第31話/魔王を知る人物

 幻覚から覚めた彼は、自分の身丈ほどの大剣を両手で力強く握り空を切る。先ほどのように接近すると再び幻覚魔法を使われる可能性を感じていたのか、その場から動かずに剣を振った衝撃を放ったのだ。まるで魔法のようなことをしているが、彼の力があってこそできる技だろう。


 けれどシルヴィはその動作に動じることはなかった。彼の放った斬撃が腕を掠り激痛が走ってもなお、自分が描いた魔法陣に集中し、気にもしていない様子だ。


 そしてダイヤが持ってきた剣を魔法陣の中心に刺し、魔法を唱えた。


 「太陽は地に落ち大地を溶かす。【天炎プロメテウス】」


 その詠唱をするや否や、結界内部が神々しく暖かな光に飲み込まれる。光が二人の中心に収束すると太陽のような灼熱の焔の球体が現れ直火を受けているような熱波が二人を襲う。流石にそれを喰らえばいくら物量でシルヴィを圧倒するサインズも無事では済まない。


 本能的にもその魔法の危険度がわかるのか、ピタリと動きを止めるサインズ。球体を見つめる彼の額には動き回った際のでも、熱波によるものでもない汗が流れていた。


 ゆっくりと球体はサインズの方へと進み始める。


 決して早くないのに身体が言うことを効かず逃げることはできない様子。それもそのはずだ。彼の足は既に【砂の鎖サンドチェーン】にて拘束済み。力で抜け出すことも出来るが、その隙がある間も球体は進見続ける。そう考えれば抜け出したところで直撃は免れず無駄なあがきなのだ。


 ――だがそれは、魔法に対する対策を何もしていないならの話。 


 焦りを見せていたサインズが突然別人になったかのように顔を歪ませて笑い始める。死の恐怖に様子がおかしくなったとしか思えない状態で、思わず声が出るほど気味が悪い笑い。彼の様子に油断していたシルヴィは【天炎プロメテウス】の主導権を奪われたことに気づくのが遅れた。


 ゆっくり動くせいでわかりにくいが、サインズの方へと向かっていた魔法が次第にシルヴィの元へと押し返されているのは確かだ。


「馬鹿な女め。魔法使いと相性が悪いならば対策しているのが当然だろう? クハハ……まんまとかかってくれて笑いが止まらないな」


 どういう原理で魔法を跳ね返したのかは検討がつかない。シルヴィの知識でも魔法を反射するという効果を持つ魔法も、魔導具もない。


 当時の彼女ならば自分の魔法がそっくりそのまま跳ね返されたことに対して驚き焦るだろう。反射の原理が分からない以上自分の魔法をどうにかするにはそれ以上の魔力を消費した魔法を使う必要があるのだから。

 

 しかし今なら自分の魔法を打ち消すことなど容易い事だ。幸い【天炎プロメテウス】は元々灼熱で身体を焼く魔法。もちろん当たればひとたまりもないが大きさゆえに遅い。


「空を泳ぐ蒼龍は大地の悲しみを消し去るために涙を落とし、憎しみに溢る力を振るう。その力は万物切り裂く刃とならん《【蒼龍砲ノアブレイク】」


 肌を焦がすような灼熱を感じるほどだった暑さが嘘のように消え、雨が降り出す。けれど【天炎プロメテウス】はたったそれだけでは消えることはなく進み続ける。


 拍子抜けだ。所詮名もない魔法使い。とサインズが油断を見せた瞬間右足を撃ち抜かれる。

 

 痛みに耐えながら周囲を見渡すがシルヴィの姿は彼の瞳には入らない。それもそのはずだ。彼女が攻撃を仕掛けたのは【天炎プロメテウス】の前。つまり一歩も動いていない。


「なにを……した!? ……ッ!」


 次は左腕を撃ち抜かれるがサインズはその瞬間を見逃さなかった。シルヴィは【天炎プロメテウス】を貫くように水を操り攻撃を放っていたのだ。そのためか灼熱の焔の塊は次第に小さくなっている。


「水は高出力で発射するとあらゆるものを切断する鋭利なナイフになるんだ。もちろん今みたいにそれを弾として発射すればそこを貫くこともできる。まぁ弾にするのは水を主に扱う魔法くらいしか知らない魔法の応用なんだけどね。元々この雨から刃を作る魔法だし」


 サインズが悲鳴を上げたところで【天炎プロメテウス】は鎮火され、お互い焔によって隠れていた姿がはっきりと目に映っていた。


 シルヴィは既に次弾を放てる状態にあり、サインズは地に膝をつけている。もはや勝負など決まったようなもの。それでもまだ負けを認めない彼は、はったりをかける。


「くく……いいのか……? わたくしがまた反射を使えば今度は貴様が傷を負うことになるぞ?」


「反射……ね。できるならとっくにやって私を殺してるでしょ。多分それの発動には条件があって魔法を目視してる必要がある。違う?」


「違う……と言ったら?」


「試すだけ」


 シルヴィの憶測は正しいが、相手も馬鹿では無い。簡単に仕組みなど教えるはずもなく、彼はシルヴィの元へと駆ける。そうすれば反射した時のラグがなくなるため相手が反応できないと考えたから。


 しかしシルヴィの方が一枚上手だった。


 彼女の操る水の弾丸がサインズの横っ腹を撃ち抜いたのだ。更にその衝撃で駆けていた彼の身体がふらつきその場に倒れる。


 何が起きたのか目を白黒させながら思考を巡らせる。けれど血を失っているせいか思うように頭が働いていないようだ。


「私は一度も前からしか撃てないなんて言ってないよ。この雨全てが今の私の武器なんだから」

 

 そう彼女は一言も正面からしか撃てないなど言っていない。なのにシルヴィからしか放たれていないのを見てシルヴィに近づけば勝てると男は勝手に勘違いしていたのだ。


 そもそもシルヴィが改良していた蒼龍砲ノアブレイクの大元は雨を武器に変える魔法だ。雨があればどこにでも武器を作り振り回せる。その性質を刃ではなく弾丸にしただけなのだ。


「くく……ハハ……まさかこの私が負けるとは……あぁ……。不甲斐ないわたくしを許してください」


 勝ち目はないと後ろ向きに倒れたサインズは笑いながら口にした。


 彼は確かに魔王と言い、その言葉を聞き逃さなかったシルヴィは詳しい詳細を聞き出そうと彼に近寄った。だが負けたがためのプライドか、はたまた情報を絶対に漏らさないためか、自分の舌を噛み切って息を引き取っており魔王のこと、ダイヤを襲ったことが謎に包まれたまま戦いは幕を閉じた。

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