殴ってみて」


「な、なんでですか!?」


「本当に私の力が無くなってるのか知りたいの! ほら早く!」

 

「え、ぇぇ……」


 シルヴィは嘘をついていない。前世の頃からの長い付き合いだからこそそれは明白なのだが、自分自身で確認しないと落ち着かないダイヤ。


 そこでルーシャにとりあえず叩いてもらおうと、身体を大きく開き時が来るのを待った。しかし彼女の躊躇いは思ったよりも長く、その変な間を我慢するのが耐えられないダイヤは身体を大きく開きにじりにじりとゆっくり歩みよる。


 傍から見ればスライムとドラゴン。今にも襲おうとしているようにしか見えない上、ルーシャがものすごく怯えている。


 直前まで真剣な話をしていたからこそ頭を抱えたくなる光景で思わず息を吐くシルヴィ。ダイヤの肩を掴み強引に座らせてから脳天にチョップを軽くお見舞いする。


「あうっ!」


「ほら、硬化できないでしょ? わかったら次はルーシャを変に怖がらせないでよ……?」


「あうっ、わかったけどあうっ、そんなにあうっ、チョップしないあうっ、で!?」


「あ、ごめんつい」


 チョップした時の声が可愛らしく、つい無意識にチョップを繰り返していた。言われてから手を止めて、誤魔化すように頬を掻く。


「ともあれ確かに私の硬化が無くなってるね。まぁあった所ででもあったんだけど……」


「や、やけに冷静ですね……私なら絶対泣いてます……」


「いや、私も自分の力取られて悲しいし、怒りもあるよ。でもこの前とは違ってそれをぶつけた所でなにも発散はできないし、戻ってこないからね。それなら考えないのが一番じゃない?」


 先程からダイヤのテンションが高めなのは、まさに自分の力を取られたことに対する感情を抑えるためだった。


 先日、実質的に国から追放されるような形で逃げた際も自分の感情を我慢していたことから、私情で周りを困らせたくないという優しさを持っていると考えられる。しかし今回はダイヤの言うことにも一理あり、やれやれと息を吐いたダイヤに誰もが何も言うことはしなかった。

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