第35話/魔族語を扱う人間
瓶を投げつけられたと咄嗟に判断したダイヤは硬化してしまう。薬液の入った小瓶は旅先で軽い振動では割れないように丈夫にできている。なのにも関わらずダイヤに当たったそれはまるで脆い氷のように瓶は砕け液体は飛び散った。
「ダイヤ様。貴女は物理的な攻撃は効きませんよね。ですが
「ルーシャ逃げて!」
「ルーシャ……? まぁいいです、君には用はありませんので。さっさと消えてください【
ルーシャの名を聞いた瞬間店主の顔色が怪しくなった。けれど思い当たる節はなかったのか興味を無くし、短く唱えた魔族語の魔法で吹き飛ばす。
ただ彼が放った魔法は、この場を目撃されているため、ルーシャを逃がすのではなく
当然吹き飛ばした先には店の壁。それを貫き外へと放り出されるルーシャは微かに悲鳴を上げていた。
無論周りの住民は声や音で何か起きたのかと店やルーシャに注目している。だが見るだけで誰も助けようとはしない。それどころか心配する言葉も行動もしていなかったのだ。
まるで最初からこちらが敵だと知っていたように、嘲笑う視線がルーシャに突き刺さる。
そして店に残されたのはダイヤと店主のみ。ダイヤは身体を思うように動かすことが出来ず逃げることができない様子だ。
それもそのはず。彼女にかけられた薬液は原液の麻痺毒。本来は薄めて使うことで麻酔になる便利で危険な薬だ。そんなものを原液でかけられたのだから当然身体の感覚は無い。
硬化が解けた瞬間身体の自由が効かない恐怖へと身を投げるようにその場に倒れる。幸いにも身体の内部機能は働いているため呼吸はできる。それでも今まで味わったことの無い感覚に自然と息が上がり、感覚のない身体からは汗が分泌している。
加えてダイヤには魔族語に対する耐性はそこまでない。
まだ直接当てられていないだけいいが、魔族語の魔法の影響で込み上げる不快感が尚更彼女を蝕む。
「な……んで……魔族……語」
「魔王様の手下ですから使えて当然ですよ。あぁ、私だけでなく、この村全体が。ですけどね」
と話す店主だが、鼻から血が流れており魔族語を行使した負担があるのを物語っている。それでも彼は平然とした顔色、声色だ。まるで自分の身体のことを何も知らない。もしくは痛みを感じていないような状態。
何かがおかしいと思っても確たる証拠がない。第一平然と魔族語を使っているが彼は魔族ではないのだ。根っからの人間。魔人の可能性も無い。故にこうしてダイヤは不覚を取ったのだ。
「さて、あとはダイヤ様。貴女を連れ帰るだけですね。薬が切れると面倒ですし暫く眠ってもらいましょうか【
麻酔により感覚を失った彼女の頭を鷲掴みにして彼は唱える。零距離の魔族語の魔法。抵抗などできるはずもなくダイヤは意識を手放した。
「さて、あとは魔王様……魔王
――時は少しだけ遡り、ルーシャが吹き飛ばされた直後のこと。
流石に壁を破壊したからか耳を劈くような音が響きシルヴィの耳に届く。村の建物が少ないからこそそれがどこからなのかは簡単に予測できた。
「ルーシャッ!?」
すぐに向かえば火だるまになっているルーシャがそこにいた。
炎を浴びてもなお灰にならずにいるのは魔族故だろう。魔族は皆炎に強い傾向があり、例え魔族の魔法であっても多少火傷を負うだけで致命傷にはならないのだ。
それでも痛みは生じる。それはどんな種族でも共通であり、それを知るシルヴィは急いで水魔法で炎を鎮火する。
「一体何があったの!?」
鎮火してようやく周りからの視線が鋭いナイフの如くシルヴィたちを刺しているのを感じ取れた。ドワーフの国でもあった嫌な感じよりも遥かに痛い。
だが視線を気にするよりも先にルーシャの心配が勝った。もちろん何が起きているのか、そしてダイヤがいないことも含めて倒れこんでいるルーシャの頭を太ももに乗せて尋ねた。
「シル、ヴィさん……ここは、危険です……あと、ダイヤ、さんが……」
炎による火傷で痛みが伴い辛い表情を浮かべるルーシャは多くは語らず、ゆっくりと指を指しながらそう答えた。少女が示す先には壁が崩れた家があった。付近が未だに燃えていることからルーシャがそこから飛んできたのは言わずもがなだろう。
とはいえルーシャをこのままにすることは出来ずにいるシルヴィ。すると見かねた少女は建物へと向けた手をシルヴィの頬へと持っていき、苦しいはずなのにニコっと笑みを浮かべて言った。
「私のことは……大丈夫、ですから……早くダイヤ、さんを……」
場所が違い、抱える相手は息こそ、命こそあれどまるで魔王と対峙した時と同じものを感じるシルヴィ。ぞわりと身体が震えるがあの時とは違う。
ルーシャを優しく降ろし突き刺さる視線を無視して壁が崩れた家へと向かう。
周りの人の視線は全てシルヴィを追っているが手は出さず、不気味な笑いだけ放っていた。中には。
「仲間を見捨てたぞあいつ」「なんて罰当たりな」「あの人が噂の兵殺しね」
などとほざく輩もいるが、それらの挑発はシルヴィが唇を強く噛み締めるだけしか効力がなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます