第30話/本領発揮

「さあ、シルヴィ。反撃の時間だよ」


 踵を返したダイヤは腰に据えていた剣を鞘ごとシルヴィに渡す。しかし、なぜか彼女は受け取るのを躊躇っていた。その原因は、山ほどあるが、一番の理由は今の兵士の攻撃を受けなぜ無傷なのか。今気にすることでもないが大地を割るほどの威力を持っていた攻撃を確かに受けていたのにもかかわらず、無傷であることは考えられないのだ。


 その困惑は言わなくともダイヤに伝わったようで、小さくため息を吐くと無理やり持ってきた剣をシルヴィに押し付けて。


「詳しい話はあとでするから。今はあいつをどうにかしないと死ぬよ?」


 その言葉に一瞬間を作ってしまうが、こくりと頷いて託された剣を手に立ち上がる。


「実におこがましい……なにを吹き込んだのかは知らないが、ダイヤ様を味方につけるなど……それでいて武器をもらい受けるなど、実におこがましいぞ貴様ァ!」


「……おこがましい? それはどっちのセリフだろうね。あなたこそ、一国の皇女に暴力沙汰を働いてるし身の程知らずだと思うけれど」


 ダイヤが再びそこから引くと、サインズが一瞬でシルヴィの懐に入り大剣を下から上に振り上げた。先ほどの状態ならば逃げきれず耐え切れない攻撃だが、今のシルヴィには武器がある。


 ガキンっと金属がぶつかる音が空気を震わせる。力量では相手の方が確実に上だがシルヴィはしっかりと大剣を片手剣で受け止めていた。


 彼からすれば予想すらできなかった展開。思わず声がでる。


「なに!? わたくしの剣を受け止めただと……!?」


「そりゃあ受けたら死んじゃうし」


「ならば!」


 大剣を扱っているとは思えない素早い剣裁きで圧力をかけつつ力と数でねじ伏せようと試みる兵士。やはり力は絶大でシルヴィがそれらを受けるたびに少しずつ後ろへと引きずられていく。しかし追いやられるだけで彼女は彼の攻撃の一切を剣で受け止めていた。


 剣がぶつかり合うたびに金属音が雷鳴の如く空気を震わせる。一部の住人が耳を塞いだり倒れたりするほどの轟音。そんなのは気にしないとばかりに兵士は次から次へと猛攻を仕掛け、シルヴィが堕ちるのを待った。


 だがその威勢は長く続かなかった。


砂蝕鎖サンドチェーンッ!」


 猛攻をいなしながら魔法を唱える。ただ詠唱文を唱えるまでの暇は未だに無く、これでもなんとか唱えられた方だ。勿論詠唱をしっかり唱えたほうが魔法の効力は増す。けれど隙を作るという目的ならば無詠唱でも特に問題はない。


 彼女が魔法を唱えた刹那。サインズの足元の地面が沼のように滑らかになり、足が沈む。その違和感に直ぐに気づいていたサインズだが、焦って動くことはなかった。本能的にこれが底なし沼のようにもがくほど沈むものだと思ったからだ。


 とはいえ内心は急に身動きを封じられたことに焦りはある。実際最初に彼女が素手で戦闘に臨んでいたため魔法使いであることは想定していなかったのだ。それだけでなくサインズは様々な戦闘を経験してきたからこそ、遠距離から攻撃できる魔法使いと近距離戦で主に戦う自分とは相性が悪いと直ぐに察している。

 

「ぐ……貴様、魔法使いなのか……だがこんなもので私を拘束できるとでも?」


 やはり無詠唱の魔法だからか、膝下まで大地が飲み込んだところで彼の身体は沈まなくなった。そこで大剣を地面に叩きつけて再び地面を割りその束縛から逃れる。


 しかしその抜け出すために費やした時間こそ最大の隙であり、結界を生成するには丁度いい時間だった。


 ただ普通の結界では外から丸見えのため、結界に認識阻害魔法を組み合わせている。そのためか二人だけの空間を作った半球体の結界は濁り淀んだ複雑な色をしている。


「ふん、結界を張ったか。それで住人への被害を抑えられるからより戦いやすくなると? だが貴様が戦いやすくなったのなら私も思う存分暴れていいということだ。馬鹿な罪人め、自分から死に急いだこと後悔するといい!」


 一目で結界があることを理解したサインズは大剣を地面に突き刺すと、突然重そうな鎧を脱ぎ捨て上半身をさらけ出す。


 顕になった頭や身体にはかなり鋭利なもので切られていたり、鋭い爪による切り傷などの古傷があり痛々しい。それでも日焼けの褐色肌に浮かぶ筋肉が印象強く、かなりガタイがいい。筋肉により太くなっている腕を見ればあれ程の馬鹿力な攻撃を繰り出してくるのも納得いくものがある。


 突然の男の裸体に驚いた刹那、圧倒されていた時よりも更に早く、まるで閃光のように駆けるサインズ。その速度を利用した遠心力でシルヴィを下から切り上げた。


 耳を劈く程の風を切り裂く音が遅れて聞こえるが、それ以外は何も響かない。それもそのはずだ。彼が切ったのは空気。そこにシルヴィはいない。


 そもそも彼はのだ。


「な……今、確かに貴様を切り飛ばしたはず……なのになぜ立っている……!?」


「まぁ当たってないから。その調子だと幻覚魔法も直ぐに効果が切れるか……というかいきなり上半身裸になるとかセクハラにもほどがあるよ……」


 空気を切り裂いた奥の方で無傷のシルヴィが地面に魔法陣を描いているのが見え、何が起きたのか情報を整理するために片手で頭を抱えていた。


 そこである程度魔法陣を描き終えたシルヴィは、彼の身に起きたことを、正確には彼に対して何をしたのかを軽く話した。自分の手の打ちを明かしてしまうなんて魔法使いとしてはあるまじき行為だが、元より彼が鎧を脱いだ際にかけた幻覚魔法は無詠唱で使用し、なおかつ直ぐに解けるように調整したため幻覚魔法のことを明かしても問題はないのだ。

 

 そうとは知らず、ただ手の内を明かしただけだと勘違いをしたサインズはたかが幻覚魔法に騙された自分を嘲笑うように突然笑い始めて、口角を釣り上げた。


「クク……ククク、幻覚魔法……なるほどな。幻覚を見て動くことなく空を切ったということか」


「理解が早くて助かるよ」


「だが同時に貴様も理解しているだろう? 同じ手はもう二度と通用しないことを」

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