4-9 落胆の真実

「あなたは確か……ケスキモーさん?」


 ヒーラーがいれば、水や食料がなくてもある程度は乗り切れる。これで生存率が大幅に上昇する。

 ここでケスキモーさんと再会できたのは運が良い。


「良かったです。今、呪文を使える人がいなくて……」


「どういうことだい?」


 ケスキモーさんは首をかしげる。


「言葉足らずでしたね。あなたの回復呪文があれば、衰弱している方がいても助けられるということです」


 今の自分は腕も杖もない。ヒーラーとしての役目を果たせない。


「ああ、なるほどね。でも僕はそんなことに呪文を使いたくないなぁ」


 ケスキモーさんは袖をまくって左腕を出した。あの時と同じく、腕には鎧のような機械を装着している。


「そんなこと……? では何に使う気なのですか?」


 ヒーラーが回復より優先する呪文の用途とは何なのか、一切の想像が付かない。わたくしの問いに対し、ケスキモーさんはニヤりと不適な笑みを浮かべるのみであった。


「ハ・ゲダキ!」


 その直後、ケスキモーさんは呪文を唱えた。巨大な拳の形をしたエネルギー体が彼の腕の周りに生成される。

 腕を前に振るうとエネルギー体が球のように発射され、周囲のトゲを一掃した。


「モンスターを倒すのですか? それは少々現実的では……」


 正面で戦闘を行うより、耐え忍ぶほうが良い。

 自分はそう思っていたが、それが正しい自信がない。ケスキモーさんのほうがプレイヤーとしての実力は上である。もしかしたら彼のやり方のほうが良いのかもしれないという疑念が浮かぶ。


「違うよ。僕はここにいる小型のリリロイト・ドラゴンに用があるんだ」


「は、はぁ……?」


「本当はもっと山奥で元に戻すつもりだったんだが、ちょっと手違いが起きてしまってね」


「手違いって……まさかモンスターの復活自体をあなたが行ったのですか!?」


「いかにも」


 わたくしは重要なことを忘れていた。この人は、モンスターに肩入れをしていた。


 理由は分からないが、他の人が倒してセッカケラにしたモンスターを盗み、復活をさせている。

 今回もケスキモーさんが復活させた、しかもそれを悪びれていない。


 この人が人助けに手を貸してくれるなんて思えない……。

 せっかくヒーラーに出会えたと思ったのに、こんなにも落胆する真実が待ち受けていたなんて……。


「そうですか。ではいいです、あなたには頼りません」


「待ってくれ。君はどういうつもりなんだい? ん? その腕はドラゴンの溶解液にやられたのかい?」


「はい。それが何か?」


「僕も一度体験したいと思ってね。ちょっと場所を間違えたら復活できなくなるからやれないけど」


 興味深そうにわたくしの腕を見つめてくる。本当にどこまでもモンスターのことにしか興味がないようだ。

 わたくしの安否を心配してくれたスカトウさんや少年とは大違いである。


「リュウリュウ!」


 その時、見計らったかのように小型のドラゴンが出現した。のそのそとこちらに近づいてくる。


「おや、来たね」


 ケスキモーさんはニヤリと口角を上げ、無抵抗で両手を広げた。戦う意思は全く見られない。


「リュウウウウウ!」


 モンスターはケスキモーさんに容赦なく襲う。命の危機のはずだが、ケスキモーさんに恐れる様子はない。まるで、小動物と触れ合うようだった。


「リュリュリュリュ……!!」


 小型のドラゴンはケスキモーさんの腕にかみついた。衝撃波などは出せないようだが、それでも十分な力がある。

 袖に牙が埋まっていき、赤くにじむ。


「ふふっ……! なかなか積極的な子だ。嫌いじゃない」


 ケスキモーさんは鼻息を荒くする。


「…………」


 食べられそうになっているのに、どうしてあんなにも清々しい顔をしているのか、全く分からない。


 何よりこんな人に期待はできない、モンスターとたわむれる姿を目の当たりにして、それが再認識できた。

 他にヒーラー、もしくはプレイヤーがいないか探さしたほうが有意義だろう。


 と、思いながらも、足を止めて観察を続けてしまった。


「ぬわああっ!?」


 観察の最中、地面からもう1体、小型のドラゴンが出現した。ケスキモーさんの足に力強くかみつく。


「意外だねぇ……。まさか2体も相手できるなんて……」


 余裕のある口ぶりだったが、顔は緊迫していた。2体目のモンスターが来るのは本当に予定外らしい。


 ケスキモーさんは、チラりとわたくしのほうを一瞬だけ見た。


 助けを求めている……そう感じた。


 同時に脚が勝手に動き出す。突進をし、ケスキモーさんの脚にかみついていたモンスターを引きはがした。


「リュウウウ……!」


 ドラゴンがわたくしの頭にかみつく。硬い牙がわたくしの頭の骨を貫いた。


「うっっっ……! ああ、あ、あぁ……!」


 牙を通し、金属が擦れるような音が頭にガンガンと響く。痛みが走っているのに、それを体で表わせられない。固まって動けない。


「なぜ……? なぜ僕を……」


 視界が二重にかすむ。ケスキモーさんは腕をかまれたまま、わたくしを見ていることは辛うじて認識できた。


「ヒーラー、ですから……。誰かの命は全力で守るものです……!」


 わたくしは答えた。


「無茶を承知でお願いします! 他の方々の、力になってください!」


 意識がもうろうとし、頭が回らない。


 声がちゃんと届いているか、そもそも声が出せているのか、何もかも分からない。


 でも、それでも……、こうするのが最善の手であるはずだ……。


 まぶたを開ける力も失い、わたくしの世界は真っ暗闇になった。



 ***



「う、うう……」


 光を感じる。あの後、自分がどうなったのか全く記憶にない。


 もしかしたら、ここは死後の世界……? そう思うと、体もなんだかふわふわしている気がする。


 ゆっくりと、目を開ける。


「おや、気付いたかい?」


 そこにはケスキモーさんがいた。悲しげな目で、じっとわたくしを見つめていた。

 周囲を見渡すとトゲだらけ、まだモンスターの体内である。小型のモンスターはいなくなっているし、別の場所に移動したのだろうか。


「わたくし……モンスターに頭をかまれ……」


 頭を損傷したはずだが、痛みは全くない。首を左右に動かしても、重かったり痛みを感じたりしない。


「僕が回復したから、そこは安心してくれ」


 ケスキモーさんは、わたくしに少しだけ微笑んだ。


「あなたが……」


 あれだけ助ける気がないと言っていたのに関わらず、わたくしを……。


「……反省している。軽率な行動だった。そして君の強い信念に共感できた」


 良かった……ちゃんとわたくしの想いが伝わった。


「分かってくれればそれで良いのです。わたくしはもう平気ですので、他に迷っている人がいないか探してほしいです」


 ゆっくりと上体を起こし、わたくしはケスキモーさんに笑顔を向けた。


「ああ、これは僕が起こしたことだからね……ちゃんと責任を取って、被害者を救って見せるさ」


 ケスキモーさんが袖をまくり、またも腕に装着した機械を露出させる。


 似た光景を先ほども見たが、頼もしさが全く違っていた。

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