4章

第33話/身を隠してつかの間の休息を

 次の街にたどり着く前に日が沈み、あたりは闇に包まれた。

 

 シルヴィ達は現在、洞窟の中で焚き火を囲うようにして暖を取っていた。


「クリムアルは昔から夜寒いままだね……砂漠じゃああるまいしなんでこんなに気温差があるんだろ……」


 焚き火の熱を浴びるように手を伸ばすシルヴィ。昔もクリムアル大陸の夜を経験しているが、どうにも慣れないようだ。


 というのも、クリムアル大陸の夜は昼と比べて約二十度近く差があるのだ。ドワーフや、近辺に住んでいる人ならともかく、都市からやってきた彼女には中々辛いものだろう。


「まぁ、ドワーフの私からしたら全然気にもならないんだけど……ルーシャは平気?」


「……」


「ルーシャ? あれ、シルヴィ。ルーシャがまるでキングベアの置物みたいに固まってるんだけど大丈夫?」


 心配そうな声で二人を見てみれば、ダイヤがルーシャの頬を突っついたり、引っ張ったり、こねくり回したりとルーシャの頬がなすがままされるがまま弄られていた。


 これで本当に固まったことに大して心配しているのだから不思議である。


 一方そんなことをされているルーシャは本当に動じることがなく、まるで人形化のように目が虚ろだ。


 試しにシルヴィもルーシャを揺さぶってみるが、ダイヤの言う通り置物のように固く動じない。経験上その状態が死ではないのは間違いない。なにせ魔族は魔物とは違い死を迎えると姿かたちが消滅するのだ。そのためルーシャの今の状態が一体何を示しているのか不明である。


「……はぅ……!? な、なにしてるんですか!?」


「あ、起きたって、起きたで正しいのかなこれ」


「じゃ、じゃなくてその……ふ、二人してなにを……」


「ん? ああ、いやルーシャに声かけても反応ないからいじってたんだけど、それでも反応なくてね」


 二人でルーシャの頬を突っついていると突然我に返り恥ずかしがるルーシャ。気を失っていたのかぼーっとしていたのかは定かではないが、自分の身に何が起きているのか理解できない様子で混乱している。


 事情を説明しても自分が固まっていたこともわかっていないようで、曰く記憶がないという。ただ何かを隠しているのか目を泳がせていることから本当は何かあったのだろう。しかし触れては欲しくないのかそれともそこまで気にしていないのか、その後言葉を発することはなく沈黙が続いた。


「ま、まあ、疲れてるだけかもね。自分が記憶喪失だって言われてからずっと私に付いてきて、さっき大変なことに巻き込まれたわけだし……明日も歩くからもう寝ちゃおう?」


「そう、ですね」


 その気まずさが耐え切れずにいたシルヴィが適当に誤魔化して眠りにつく。一旦寝てしまえば悩みは薄れ、気分もよくなるからだ。その様子にダイヤは納得していないようだったが、頭をかき乱してまあいっかと呟き眠りについた。


「え、あ……お、おやすみなさい」





 翌日、目が覚めたシルヴィは驚きの顔色を浮かべていた。というのも目を糸のように細めて焚火の火を見つめていたのだ。シルヴィが眠ってからかなりの時が経っている。火が消えていてもおかしくはないのに未だに炎が灯っているのだ。まるでその焚火だけ時間を忘れていたかのようだが洞窟の入り口から入る光は太陽の暖かな日差し。しっかりと時間は経過している証拠だ。だがそうなると焚火がずっと燃えている原因がなにか考えられるのは。


「ルーシャ……もしかしてずっと起きてたの?」


「は、はい……皆さん、その寝ちゃいましたし、見張りもかねて……」


「寝なきゃだめだよ!? 徹夜は集中力が続かなくなって、途中で眠くなったりするし何より肌に悪いんだから!」


 最後に関してはフレアの受け売りだが、夜更かしを何度か経験したことあるシルヴィだからこその説得力があった。魔法の研究でなんど徹夜して集中力が途切れ、襲われそうになったか数えきれないほど。けれどその説得力を以てしてもけろっとした表情を浮かべているルーシャはこう言った。


「えっと、その……お気持ちは、ありがたいんですが……眠くならないんです。それにその……思い出したことも少し、整理したくて」


「眠くならなくても寝なきゃって思い出したこと?」


「は、はい……その、昨日固まってた時あったと思うのですが、その……昨日起きたことを思い出してたらうっすらと思い出したことあって……シルヴィさんと会う前に暗い場所にいた……ような気がして」


「暗い場所かあ……それだけじゃあ君がいた場所はわからないかな……それに思い出したきっかけがわからない感じだよね」


「は、はい……本当に考えてたら思い出したってだけで……他にはまだ思い出せては、ないですし」


 しょげた顔して小さくなるルーシャ。責めている訳では無いがどうにもシルヴィが責め立てているように見えてくる。彼女の性格的に仕方の無いことなのだろうが、気にしていては話にならない。それでもなるべく相手を傷つけないような言葉を選びながら言った。


「そっかそっか。まぁ無理しないでゆっくりね。急いでる訳じゃないし」


「は、はい」


 優しい笑みを浮かべ、ルーシャの頭を撫でる。

 

 ほんわかとした空気が立ちこめる中、突然声が響いた。


「……もう話し終わった?」


「わっ!? だ、だだだ、ダイヤ!? い、いつから起きてたの!?」


「寝なきゃだめだよ!? って叫んでたところからかなぁ。昔のシルヴィに言ってやりたいなぁって思いながらそっから聞いてた」


 シルヴィが起きた時にはほぼ起きていたようなもの。つまり今までのやり取りを全て聞かれているということで、それを知った瞬間から羞恥心が溢れて顔が真っ赤に染まっていた。


 その様子をみてニマニマと変な眼差しを向けて笑い始めるダイヤ。シルヴィが軽く怒りを表すように頬を膨らませているが、それでもなお滅多にお見えにかからない照れが見られたためにニヤつきが止まらずにいた少女であった。

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