第32話/兵殺しの罪はたとえ冤罪でも重く

 結界を解除するとあたりが一気にどよめいた。あれだけ力を見せつけていた兵の死体が転がっているからだろう。それでなければピンチで負けそうだったシルヴィが見えない結界の中で勝っていたことに驚いているのだろう。どちらにせよ彼女には関係はない。


 ふうっと一息着いたところで慌てた様子を浮かべたダイヤが走ってくる。

 

「し、シルヴィ! その人殺したの!?」


「はぇ? 兵を殺すことは大罪に値するから殺しはしないけど……ただ負けを認めた直後に舌を噛んでって感じかな……」


「ならよかった……って言いたいところだけど、その状況が誰も知らない状態じゃあ証言が難しいんだよね」


「ならなんで聞いたの……ともあれ私はやってないよ」


「うん……まあシルヴィのことだから私は信じられるんだけど、その……」


 ひそひそと二人で話していると、ダイヤが周囲をちらちらと見始める。それに釣られるようにあたりを目だけで見まわし、聞き耳を立てると棘のある言葉がうっすらと耳に届き、化け物を見るような鋭い目がシルヴィたちに集中しているのがわかる。


 実際シルヴィが言ったように兵殺しは大罪。外から見ることの出来ないいわゆる密室で戦闘し、負けた人物が倒れているなら少なからず殺人と考える人が出る。


 またシルヴィは魔法使いだ。当の本人はやっていないと主張していても何らかの魔法で操り自害させたという捉え方も可能。つまるところ疑いが晴れる余地はほぼない。


 このままここに居ては住人が通報して兵士が飛んでくる可能性もある。ダイヤの手を取ってルーシャの元へと駆け寄るとそのままルーシャも引連れてその場から離れた。


 これではまるで悪いことをして逃げている状態。もし捕まれば確実に弁明の余地がない。けれど元々弁明できないのだからと逃げる選択肢を取ったのだ。


 少ししてダイヤがカラットと名乗っていた際に来た工房へとやってくる。中に入りダイヤがしっかりと外を確認した後施錠して三人は同時に息を吐いた。


「まずあの結界貼った後何が起きたのか教えてくれるかなシルヴィ」


「た、確かに……外にいた私たちは、その、中の様子がわかりませんでしたし……」


 二人がかりに質問されて焦るシルヴィ。ダイヤに至っては何故か怒っているような眼差しで見ている。


 言い逃れをすることは無いが、二人の眼差しから誤魔化すことはまずできないと悟ると一拍置いてから起こったこと全てを話した。もちろんサインズが魔王のことを慕っていたのも含めてだ。


 突然ダイヤが苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて唸る。どうしたのかと訪ねてみれば唸りながらこう言った。


「うーん……いやね……サインズは人なのは間違いないんだ。今の私と昔からの知り合いだったし……よく私をどこかに連れてこうとしてたけどもしかして魔王の元に持っていこうとしてたのかなと……とはいえ転生したことなんて話したことないし……なんで狙ってたんだろうなって」


「大体ああいうやからって力を求めてたりするものだと思うけど……そういえばサインズの攻撃受けても平気だったのはなんで? あれ地面を割るくらい威力恐ろしいのに」 


「そういえば忘れるところだったね。なんで耐えれたのか。私ね、転生してからあらゆる物理は受け付けない身体になったんだよね。まぁ正確には攻撃されたと感じたら勝手に発動する魔法みたいなものだけど……」


 転生者には何かしらの力がある。そうハベルが言っていたのを思い出す。その何かしらの力がダイヤは鋼鉄化、言ってしまえば完全防御魔法のそれが無意識に発動するという。


 ただ本人曰く、物理は。つまり魔法に対する耐性は皆無なのだろう。


 とはいえその力は想像するだけでも強力であるのが理解できる。目の前でそれを見た補正もあるだろうが、それをなしにしてもそれが強力なものであることは間違いない。


「もしかしてその力があることを知っていて利用しようとしていたから狙われたんじゃ……? 後は王族が気に食わなかったからって、さっきみたいに信用が落ちるのを狙っていたかの可能性も……」


「実際私の父、というかドワーフ王は民から不信感を買ってるくらいだからそれはありそう」


 だとしても今でなくてもタイミングはあるうえ、サインズがあれ程の強さを持つのならダイヤを狙わずとも良いはず。それを承知の上で犯行に及んでいるのなら他にも狙いがあるはず。


 何せサインズの口から魔王様と発せられたのだ。けれど本人が死んでしまった今、その本意はわからない。


「あ、あの〜……その、えっと……その魔王様って方の元に連れていこうとしていた……ってことも、考えられませんか……?」


 話を聞いていたルーシャが申し訳なさそうな声色で言った。確かにそれならばサインズが魔王と繋がっていることも、許しを貰おうとしていたことも理解できる。


 人間を憎んでいる魔王が人間であるサインズと繋がっている謎はどう足掻いても残るが、仮に繋がってなく信仰してるとしてもルーシャの言い分の方が説得力がある。


 ちなみに魔人の可能性はない。あの筋肉による怪力は化け物のようなものだが、それ以外は至って普通の人間だ。もしも化けているのなら死んだ際に変身が溶けてその姿が顕になっている。けれど、姿を保ったまま死んだのだ。そのため人であると確信できる。


「確かにルーシャの言う通りかもね……でも事の詳細は闇に包まれたままか……他にも魔王と繋がってる、もしくは信仰してる人探して話聞くしかないかな」


「そうなるね。でもここで聞き込みはできないから、他の街の方がいいかも。シルヴィ、この建物に認識阻害と私が戻ってきた時に転移門設置できる?」


「できるけど」


「ならそれお願い。あと私は一回ドワーフの王にあって来るね。元々この街の瘴気溜まり問題を解決するために外に出てたし」


 そう言って認識阻害のフードコートを着用したダイヤは工房を出ると早足で自分の父親がいる城へと向かっていった。





 暫くして工房に戻ってきたダイヤ。険悪な表情を浮かべ顔色は青く、額には汗が流れている。一目でなにかあったのは想像できた。


「シルヴィ……今すぐここを離れよう」


「ど、どうしたの」


「……後で詳しく言うけど、シルヴィの剣は直ぐに作れなくなった……とにかくここを離れた方がいいかも……」


 焦ってるのか、上手く言葉が出ていないダイヤ。それでもここは危ないことを告げて、シルヴィが転移門を急いで起動して国の外の荒野へと出る。そうしないと衛兵に見つかる可能性が高く最悪捕まってしまうのだ。


 外に出て更に国から離れてると、数人が丸々隠れられる大きな岩が見え一旦そこに身を隠した。


「……シルヴィが兵を殺したことになって、それを庇ったから反逆罪で狙われることになったの……カラットであることもわかってるみたいでその……工房を壊すって……」


 その場に座ると一息置き俯いて起きたことを話した。声が小さく、悲しさや悔しさを抑えて震えている。

 

 膝を抱える腕は強く見ているだけでもその悲しさが伝わってくる。


 ダイヤは鍛治こそ命と言うほど鍛治が好きなドワーフ。もちろん皇女だから国のこともしっかりと考えているしっかり者だ。だからこそ、国に裏切られるように突き放され挙句には自分の工房を壊される。


 全て冤罪でダイヤは正しいことをしたのにも関わらずその仕打ちだ。なのに一切涙を流さず、辛さが溢れる笑みを浮かべて顔を上げた。


「だからね、私もシルヴィ達と一緒に行くことにしたよ。まぁ頼まれたものができてないから、結局ついて行った方がいいし」


「ダイヤ……」


「さてと! あんまりここにいると追手が来ちゃうから行こう!」


 スっと立ち上がったダイヤはシルヴィとルーシャの手を引っ張って立ち上がらせる。そのまま先導するように前を歩きだそうとする彼女を二人は止めて。

 

「泣いていいんだよダイヤ。君の辛さはよくわかるから……」


「そ、そうですよ……その、辛い時に辛いって言えないのは、かえって辛くなると思いますし……えっとだからその無理しないで、ください」


 このまま辛い気持ちを押し殺していてもいいことは無い。時間でその気持ちは解決することがあるとはいえ、辛い時に辛いと言わず、仲間を頼ることもしないのはかえって気持ちが落ち込むだけ。


 それではいずれ心が壊れてしまうこともある。少なくともシルヴィはその経験を目の当たりにしたことがあり、だからこそ追手が来るという危険があっても足を止めさせたのだ。


 彼女の優しさが押し殺していた感情を溢れさせ、ダイヤは膝から崩れるようにして膝を地面に立てると、シルヴィに抱き寄せられる形で泣き叫んだ。


 少しして感情が落ち着いたダイヤはシルヴィから離れる。まだ涙声のままだが、今度こそ前を向き笑みを浮かべていた。


「シルヴィ、ルーシャ。ありがとう……改めて私は最高の一振を打つドワーフの鍛治職人ダイヤ! 今までの経験を君たちに捧げることを約束するよ、これからよろしく!」


 改めて二人の仲間になることを宣言したダイヤ。二人と握手をかわし次の目的地へと向かう。


 道中、気になっていたことをシルヴィに尋ねる。


「そういえば、ルーシャって私たちみたいに転生した感じじゃないよね……? もしかしてシルヴィの隠し子?」


「なんでそうなるの……事の経緯は長いから端折るけど、言うなれば拾った?」


「え、拾ったって……」


「それが、ルーシャは記憶喪失だから、出会った時には帰る場所も分からない状態だったの。だからまぁやむなくね」

 

 ダイヤのことを完全に信用しているため、ルーシャが魔族であることも含め、知る限りのことを共有しながら三人は歩を進めていった。

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