第28話/力の差

「でもここで戦ったら市民まで被害が出るけど」


「そうなれば貴様の罪がもっと重くなり、挽回する機会すらなくなるだけだ!」


「外道だね……仕方ない。ルーシャ、カラットと一緒に隠れてて」


「は、はい!」


 シルヴィがカラットを掴んでいる手を離すと、今度はずっとシルヴィの後ろをついていたルーシャが彼女の手を取って二人から距離を取り、市民からも離れた場所に隠れた。


 それを見届けた後、サインズと名乗った全身鎧の兵へと視線を戻す。すると兵は鼻で笑いこう言った。


「……武器を持たぬなど舐められたものだな!」


「まぁ……貴方みたいな人には武器を向ける価値すらないと思うからね」


 強がるシルヴィ。実際は持っている武器がお守り用の杖しかないためどう足掻いても素手になってしまうだけで、いつも使っているような剣があれば構えている。


 何せシルヴィは杖ではなく剣を媒体に魔法を使う。もちろん媒体がない状態でも魔法を行使することはできるが上手く発動しないか、威力が激しく落ちる。魔力の消費量はそのままで最低でも元の魔法の威力や、効果の百分の一に落ちるのだ。


 そのためこの戦闘は圧倒的にシルヴィが不利である。それでも余裕の表情を見せて挑発しているのは負けを認めたくない想いと、仲間を守るため。


 先手は案の定、兵士サインズ。大男でも重そうに扱う剣を片手で振り下ろしてきたのだ。それも一瞬で間合いを詰められ、寸前のところで気づく程に早い。

 

 とはいえシルヴィかろうじて避けることに成功していた。だが直撃した地面は抉るように凹み割れている。媒体がある状態で防御魔法を使っていたとしても今の一撃を受ければタダでは済まないだろう。


「驚いた……そんな重そうな剣を軽々と操ってそんなに早く動けるなんて」


「ふん、鍛え方が違うだけだ。だが所詮貴様は庶民。わたくしの攻撃をそう何度もかわせはできまい!」


 自信満々に言うだけあり、攻撃を仕掛けてくる度に巨体を動かすのが早くなっている。受ければ確実に即死の一振。周りの人に被害が出ないように気を張りながら避けているが、彼女の集中力や体力的に周りを気にしながら避けるのも限界が近づいてきている。

 

 このままでは周りに被害が出るうえ仲間をまた守れず死ぬことになる。そう考えると焦りが込み上げ、身体が震え始める。巨体の猛攻に反撃の隙は無い。魔法を使おうにも断片的に詠唱もできない速さ。仮にできたとしても巨体と怪力故に拘束はほぼ不可能だろう。


 ――このままだと確実に死ぬ。

 

 そこまで追い詰められピンチであることが顔に出る。先程強がったのを後悔するほど、死という恐怖がシルヴィを襲っているのだ。

 

 学生の頃にも味わった死の恐怖よりも格段に怖い圧倒的な物量。魔法では無いとはいえ転生前最期に経験した恐怖が、トラウマが、無力な自身を蝕んでいく。


 その結果、サインズの一振により作られた地面の傷に足を取られその場に倒れ込んでしまう。


 それを見逃さなかったサインズは甲冑越しにニヤリと笑うと。


「憤怒一槌ッ!」


 シルヴィが起き上がる前に間合いを詰め、片手で振り回していた大剣を両手で一気に振り下ろした。

 

 先程まで大地を割っていた際より遥かに大きく大地を揺らし、土が宙を舞い視界が何も見えなくなる。


 辺の人は全員目を瞑った。土埃が目を襲ったという訳ではなく、今ので完全に勝負がつき、目の前には引き裂かれ血が溢れる無惨な死体があると思ったためだ。


 元々ドワーフの民は何も知らない冒険者が一方的にやられると予想していたため、こうなることは推測できていた。だとしても実際に目の前に転がっている死体は見たくはないのだろう。


「執行完了。さてとダイヤ様を早く連れ戻さなければ」


 土埃でまだ何も見えていないが、今の一撃を耐えられた者はいない経験から相手の状態を確認することなく踵を返すサインズ。


 しかし数歩歩いたところでピタリと歩みを止める。いや、正確には自分の意思で止まった訳では無い。背後に感じる殺意により、まるで金縛りにでもあったように身体が動かなくなったのだ。


「間に合ってよかった……」


 聞き覚えのある声がサインズの耳に届き急いで背後を確認する。そこには先程まで居なかったカラット――ダイヤがフードを脱ぎ身体を広げて立っていた。


 サインズが手を掴んだ時にも着用していたローブは今の斬撃を受けたために激しく切り裂かれているが、その隙間から覗く服は傷や汚れを知らない新品のごとく傷一つない。


 そしてそんなダイヤの背後には尻もちを着いたまま硬直していたシルヴィが居る。その状況からして彼女がシルヴィを守ったのが目に見えてわかる。


「そんな……何故ダイヤ様が……」


 人は想像だにしていないことを目の当たりにすると確実に驚愕し、言葉を失う。彼はまさにその状態で何が起きたのか、そしてなぜダイヤがそこに立っているのか理解できていない。


 そんな彼の疑問に答えるべく、広げた手を腰につけたダイヤは自信気に笑みを浮かべてこういった。

 

「何故ってそりゃあもちろん、シルヴィは私の大切な仲間、親友だからだよ。それ以外に理由必要かな?」

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