第34話/スカカイラ村

 歩き始めて早三日が経過した。ドワーフの国からの追手はもう来ないと考えてもいいだろうが、国から近い街や村にはよらずにいた事で、今も尚魔王に対する情報は増えていなかった。


 また、ルーシャもあれ以降何かを思い出すことはなく、夜は細目で火の番をしていたり、見張りをしていたりとシルヴィの説得虚しく魔族の習慣のままこの数日間を過ごしていた。


 そして現在は情報の聞き込みを兼ねて路銀を稼ぐためにクリムアル大陸北西部スカカイラ村へと訪れていた。


 村の中は質素なものだ。村と言うだけあり、主要施設と住宅街はふたつ合わせても両手で数えられるほどしかない。

 

 いやそれほどならば村と言うよりかは集落か。どちらにせよ彼女達はこの村の歴史など興味はないようで村か集落など気にもしていない様子だ。


 当たりを見渡してみると街並み相応には人がいた。ドワーフの国から離れているからかドワーフではなく普通の人間のようだ。そんな中で困った顔色で世間話をする二人の女性の声が聞こえた。


「――そういえば最近ドワーフの国の方で何か問題があったみたいよ。なんでも魔法使いが兵士を殺したとか……」


「ええ? 世の中も物騒になったものね……その魔法使いは捕まったの?」


「それが皇女様を攫って逃げてるらしいのよ……ただどこに向かったかはわからないみたいで」


 ドワーフの国で起きたことが既にこの村にまで広まっていた。なるべく姿を隠せる場所で夜を過ごしていたせいで国から来たであろう人物とはすれ違わずにここまで来られたのだろう。

 

 けれどそれが不幸中の幸いという訳ではない。姿や名前などは話されていないようだが、魔法使いであることを明かせば疑われる可能性が高いからだ。


 加えてドワーフの皇女であるダイヤはクリムアル大陸では顔を知られているほど有名。そのため例え魔法使いであることを隠していてもダイヤと一緒にいるところをしっかりと見られると間違いなく誤解を招くことになる。


 とはいえ現在進行形で村を歩いているのだから時間の問題でもあるが。


「これ、私とダイヤは村から出た方が良さそうだね……」


 誰もいなさそうな場所、人目に付きにくい場所というのがほぼない中、木箱で身を隠せる場所を見つけ急いでそこに隠れる三人。コソコソとやれば怪しまれるため割と堂々と、しかし顔を見られないように素早く隠れて対策を練る。


「まさかこんな短い間に噂で広まってるなんてね……中々やるな私のとこの兵は」


「感心してる場合じゃないよ……ルーシャは魔族だから一人にさせる訳にも行かないし、私たちは情報を集められない。まぁスルーって選択もあるけど……必需品とか食料とか買わなきゃなんだよね……流石に今までみたいに狩りで食ってくのも大変だから……」


 まさに八方塞がり。冤罪のせいで全ての行動が制限されているようなもので非常に動きづらい。それでも情報はいいとして、せめて食料、必需品は入手したいところだ。


 認識阻害の魔法をかけるという手段もあるが魔法を使えば少なからず魔力の流れが発生する。それを感知されてしまうと意味が無い。


 また以前ダイヤが使っていた認識阻害の魔法を組み込んだフードローブは、サインズの一撃を受けた際に破れて以来、直していないため使えない。


「あの……わ、私が買ってきましょうか……?」


「いや、君は魔族だから一人にすると危ないから任せられないかな。ましてドワーフの国ならともかく、ここみたいに人しかいない所は一人にはできないよ」


「で、でもこのままだと……その、困るのでは……ずっと野営と言っても、食料問題が……」


「そうなんだよねぇ……特にここは荒地だから食肉になる魔物も少ないから尚更……」


 三人でため息を吐くとダイヤが覚悟を決めたようなキリッとした顔を浮かべると、ルーシャの手を引いて木箱の影から飛び出す。


 突然の行動にギョッとするシルヴィ。慌てふためく彼女を他所に、直ぐに戻るからと言い捨てて駆けた。


 ダイヤが攫われた事は知られている。だからこそ村を歩くことを渋っていたのだが、恐らく何か考えがあるのだろう。口を開け唖然としたシルヴィは再び息を吐きその場で待つことにした。


 




 村の商店へと向かったダイヤとルーシャ。堂々と歩いていたからか店にたどり着くまで誰にも見られず、それがダイヤであることは知られていない様子だった。


 しかし戸をひいた瞬間ドアベルが鳴り響き、中にいた店主が二人の存在に気づいた。


「いらっしゃい……って、ダイヤ様!?」


「シー! 静かにして! 私がここにいることがバレちゃうから……」


「は、はぁ……しかし何故こちらに? 噂では攫われたと聞きますが……」


 店内にいた店主は身体が少しふくよかな中年の男性だった。彼もまたダイヤが攫われたという噂を知っている。


「実は逃げてきたんだ。この子と一緒に。あともう一人いるんだけど近くで私達を攫った魔王の手下が来ないか見てもらってるの」


 ダイヤであることがバレたのはまだ計算のうち。平然と嘘をつき情報を聞き出しながら少しだけでも物を分けてもらえないか交渉する。それが彼女の考えだった。


 とはいえ物を貰えるとして、お金は無い。故に嘘をつく前から心の底では罪悪感に包まれている。


 ルーシャを連れてきたのは一人だと心細く、何かあれば証人になってもらったり、変に怪しまれないようにする為だ。


「……なるほど、事情はわかりました。それにしても流石はダイヤ様。まさか魔王の手下から逃げここまで来るとは……もしや必要なものでも?」


「うん、あ、でもお金……」


「お金は良いですよ」


 相手が皇女だからこそだろうか、なんの疑いもなくダイヤの言葉を鵜呑みにした店主は、入口から見て商品左にある商品を陳列している棚を漁る。そこには液体の入った小瓶がいくつもあり、しかし中身はバラバラの物が置いてある。


 刹那、踵を返した店主はそこに並んでいたであろう薄黄色の液体が入った小瓶をダイヤに向かって投げつけた。


「お金なんて、貴女を捕まえれば問題ないですからね」

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