4-12 それから
終わった……勝てた……。
セッカケラになったドラゴンを見て、俺は張りつめた緊張がほどけた。
「うわああああああああああっっ!!」
再び落下がはじまった。呪文の副次効果で宙に受けていただけで、俺自身が動けるわけではない。
「わたくしにお任せください! 第1の術、ユチダン!」
ジョーマーサが俺の真下に来た。このままでは俺の下敷きになってしまうかもしれない。
激突する直前、ジョーマーサは魔球が先端に発生した杖を上に向けた。
「グオッ……! お、おおぉ……」
腰に魔球が当たる。一瞬だけ痛みが走ったが、すぐに和らいだ。味方にのみ回復効果のある、特殊な呪文の力である。
「ぐえっ!」
だがその状態を維持できるわけなく、俺は地面に頭から落下した。
「普通に3人で支えたほうが良かったんじゃ?」
ツデレンは冷淡な言い方をして俺の顔をのぞく。既に真夜中であるが、かすかな光が彼女の顔を照らしていた。
「ほら、起きな」
「ありがと……」
手を差し出されたので俺は捕まって起き上がった。ツデレンの手はとても熱く、冷えきった俺の手を一気に人肌の温度まで戻す。
「シジューコ……ありがとう」
ツデレンは俺の手を離さなかった。じっと真顔で俺を見つめていた。強い目力は目を逸らそうにも逸らせない。
目を合わせているだけなのに、無性に胸がはちきれそうになった。思わず息を飲んでしまい、どんな反応をして良いのかも分からない。
「おおー! 君たちーー!!」
俺の緊張をほぐしたのは、スカトウさんの声だった。
それだけではない。スカトウさんが先頭に立ち、逃げていた町の住民たちが続々と俺たちの元に来る。
「お兄さんありがとうーー!」
「あなたたちがいなかったら、どうなっていたことやら……」
「本当に……感謝しかありません……!」
すぐさま周りを囲まれ、お礼が四方八方から飛んでくる。聞き分けられた声はごく一部だ。
「あ、はは、ははぁ……!」
1人ずつの対応ができず、俺たちは笑うことしかできなかった。
***
翌朝。陽が昇り始めた直後のこと。
空気が冷え切って非常に寒い中、ギルドの前に人が集まる。
「ドキモマス!」
ちょうどドラゴンが復活した場所で、ケスキモーが呪文を唱えた。地面に向けて手を強く押し付けると、青い衝撃波が発生する。
衝撃波は俺の足を抜け、さらに遠方まで広がっていった。同時に、壊れていた地面や建物が、復活を始める。
ドキモマスで戻せる時間は4段階の設定ができ、最大で1日もさかのぼれるそうだ。今回は4段階目で、ドラゴンに破壊される前の状態へ戻した。
「うわあぁっ! 元通り!」
「やった……やったぁ!!」
「戻ったんだ! 俺たちの町が!」
集まっていた住民たちが熱い拍手をケスキモーに送る。しかしケスキモーは不本意そうな顔をして、住民に頭を下げた。
「……申し訳ない。そもそもこの事態が起きたのは、僕の軽率な行動が原因だ。どんな罰でも引き受ける」
事情はジョーマーサから聞いている。ケスキモーが変なことをしなければ、コルゴエが崩壊すること自体なかったのだ。
どういう風の吹き回しかと思ったら……ジョーマーサに説得されるまで周りが見えていなかったというのだから恐ろしい。
「そう言われてもなあ」
「これって何罪にあたるんだ?」
住民はもっと怒ってもいいはずだが実感が湧いていないようだった。
町を復興させる様子を目の前で見て、一連の出来事の原因という事実が霞んでしまっているのだろう。まぁ、何の罪になるのかは俺も分からないが。
「そうか……」
一応は丸く収まっているが、ケスキモーは納得していない。感情の行き場がないようで、その場を神妙な表情のまま去ろうとしていた。
「じゃあ、俺たちの仲間になってくれよ」
背中をケスキモーに俺は言った。ケスキモーは足を止め、首を少しだけこちらに傾けた。
「せっかくの素晴らしい力、罪を償うんじゃなくて、もっと人々に役立てるために……ヒーラー縛りに参加してくれないか?」
今のケスキモーは自信の行動がどんな影響があるか自覚し、反省もしている。
時を止めるヒーラーとして、信頼できる。
「……分かった。君たちの頼みを断れる立場じゃないからね」
こうして、パーティに新たな仲間が加わった。
***
その後、俺たちはギルド横の喫茶店で盛大な食事を振舞われた。スカトウさんをはじめとする町の住民が集まり、昼前から祭りのようにはしゃぎだす。
「いやぁ~ほんと、君たちのおかげだよ! やっぱり君には光の素質があったんだねぇ!」
スカトウさんは酒を飲んで酔っぱらっている。大笑いをしながら俺の肩をたたいた。
「おうおう、みんなもっと食っていいぞ! 今日は全部俺のおごりだ!」
「よっ! さすが町長!」
喫茶店の店員がスカトウさんを奮起させる。町長というのは、何気に初めて聞く情報である。だから親し気な間柄だったのだろう。
賛美の声を受けながら俺たちも食事を楽しむ。飲み物を注がれ、歓迎される様は完全に英雄だ。実に気分が良い。
そんな周りを押しのけて、1人の女性が俺の目の前に来た。
「すごく盛り上がっていますね。私からもギルドを代表して感謝を申し上げます」
この街のギルドの受付嬢だ。キリっとした顔立ちのまま頭を下げる。
「しかも全員ヒーラーのパーティであのドラゴンを倒すなんて……。本当にすごいです、英雄ですよ! あなたたちの今回の功績は大きく残るものになると思います!」
受付嬢はどんどん激しい物言いになっていった。顔にも興奮が表れている。
「いやぁ、まぁ実力ってことですよ! ハッハッハ!」
これまで冷たく扱われってきたギルドの人間から、賞賛の言葉を聞ける日がくるとは……。願っていたことが現実になり、俺はうれしくてたまらなかった。
「調子乗っちゃって」
ツデレンはそう言いつつも、口元の笑みを隠しきれていなかった。
「…………」
対するジョーマーサは浮かない顔だった。食事にも手を付けず、肩をすぼめて黙り込んでいる。
「ジョーマーサ。どうしたんだ?」
「いえ……今回の戦いで、結局わたくしだけ役に立てていないので……パーティの1人として評価されるのが少し……」
「何言ってんだ。ジョーマーサの行動のおかげで俺たちは一時的な退避ができたし、ケスキモーだって協力してくれたんじゃないか」
今回の戦いは誰も欠けてはいけない。
ツデレンがいなければドラゴンに食われた人々を救えなかった。
俺がいなければドラゴンにとどめを刺せなかった。
ケスキモーが反省しなければ町は元に戻らなかった。
そしてジョーマーサがいなかれば、俺たち3人はあの場にいなかった。
「だから遠慮しないで、もっと自信を持ってくれ」
「相変わらず女を慰めるのは得意なようね」
ツデレンが口を挟んできた。目をじっと細めて見下すような感じは、いつもの彼女だ。
「変な言い方はやめてほしいなぁ……」
「なるほど、パーティの主は女の子を慰めるのが得意と」
受付嬢はいつの間にか手元に手帳とペンを持っていて、事細かに一連の会話を記録していた。
「ちょおっ!? やめてくださいよ!」
俺は慌てて受付嬢の両手を握り、動きを止めた。
せっかく大きな実績を持てたのに……変なウワサまで広められたら困る!
***
昼過ぎ、俺たちは町を出ることとなった。
1日目がユニコーン、2日目がローズとドラゴン、ここに来て3日目という実感が湧かないほど、町に来てからは忙しなかった。
その分、多くのものを手に入れられた。新しい呪文、新しい仲間、そして名誉。特に最後に得られたものは大きい。まだ町1つではあるが、ヒーラーに対する認識を変えられた。
俺は……目的を達成できたんだ。ヒーラー縛りで旅を続け、ついに世界に影響を与えられるだけのことを成し遂げたのだと、
そのことが大きな自信へとつながる。
「で、次どうするの?」
ツデレンは俺に尋ねた。
「俺、行きたいところがあるんだ。いいかな?」
ある程度の区切りが付いたら行こうと決めていた場所がある。
「わたくしはどこでも付いていきますわ」
「僕も、右に同じ」
「私だって、他に行きたい所があるわけでもないし。どこ行く気?」
詳細を話していないのに、3人とも承諾してくれた。個人的な理由なので言うのを少しためらったが、ちゃんと口にして正解だった。
「ありがと……モジト、俺の故郷だ」
この旅を後押ししてくれた両親に、俺は近況報告をしたかった。
インフレに取り残された不遇職とは言わせない! ヒーラー縛りで討伐します! フライドポテト @IAmFrenchFries
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