第38話/自分の『運命《ものがたり》』は誰かに決めてもらうものじゃなくて、自分で決めるもの

「お久しぶりです」


 鈴の音色ような心地よく綺麗な声をかけられるまで自分の意識が飛んでいたことに気づかなかったシルヴィ。不思議と痛みのない身体を起こして声の主を探す。


 先程まで荒野にいたのは間違いないのだが、周りは荒野のこの字もないほど白に包まれていた。


 見た事のある、感じたことのあるこの空間。記憶を辿れば数年前に一度訪れたことのある天界を思い出し、まさかと声の主を呼ぶ。


「もしかして女神……」

 

「ええ」


「てことは私は死んだの……?」


 名前を呼んだ瞬間、先程まで見ていたフレアと同じ氷のような無表情の顔から放たれる冷たい視線を感じ、振り向けばやはり女神と名乗る人物がいた。


 二度しか見ていない謎の多い人物だが改めて見てみれば、肩まで伸びた白髪とその前髪から覗く澄んだ朝空のような蒼い瞳が印象的だ。ただ謎が多いせいで未だに彼女が女神であることをあまり信じられることはできない。とはいえこの場所は死を迎えた後に訪れる場所、天界である。実際一回目の時はアデルキアとの戦闘で敗北し死を迎えて彼女はここにやってきている上、女神と会ったことがある。そのため、にわかには信じがたいが女神であるのは紛れもなく事実なのだ。


 そんな女神はシルヴィの問いに応えるべく、桜色に色づいた唇を動かして言った。

 

「まだ死んでません。正確には死に直面しています」


「じゃ、じゃあなんでここに」


「少し話をするため、意識だけこちらに来てもらっています。前に話しましたね。定められた『運命』のこと。実はあなたの運命は未だに覆っていません」


「……そもそも私の運命って」


 シルヴィの運命は、転生させた直後に女神が呟いていたため当人は当然知らない。『魔王とわかりあえない』という運命を。


 そのことを思い出したのか、間の抜けた声を出した女神はわざとらしく咳ばらいをして改めて運命についての話をする。

 

「貴女の『運命』は『魔王とわかりあえない』。貴女が人と魔を共存させるという夢はその『運命』によって妨害されているのですよ。そして運命は基本的に覆らない。故に前も今回も負けてしまった。所詮貴女は人間、やはり運命を壊し覆すことはできないようですね」


 溜息を吐き呆れた様子で言う女神。だがシルヴィは驚く様子も、絶望を浮かべているわけでもなく、じっと女神を見つめているのだ。なにせ運命が定められたとか、それによって自分の夢が叶えられないなどどうでもいいから。


 いや、自分の夢を叶えられなくなるのがどうでもいい、ということではない。女神の言う言葉がどうでもいいのだ。


 ふつふつと湧き上がる感情に身を委ねつつ、拳に力を入れるシルヴィは問いただすかのように言った。

 

「……言いたいことはそれだけ?」


「と言いますと?」


「その運命とか何とか、私に言いたいのはそれだけかって聞いてるの!」


 突然と怒声に身体が勝手に萎縮する女神。さすがは神と言ったところか急に荒げた声で話されたり、怒声を浴びるのには一切慣れていないようだ。


 最も神と人という立場において人が神に怒こるなど、本来罰当たりな行為のため、シルヴィのような人材は初めてで慣れることなんてなかったのが現実だが。


「な、ないですが……」


「なら私の考えを言わせてもらうよ。あのね女神様。私は誰かに『運命』を定められて、その通りにしか動けないとしても。誰かに夢を諦めろと言われても。私が私の夢を諦める理由にはならない。そもそも自分の『運命』を、神様だろうが、女神だろうが、誰かに決めてもらう筋合いはないんだよ。自分の『運命ものがたり』は自分が決める。その先に苦痛が待っていようとも、知ったこっちゃない! 人はそうやって生きてきてるんだから!」


 女神の『運命』という言葉に相当考えるものがあったのか、この際だからと自分の考えを大きくはっきりと言い放った。


 運命は他人に決められるものではないと。自らが選んで、導き出して、進むために決めるものだと。強く、強く。相手の目を捉え訴えかけるように、そして自分にも言い聞かせるように強く言った。


 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのか、女神の絶対に変わることの無さそうな不愛想な顔がきょとんとしており、返す言葉を失っている様子だ。


「だから私を元居た場所に戻して! あとは関わらないで……とは言わないけど、何も言わずに女神は女神らしく見守っていて! 絶ッッッ対私の夢を、人と魔族が共存できる世界を叶えて見せるんだから!!!!!」


「……わかりました。そこまで言うのなら貴女を信じて私はもう干渉せず見守る側になりましょう。心から貴女の夢が叶うことを祈ります」


 シルヴィの覚悟に圧倒され息を吐いた女神は、彼女の言う通りに彼女のこれから始まる『運命ものがたり』を見守り、見届けるため彼女の意識を現世へと返すことにした。最ももとより話すだけのためそのままでもいずれ意識が戻っていたが。


 だがシルヴィの熱に当てられた女神はただで戻すことはせず、フレアから受けた傷をまるで戦闘そのものがなかったかのように癒してから意識を戻すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る