第36話/魔王『フレア』
「……先程ダイヤ様が言っていたお連れの方ですか」
崩れた壁を跨ぐように店内へと入ると店主と目が合う。ダイヤ達は分からなかったが、一般市民にしては魔力が桁違いで人知を超えているのがシルヴィの肌にひしひしと伝わった。
だからこそ仲間に手を出したのはそいつであることを本能的に理解する。しかし攻撃に行動を移さずにいるのは彼の近くにダイヤが居り、実質的な人質になっているからだ。
「その人をどうするつもり?」
「貴女には関係の無いことですよ。ですがその肝と勇気に免じて教えてあげましょう。どうせ先程の小娘と同程度。私に叶うわけはありませんからね」
まだ彼女をシルヴィとは知らず挑発する彼は眠ったダイヤを抱えて空いている右手をダイヤの腹部に突き刺した。寝ているにも関わらずその衝撃で唸るダイヤだが不思議と血は出ていない。
とはいえあまりにも衝撃的な映像で流石に悲鳴を上げて目を瞑るシルヴィ。少ししてゆっくりと瞼を押し上げれば男の右手には拳大の石が握られていた。宝石のように日の光で綺麗に煌めくそれが一体何を示しているのか彼女にはわかるすべがない。
「これは彼女の力たるもの。これを魔王フレア様に献上するのが私の役目」
「フレア……!? それに魔王はアデルキアじゃあ……」
「アデルキア……? ああ、フレア様の糧となったあの魔族ですか」
一体彼が何を話しているのか見当が付かず、混乱してふらつく。
彼が発したフレアという名は彼女にとって特別と言っていいほどの名前で、今の学生時代に張り合った親友でありシルヴィの秘密を知りながらも協力してくれた人物だ。彼女の中には魔人がおり、確かに魔王になることも可能だ。しかしシルヴィが知る限りではアデルキアに勝てる人も魔人も存在しない。第一フレアも、その中にいるエイスという氷の魔人ですらもシルヴィに勝てないのだからアデルキアに勝てるはずなんてないのだ。
こんなのでまかせだ。フレアがアデルキアに勝てるはずがない。そもそもそのフレアは本当にフレアなの?
答えの出ない疑問ばかりが脳を支配し始めたところで、今までに感じたことの無い悪寒が背中に走った。
「噂をすれば……魔王様」
「魔王……!?」
思考を一旦放り投げて、悪寒を辿るように振り返る。
先程まで背後にはルーシャと市民が居たが、全員がその場で気絶し倒れている。しかしその惨状はシルヴィの目に映らず、代わりに入ったのはアデルキアが持っていた漆黒の翼を右だけ生やした女性。乱れた炎のような赤色の短髪。その毛先が雪のように白くなっており、澄んだ紅の瞳はしっかりとシルヴィを捉えている。
髪型こそ変わってしまったが、それでもそれがフレアであることは、長らく一緒に居たシルヴィはしっかりと認識していた。
「シルヴィ……久しぶりね」
「……っ!」
「どうしたのかしら、そんなに驚いて……数日ぶりとはいえ感動の再会……だと言うのに」
シルヴィの前でピタリと止まったフレアが口を開いた。どうやらエイスに入れ替わった時とは違い、自我はあるようだ。
ところが、感動の再会と言う割には嬉しそうな顔も驚いた顔もせず、機械のように無表情だ。
「ほう、あなたがシルヴィでしたか。それに魔王様とお知り合いとは……この世界も狭いものですね。それはそうと魔王様、こちらを」
「……硬化の力ね。ありがとう」
ダイヤの身体から取り出された宝石のような石がフレアの手に渡る。いくら親友とはいえそれがフレアの元へと渡ってはいけないような嫌な予感を感じたシルヴィは、咄嗟に魔王となった親友の手にあるそれを叩き落とした。
ゴトンと石が地面に衝突し鈍い音が響くといっときの静寂が生まれる。
かなり勢いよく地面に衝突した宝石のような石は衝撃でころころと転がっていたが、割れどころかヒビすら入っていない。ただそのことを知る人はここにはいない。というのも今のでフレアとその部下であろう彼の視線が槍のようにシルヴィに向かっているからだ。
「……シルヴィ、私の邪魔をしないで。それに親友には手を出したくない」
少しの沈黙がやたらと長く感じつつも、何食わぬ無の顔のまま石を拾うフレア。学生の頃はシルヴィに憧れを抱いていたのに今のシルヴィにはまるで興味を示していない。加えて彼女は親友には手を出さないという。親友でないのなら確実に手を出していると言っても過言ではないセリフが聞き捨てならなかったシルヴィは、フレアの腕を掴み今度こそ行動を制限させた。
なおも無表情のままであるフレア。忠告はしたと呟くとシルヴィの腕を振り払い彼女を突き飛ばした。
ルーシャのように壁が崩れるほどの威力ではないものの、背中を壁に強打するには十分すぎるほど勢いが強かった。
「私はもうシルヴィよりも強い。だからこそ、貴女を傷つけたくはないの。どうしてもというなら、相手をしてあげなくはないけど」
無表情なのにどことなく怒りと殺気を感じ、身体が震える。確かにフレアは以前と比べられないほど魔力が高まっており、せめても互角くらいだろう。
だがそれで戦わないという選択肢はシルヴィには無い。本能的にフレアを止めなければならないと、仲間の力たるものを取り返さなければならないと感じているためだ。
「本当に私よりも強いとしても、私は君を止めないといけない。仲間の力を……そして君自身を救うために」
「私を救う……もう手遅れなのよ」
シルヴィの言葉に俯いた彼女は、ぼそっと近距離でも聞こえにくいほどの小声で呟いた。
そして――。
「だから言ったのに、私の方が強いって」
戦いは一瞬で終わることとなる。
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